小説 | ナノ


  彼女の隣にいるのは



三成が名前の眷属となったことに対する周囲の反応は、「当然か」と言いたげなものばかりだった。
確かに、人間の状態でも、普通の人間とは思えないくらいの身体能力を保持していた彼だ。
高校生の時点での成長スピードは眷属も吸血鬼も人間と変わらないため、彼を眷属と勘違いしていた生徒も多いだろう。
食欲も睡眠も、人間本来の欲まで乏しかった三成が欲した名前。
そんな彼女に一番近い存在となりえるものの一つは"眷属"という地位だった。
彼がそんな地位を逃すはずもない、とある意味当たり前のように捉えられていたのだが。
ふとそこで、一つの疑問が浮かび上がった。


「ねー、なんで名前は眷族がいなかったの?」


『、ん?』


「いやー、だってわざわざ人間だった石田の旦那を眷属にするなんてさ。まぁ、石田の旦那の場合は色々特殊なんだろうけれど」


吸血鬼の血の薄い混血主の眷族ならば考えられるだろうが、よりにもよって眷属になる過程でもっとも苦痛の大きい、純血種の眷属になろうとは。
俺様だったら勘弁だけど名前の眷属だったら耐えられるかなー、と笑った佐助を完全にスルーし、名前は顎に手を当てた。
どう説明しようか考えているらしい。
「そんな完全スルーしなくても…」と佐助が凹みながら彼女の言葉を待っている間に、ガラリ、と教室の扉が開かれた。


「ミルクティーでいいか、名前」


『ありがとう三成君』


「構わない」


名前が喉が渇いた、といった瞬間教室から姿を消した三成が戻ってきたのだ。
忍か!と教室の全員が突っ込みたくなるような速さで姿を消した彼の居た場所を、少し寂しそうに見つめていた名前にクラスメイトが悶えたのは言うまでもない。
名前は三成からミルクティーを受け取ると、隣に座った彼を見た。


『買ってきてくれるのは嬉しいけど、今度は一緒に行きたいな』


「!、!!」


そう少し困ったように笑った名前から顔を背け、机をバンバン!!と叩き始める。
あぁ、そんなに叩いたら机が壊れてしまうという言葉を飲み込み、佐助は苦笑を浮かべつつ三成に声をかけた。


「ねー、石田の旦那も気になんない?」


「何がだ」


「名前の本来の眷属が一体誰なのか」


「!」


佐助のその言葉に名前のほうを向く三成。
その表情は悲痛に塗れていて、がしっ、と彼女の細い肩をつかんだ。
三成のいきなりの行動にビクついた名前だったが、そんなことはお構い無しで口を開く。


「ま…まさか…っ!」


『、?』


「私を、捨てるのか…!?」


『へ?』


「えっ、そんなこと誰も言ってないって!」


「嫌だ!名前のそばに居れないなど眷族になった意味がないではないか…!」


ぎゅう、と力強く名前を抱きしめる三成。
彼は細いくせにその力は凄まじい、なんでだ、なんでこんな馬鹿力を発揮できるんだ!
はく、と短く息を吐き出した名前は、窮屈ながらも三成の背中に腕を回して、ぽすぽすと叩く。


『三成君以外の眷族なんていないよ』


「…嘘はないか」


『うん。三成君だけ』


「……ならいい」


漸く名前を話した三成は、そのまま彼女を解放せず、自分の膝の上に彼女を乗せてそのまま抱きかかえてしまった。
彼女は大して恥ずかしがることもなく、空いている三成の指と自分の指を絡めたりして遊び始める。
名前大好きな彼がその遊びに乗らぬ訳もなく。
先ほどの彼の切羽詰ったような雰囲気が全く感じられないほど、二人の周りはピンクのオーラに包まれていた。


「ああああもう!話それてる!」


「何だ猿飛邪魔をするな残滅するぞ」


「さっきまで切羽詰ってた人の台詞とは思えない…」


はぁ、と深いため息をついた佐助に名前の視線が向けられる。
名前の意識が三成から自分に向けられている間に聞きたいことを尋ねた。


「で、どうなの?」


『"眷属"になる一族はいたよ』


「あ、いたんだ」


『うん。でもちょっとね…』


言いにくそうに口ごもる名前に、三成が口を出す。


「名前はそいつではなく私を選んだ、それでいいだろう」


「まぁ極論言っちゃえばそういうことなんだけれどさ。どうして眷属に認めなかったか凄い気になるじゃん。向こうからしたら選んで欲しいってのは確実なのに」


『うーん…確かに何度か眷族にして欲しいってせがまれたけど…』


「断ったのか?」


『うん』


基本相手の言うことを聞き入れる名前にしては珍しい判断だが、裏を返せば、それほど眷属には向いていない相手だったということが伺える。
眷族の一族に生まれていながらそんな事態に見舞われるのは珍しい。
誰しも小十郎や佐助のように忠誠を誓う、というわけではないが、眷属の一族は、眷属としての役割を全うするのが普通だからだ。
むしろ彼女に拒まれるその眷族の顔が見てみたい。


「この学園の生徒?」


『通ってるって話を聞いただけだよ?主がいないから普通のクラスに混ざってるし』


「名前は」


三成のその言葉に記憶を漁る名前。
だが生憎本名が出てこなくて、彼女の頭に浮かんだのは愛称のほうだった。


『"金吾"君って、そう呼んでた』


「「はっ!?」」


名前の言葉に驚きの声を上げた2人。
三成と佐助の反応に首をかしげながらも、名前は三成が買ってきてくれたミルクティーで喉を潤した。



(うわぁ、そりゃ使えないわ)
(金吾め…名前の眷属の一族に生まれたことさえおこがましい…!)
(あーらら、存在否定しちゃったよ)
(当たり前だあの役立たずめ…名前に手を出したら残滅してやる)
(名前ちゃんがはそんなこと言ってないでしょー?)
(何の話?)
(金吾を残滅する話だ)
(えー、はっきり言って関わりたくないからいいよ、面倒だもん)
(…名前ちゃんのほうが辛辣だった)


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