小説 | ナノ


  同じ夢を見ていた



名前に仕事が入っていない日の二人の朝は比較的ゆっくりしている。
基本時間通りに起きる名前だが、今日は例外らしく、渡久地の腕の中ですやすやと眠っており、渡久地はそんな名前を眺めながら艶やかな濡れ羽色の髪を梳いている。
時刻はそろそろ9時を回ろうとしているため、そろそろ起きたほうがいいだろう。


「名前ー」


『…くぅ、』


「(…可愛いな)起きねーとキスするぞ」


『ん、…』


耳元でささやかれた渡久地の声に小さく身じろぎはするものの、名前が目覚めるまでには至らなかったようで。
小さく笑った渡久地は名前の細い腰を引き寄せ、小さく開いた唇を自分のそれで塞ぐ。
ちゅっちゅっと何度か触れてから、無防備に開かれている口内に舌を滑り込ませ、好き勝手に蹂躙した。
ぬるぬると自分よりも小さな舌を絡めとり、ぢゅ、と吸ったり、甘噛みしたりを繰り返す。


『は、ふっ…んんぅ…』


どんどん深くなるそれに、名前の眸が苦しげに、眠たげに開かれた。


『んんっ!?』


驚愕に見開いた群青は、直ぐに非難の色に変わる。
それを見届けた渡久地は小さく肩をすくめてから、ちゅ、と彼女の下唇を小さく噛んでから離れた。


「はよ」


『…おはよ』


ふあ、と欠伸をかみ殺した名前はベッドから起き上がり、下に落とされている肌着を身につけ、パジャマを上だけ羽織る。
どうせ直ぐに着替えるのだから必要ないと判断したのだろう。
そこまでして名前は、ボス、とベッドに腰掛けた。
どうかしたのかと怪訝な表情を浮かべた渡久地は、理由に気付きニヤニヤと笑った。


「どした?」


『…分かってるのに聞く?』


「はは、昨日はちょっと激しすぎたか」


さらりと言ってのけた渡久地に顔を赤くする名前。
何時まで経っても慣れない様子を見せる彼女に渡久地の口角は更に上がる。
上半身を起こした渡久地はいたわるように名前の腰を撫で、頬に短くキスを落とした。


「朝は俺が作るからソファに座ってろ」


『、ごめんなさい…』


「気にすんな」


名前と同棲する前は一人暮らしをしていた渡久地は、少しくらいなら自炊が出来る。
最も、自炊よりも外食やコンビニ弁当など、そっちにお世話になることが多かったのは言うまでもないが。
渡久地が寝室から出て行ったあと、部屋着に着替えた名前は彼の言うとおりリビングのソファに腰掛け、暫くして出された渡久地お手製の朝食を食べる。
その後はソファに座って読書。
渡久地も名前もそうテレビを見るタイプではないので、大抵は読書か仕事(渡久地の場合はギャンブル)に費やされる。
彼も今日は外に出かける気分ではないのか、もくもくと読書を続ける名前を自身の両足の間に座らせ、薄い腹の前に腕を回す状態で密着している。
名前が熱心に目を通している医学書と思しきそれは、見覚えのない単語や病名、臓器などの羅列ばかりで、覗き込んでいる渡久地には全く理解できなかった。
自分も何か本を読めばいいと思ったのだが、生憎今家には医学書しかない。
彼女が買った本は河中に貸してしまっており、渡久地には読む本が無い為、暇で暇で仕方ないのだ。


はむ


小一時間程我慢していた渡久地だったが、とうとう我慢の限界。
さらりとした黒髪から覗く耳を、薄い唇で挟んだ。
途端、びくりと跳ねた肩に小さく笑いながら、はむはむ、とやわやわ挟み続ける。


『、なに?』


「暇」


その一言に仕方なさ気に小さくため息をついた名前は、これ以上の読書を諦めたのか、医学書をパタンっ、と閉じて足元にあるローテーブルの上に置いた。
それを見届けた渡久地は名前を持ち上げ、ぐるり、と自分と向き合うように座らせる。
そのまま誘われるように彼の胸板に頬を寄せれば、長い腕が身体を包み込む。


