小説 | ナノ


  きみと一緒



『可哀想に、あのピッチャー君』


「何が」


夕飯を終え、ソファで一人くつろいでいた名前。
そんな彼女の呟きに答えたのは、肩にタオルを引っ掛けてスウェットを着た渡久地。
風呂に入ってきてワックスが落ち、昼間のツンツンと逆立っている髪は力なく垂れていた。
いつも面倒くさがって自分で乾かさない渡久地のために、名前の傍らにはドライヤーが準備されている。
近くのコンセントでも若干届かない為、延長コードをプラグにさす頃には、彼女が座っていたソファに渡久地が腰掛けていた。
名前はソファの後ろに回り、静かな音を立てて温風を吹き出すそれで渡久地の髪を乾かしながら、テレビに映るリカオンズ対フィンガース戦に視線を向ける。


『ほら、フィンガースのピッチャー。河中…なんだっけ』


「しらねーなぁ」


『…まぁ、名前はどうでもいいよ』


タオルで髪の水分を取りながら乾かしていく優しい手つき。
練習に参加していないから疲れているというわけではないが、嫌でも眠気に誘われる。
自分の背後に立って髪を乾かし続けている名前の言葉に耳を傾けながら、興味ないといわんばかりにテレビのチャンネルを変えた。
試合を見ていた名前もその先は既に読めていたのか、渡久地の行動を咎めたりはしなかった。


『あのピッチャー君が気付くのは早かったけど、周りがあまりにも遅すぎた』


「舐めて掛かってきてくれた方が楽だけどな」


渡久地のその言葉に苦笑を浮かべた名前は、カチッ、とドライヤーの電源を落とす。
櫛で渡久地の髪を梳こうと思ったが、どうやら持ってくるのを忘れたようで手元に無い。


『櫛とって来るね』


「いらねーよ」


洗面所に向かおうとした名前の腕を、渡久地がぐい、と引っ張る。
身長の割りに軽すぎるくらいの彼女は、彼が軽く引っ張っただけで引き寄せられてしまう。
ソファの後ろに立っていて、渡久地に背を向けていた名前は背中から倒れこむが、平然とした顔で渡久地が受け止めた。
そのままいつの間にかソファに片足を投げ出して、中途半端に横になった渡久地に抱えられる。
線の細い彼よりも更に細い名前は、渡久地の腕の中にすっぽりと収まっていた。


『私も風呂、』


「だから一緒に入れっつったのに」


『恥ずかしいから無理』


「別に裸の一つやh『あーっ!』あんだよ」


『どうしてそう言う事さらっと言うかな…』


「事実だろ」


『東亜にとってはそうかもしれないけど、私にとっては違うんだよ』


ほら、手離して


巻きついている腕をぐいぐいと押す名前に小さく溜息を漏らした渡久地は、ぎゅうう、と一度強く抱きしめてからその腕を緩めた。
やっと離れたと言わんばかりにその腕から抜け出すと、名前はぐー、と背伸びをしながら風呂場に向かう。


『先ベッドに行ってていいよ?』


「いや、いいよ」


待ってるからさっさと入って来い、という渡久地の声に見送られる。
そんな彼女が風呂から上がるのは1時間後で、ソファに寝転んだ彼に「遅い」と頬を引っ張られてしまった。



(いっ)
(おー、相変わらず触り心地最高)
(なんれっ)
(いーから髪乾かせ)
((あがるのが待ち遠しかったなんて悔しくて言えない))



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