小説 | ナノ


  ぬくもりに微睡む



※沖縄

遮光カーテンの隙間から差し込んできた朝日が目元に降りかかってきたのか、瞼の向こう側が赤い。
まだ眠い、眠り続けたい。
けれど目が覚める頃には大抵なくなっている温もりが、まだ残っているのを感じると、俺の目は無意識のうちに開かれていた。


「……名前…」


小さな寝息を立てて、安心しきった顔で眠り続けている名前がぼやけた視界に映る。
自分とはまた違った白い肌にふっくらとした桃色の唇。
小さなそれはほんの僅かに開いていて、きっちりとウェイターのネクタイまで締めている夜の名前からは想像も出来ない。
自分でさえもたまにしか見る事の出来ない寝顔をこうしてまじまじと見ることができると思うと、名前に好意を寄せている奴らに対して優越感を覚える。
散らばっている髪を手繰り寄せるのは容易で、さらさらと逃げ出す其れを弄ぶ。
癖も痛みもなくて、真っ黒と言うよりは、どこか青みがかっているかのように見える烏の濡れ羽色。
日の光を浴びれば、その青さは一層際立つ。
長い髪で遊んでいると、目の前の名前が小さく唸って身を捩らせた。


『ん…、とー…あ?』


「悪い。起こしたな」


『う…』


まだ眠いのか、舌足らずな声を出してる。
部屋が寒いと言うわけではないのに、俺と名前の間に僅かに出来た隙間を生めるように擦り寄ってくる姿はまるで猫だ。
ぴったりと密着した細い身体を、名前が起きない程度に優しく抱える。
自分と同じシャンプーの匂いが香れば、くらりと脳が揺れた。


「珍しいな、まだ寝てるなんて」


『きのう…おそくまではなし、てた』


「お前の患者じゃないのに」


『いしゃには…あんま、かんけいない、よ…』


その患者が、自分の患者であってもそうでなくても。
医師とは患者と真摯に向き合い、彼らを救うものである。
いつか聞いた名前の父親の口癖は、きっとこいつの頭にこびりついているんだろう。
だからこそ、ドイツを離れている今もパソコンで連絡を取り合っている。
そんなことをぼんやりと考えていると、するりと名前の白く柔らかい腕の片方が腰に回される。
とは言え、軽く乗せられているようなものだが。


『とーあも…ねよ…?』


「…まぁ、いいか」


どうせやることもねぇし。
だったら久しぶりに惰眠を貪るのも悪くない。
名前を見れば、ふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべている。
ああもう、本当に可愛くて仕方が無い。
そんなことを思っている間にも、眠そうに開かれていた紺碧の瞳は瞼に包まれていて。
遮光カーテンの隙間から覗く日の光に背を向けるように名前を抱え直してから、自分よりも温かい温もりに顔を埋めた。



((目を覚ます時、彼女も一緒であるように))


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