『…そういえば』


「んあ?」


『今日、ツンツンじゃないんだね』


渡久地の胸板から顔を上げた名前は、右手を伸ばして彼の金髪に触れる。
いつも相手を威嚇するかのように逆立っている髪は、重力に従うように下がっている。
ワックスを使っていないから、セットしているときよりもさらさらしていて指どおりがいい。


「どうせ出かけねーしな」


『じゃあ今日はずっと一緒に居れるね』


「そういや久々か。ずっと一緒に居れんのは」


自身の言葉に小さく笑った渡久地に、名前も同じように笑う。
沖縄から出てから、名前と渡久地がともに過ごす時間は更に増えた。
とはいえ、一日ずっと一緒に居るというわけではない。
渡久地は試合に出なければならないし、名前はたまにではあるが手術を請け負い、バーテンダーの手伝いもしている。
心から気のおける相手と一緒に居れるというのは、名前にとっては一種の精神安定剤のようなもので。
今日ばかりは仕事に邪魔されることもなかろうと(今日はカルテはなし、とのことだ)、ここぞとばかりに目の前の男に甘えることにした。


『ふふ、ぎゅー』


「!、珍しいな」


ふとしたときに甘えてくることはあるが、こう全面的に甘えてくることは珍しい。
渡久地は驚いたような表情をしていたが、声色は嬉しそうに弾んでいた。
名前が渡久地に回している腕よりも強く彼女を抱きしめれば、少し苦しそうな声が上がってきたがそれを無視する。
けほ、と小さくせきをした名前は、渡久地の胸板に頬を寄せたまま口を開く。


『ねえ、今度の休み暇?』


「あ?あー…そうだな、試合は入ってねーよ?」


『看護士の子から最近出来た温泉の招待券貰ったの。良かったら、だけど…』


「温泉か。いいんじゃね?」


に、と笑って見せた渡久地はどうやら了承してくれたようだ。
久々の遠出の予定に心が躍る。
それから暫く他愛ない話をして、一緒に昼食を作って、それからまたくっついて過ごす。
ここにチームメイトがいたら「くそぉ…!渡久地この野郎ぉ…!」といって悔しがりそうなくらい甘ったるい空気が流れていた。
夕飯も食べ終えた名前は、渡久地に手を引かれるまま浴室に連れて行かれる。
何の抵抗もなくついてきた名前に少し驚いたような顔をした渡久地に、彼女は苦笑した。


「珍しいな」


『今日はなんとなく、ね。そんな気分だったの』


何時もこれくらい素直だったらな、と頭の中でそんな考えが過ぎるが、それはそれで名前ではない。
服を脱いで風呂に入って。
身体を洗っている名前を見れば、


「ムラムラすんのは当たり前じゃね?」


『そっ、そんな常識知らない!』


ボディソープの泡に塗れた名前を目の前に手をワキワキと動かす渡久地に顔を赤くする。
案の定、洗ってやる、という名目で襲われた名前も渡久地もいつも以上に長く風呂に入っていたため、上がる頃にはのぼせる直前だった。
冷蔵庫から出したミネラルウォーターで喉を潤して、少しまったりしているうちに眠気が襲ってくる。
ふわあ、と二人揃って欠伸をすると、自然と笑いがこみ上げてきた。
ほかほかと温まったまま布団に入ってしまえば寝つきはいいだろうし、眠気が襲ってきているなら尚更だ。
二人仲良く手を繋ぎながら寝室に入り、ベッドに潜り込む。
枕もとのスタンドを消せば、あたりは真っ暗になって。
夜目に慣れる前に目を瞑った彼等は、互いを抱きしめあうことで存在を確かめた。


「おやすみ、名前」


『おやすみなさい、東亜』


ちゅ、と小さく響いたリップノイズは誰に聞かれることもなく、暗闇に融けて消えた。



(次の日、目が覚めて)
(一番に触れ合えるのが)
(名前で)(東亜で)
((ありますように))


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