小説 | ナノ


  RE!×イニD 01



パタパタ、とスリッパが床を叩く小さな音が響いてきた。
ソファに座ってテレビを見ていた啓介が、準備していたドライヤーを近くのコンセントに挿して準備する。
俺の近くには櫛とヘアオイルが今か今かと使われるのを待っていた。
肩にタオルを引っ掛け、少し大きめのパジャマをきた名前がリビングに現れる。


「ちゃんと温まったか?」


『うん、』


ちょっと浸かりすぎたかも、と零す名前の頬は上気しており、少しふらふらしていた。
おいおい大丈夫か、という啓介の視線がありありと見て取れる。
人のことは言えないが、やっぱり名前に対しては過保護になってしまう。
…俺はただ過保護なわけじゃないがな。
いつも通り入浴後のミネラルウォーターを飲んだ名前が啓介の近くに近付けば、啓介が腕を引いて名前を自身の足の間に座らせる。


「乾かすぜ」


『うん』


肩に掛かっていたタオルで軽く水気を取ってから、ドライヤーで乾かしていく。
以前は拙い手つきだったが、今では荒れくれ者だったとは思えないくらい繊細な手つき。
啓介の膝の間に居る名前が気持ちよさそうな顔をしているのがいい証拠だ。
熱がったり痛がったりしていた名前が懐かしい。


「寝るなよー?」


『…ぅん、』


「はは。ほらあと少しだから」


そう笑った啓介はドライヤーの電源を切り、手櫛で軽く名前の髪を梳くと、「終わったぞ」と頭を優しく撫でた。
ふるふる、と頭を振って眠気を飛ばした名前は啓介の膝の間から今度は俺の膝の間に。
あぁ全く、可愛くて仕方ない。
櫛で髪を整えてから、ヘアオイルを手に取る。
痛みの見られない、ふんわりとした蜂蜜色の髪。
俺のと全く似ても似つかないそれは啓介の金髪に少し似ているが、啓介だって地毛は金髪じゃない。
きっと、本当の兄妹ではないなんてことは気付いているのだろうけれど、それを聞こうとはしない。
啓介は本物だろうが義理だろうが、もはや関係ないと思っているのだろう。
名前の場合は、ここに来る以前の記憶がないことが理由なのかもしれない。


「(まさか自身がつけているそのペンダントに全てが詰まっているとは思っていないだろうな…)」


それでも相当大切なものだとは分かっているのだろう。
風呂に入るときも寝るときも、どんなときでも手放すことはしない。


「よし、いいぞ」


『ありがとう、涼介兄さん』


もともと綺麗な髪質だったが、それをこうして保っていられるのは毎日こうしたケアをしているからだ。
昔は俺一人でやっていたが、途中から啓介がやりたいと言い出したから、今では髪を乾かす係が啓介になった。
名前は自分の髪をいじり、感触を楽しんでいる。


『髪がサラサラなのは兄さん達のお陰だね』


ありがとう、と笑う名前の笑顔は甘い。
笑顔だけじゃない、蜂蜜色の髪も瞳も、マシュマロみたいな肌も細い指先も、何もかもが甘そうで。
隣を見れば啓介も締りのない顔をしている。
…まぁ、仕方ないだろうな。
ふあ、と小さく欠伸をした名前は後ろを向いて俺に、立ち上がって啓介に、ちゅ、と頬に小さくキスを落とす。


『おやすみなさい』


「おう、おやすみ」


「おやすみ」


ゆったりとした足取りで俺の部屋に向かう名前の背中を見送り、既にドライヤーを片付けた啓介が少し不満そうな顔で俺を見る。
ぶす、とした顔に思わず笑ってしまえば、啓介は不満を声に出した。


「いっつもアニキと寝て…ずりー」


「たまに一緒に寝させてやってるだろう?」


どうやら不満の内容は、いつも名前が俺と一緒に寝ていることらしい。
何かあったときのためにと、俺の部屋は名前の部屋、つまり二人部屋ということになっている。
名前はそんなに騒がないから邪魔にならないし、お陰で俺の部屋は広い。
ベッドも名前が先に寝ていてくれるお陰で温かいから直ぐに眠りにつけるしな。


「たまにったって、アニキが大学から動けないときだけじゃねーか」


「生憎名前が居ないと安眠できないからな」


「安眠グッズかよ…」


はぁ、とため息をついた啓介はチャンネルを回し始めたので、俺が先に風呂に入ることにする。
上がる頃には名前はもう夢の中だろうからな。


「啓介、いいぞ」


「おー」


ぷつっ、とテレビを消した啓介の背中を見送り、俺も自分の部屋へ。
名前が寝ているから電気をつけず、暗い部屋の中を記憶を頼りに進む。
徐々に慣れてきた夜目は、ベッドの上の小さな盛り上がりを見つけた。
名前が壁際に寝て、俺が手前で寝る。
俺のほうが寝るのが遅いから、必然的にそうなってしまったが、特に不満はない。
温かいベッドの中に身体を滑り込ませ、すやすやと眠る名前を抱き寄せる。
風呂から上がってそう時間は経っていないから俺の身体も冷えてはいない。


『、ん…』


「…名前」


眠っている名前の顎を掬い上げ、半開きになっている唇に俺のそれを寄せる。
少し乾燥してしまっているそれを濡らすように、名前の唇を優しく舐めて、噛む。
本当は口の中に舌を入れたいが、そんなことをしたら名前が目を覚ましてしまうだろうし、どうせなら起きているときにしたい。
しっとりと濡れていることを親指でなぞって確認してから、もう一度唇を合わせる。
なおもすやすやと眠り続ける名前に、昔より小さくなってしまった罪悪感を抱く。
こんなことをし始めて早数年、今ではこれが日課になり、しなければ眠れなくなってしまうほどこの行為に溺れていた。


『つ…な……』


「、」


時折名前の寝言から零れる名前。
起きているときは一切口にしないそれは、きっと本当の家族のものなのだろう。
記憶は名前のペンダントに封じてあると分かっていても、こうして名前を呼ぶたびに、思い出してしまうんじゃないかと恐れてしまう。
この氷が凍っている限り、そんなことはないのにな…。
小さく自嘲の笑みを浮かべてから、名前を少し強く抱きしめて目を閉じる。
意識が落ちる前に名前に名前を呼ばれたような気がして、心が安らいだ。

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