小説 | ナノ


  愛としか呼べない



名前の食事は三通りに分けられる。
一つは人間と同じような食事。
一つは血液製剤。そして最後の一つは、


『三成、ちょっといいかな』


「、あぁ」


名前の家のリビングで刀の手入れをしていた三成に近付く。
海のように蒼い瞳が赤くなっていることに気付き、やっとか、と小さくため息をつく。


「半兵衛様も心配しておられた。名前の血液摂取の量は少なすぎる」


『血液製剤で補ってるからそこまで生き血を啜る必要はないんだけれど…』


「血液製剤よりも生き血のほうが栄養価が高い」


『うーん…それは分かってるけど…』


三成の血しか、飲みたいって思わないから


そう困ったように笑う名前に、全くこいつは、と顔を赤くする。
愛するものに自分の一部を求められるのはこの上ない嬉しさを伴うが、ふと、三成の脳裏に半兵衛の言葉が甦る。


「えっ、名前君は三成君の血を吸っているのかい!?」


「?はい、そうですが…」


名前が今でも生き血を一切摂取していないのでは、と心配した半兵衛が、彼女のそばにいる三成にその状況を尋ねたときだった。
三成が名前の眷族となってから、彼女はわずかにだが三成の生き血を啜るようになった。
彼の身体に負担をかけない程度にとどめられているそれは、月に二、三回のペースに抑えられている。
それをそのまま告げれば、その場にいて驚きの声を上げた半兵衛だけでなく、秀吉と刑部まで目を見開いた。
一体何なんだ、と傍にいた刑部に怪訝な視線を向ければ、少々困惑気味に応える。


「…眷属の血は不味い、クソマズイのよ」


「糞っ…!?そ、そんなになのか!?」


「我も一度興味本位でなめてみたことはあるが、あれは二度と口にしたくないと思ったくらいよ」


ましてや啜るなんてとんでもない、と顔を歪められた。


「そうだね…眷属には"主を守る"という最優先事項があるから、それを全うするために眷属の血は吸血鬼にとっては受け付けられない味になってるんだよ」


「機会があれば自分の血を舐めてみればよかろ。眷属になる際に飲んだ名前の血の味は覚えておろう?」


「……」


比べてみれば一目瞭然よのお、と笑われた三成は、言葉を発することが出来なかった。


名前が三成の座っているソファに座れば、彼は手入れしていた刀を鞘にしまう。
三成は自分の手で着ていたYシャツのボタンを2つほど外せば、するり、と彼女の手が首筋をさらすように三成の肌を滑った。
少し冷たいその体温に、わずかばかり肩が跳ねる。
小さく『ゴメン』と苦笑を浮かべた名前は、いつもよりも少し伸びた犬歯を確認するように舌を這わせながら口を開けた。
どこかいやらしいそのしぐさを見た三成は、自分の首筋に顔を埋めた名前の細い身体を密着するように抱きしめる。
現在の体制が苦しくなったのか、名前は光成に導かれるままに彼の足に跨るように座る。


『いただきます』


「あぁ」


ぺろ、と噛むところを一舐めしてから、かぷり、と噛み付く。
とがった犬歯はぷつり、と三成の肌を突き破り、にじみ出る血をこくん、と飲み込む。
名前がもくもくとその作業に没頭している間、三成は歯をかみ締めて迫り来る甘い快感の波に飲み込まれないように耐える。
吸血鬼の吸血行動には催淫効果もあるため、主に犠牲者となる女性はこの虜になってしまうのだ。
対して男はまず血を吸われるということが滅多にないため、三成のこの体験はある意味貴重といえる。
彼はその感覚に耐えながら、名前の顎のラインを撫でて顔を上げるように促す。
顔を上げた彼女の唇を濡らしている自身の血を軽く舐め取れば、三成の表情は驚愕に染まった。


「っう゛っ!」


『っえ?』


「な、まっ!!」


不味いっ!!!


自分が眷属になる際に名前から与えられた血は、ほんの僅かな鉄臭さはあるものの、それが全く気にならないくらい甘美で芳しい香がしていたというのに。
自分の血は全く比べ物にならないくらい不味かった。
一体何をどうしたらここまでまずくなるのか聞いてみたくなるくらい不味い、これが自分の血だというのか、と顔をしかめた三成は、自分の目の前にいる名前を見て顔を青くする。


「(わっ、私は今までこんな不味いものを名前に与えていたのか!?)」


名前が自分の血を飲んでいる、と刑部たちに告げた際、彼等が酷く驚いた表情をしたのに納得がいく。
刑部の言葉を借りるなら確かに糞不味い。とても飲めたものではない。
げほげほっ、と咳を繰り返す三成の背中をさすりつつ、彼の首筋に残っている血を舐めとる。
傷自体は既に塞がってしまっているため僅かだったが、名前は何食わぬ顔でそれをこくんと飲み込んだ。


『どうしたの三成、急に自分の血舐めるなんて…』


「…実は」


少々困り顔の三成は、事の顛末を名前に告げる。あぁ、と苦笑を浮かべつつ納得した名前は、確かに、と口を開く。


『あんまり美味しくない、かも』


「っ…」


名前に不味いものは飲ませたくない、けれど自分以外の誰かの血を摂取している彼女を見たら発狂してしまいそうだ。
一体どうすれば、と悶々と考え始めてしまった三成に、名前は苦笑を浮かべる。


『どんな味でも私が飲むのは三成の血だけだよ』


「名前、しかしそれでは」


『…じゃないとまた血液製剤生活』


「う…」


苦い表情を浮かべた三成は、小さくため息をついて名前の後頭部に手を回す。
ぽす、と三成の胸板に埋まった名前は、きょとん、と彼を見上げた


「…これからも私の血だけ吸え」


拒否は認めない


三成のその言葉に、名前は小さく笑った。



(私は食料として貴方の血を啜っているわけではないのです)
(貴方が愛しいから)
(貴方の血しか、欲しいと思わない)
title:識別



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