小説 | ナノ


  この気持ちに終わりはない



名前さんと図書館で会ってから数日後。
フィンガースとリカオンズの試合が行われた。
渡久地の采配は相変わらずで、僕らはヤツの良い様にあしらわれるだけで、なかなか得点に繋がらない。
でも僕だって、ただやられるわけにはいかない。
雨が少し降ってきてしまったため一時中断された試合。
喉が渇いた僕は、息抜きもするために一旦球状の外に出た。
けどそこには、金髪の悪魔もいた。


「今日は何時にも増して粘るじゃねーの」


どうしたよ、と不敵に笑う男。
この男の余裕の表情をどうにかして崩してやりたいと考える人間はきっと僕以外にもいるはずだ。
けれど、それがなかなかできずに今日に至る。
まさに余裕綽々、ふてぶてしい態度が通常運転菜この男のそれを崩すのは、実は案外簡単なのかもしれない。


「…お前には、負けたくないからな」


「はは、勝負なんだから当たり前つったら当たり前だな」


「それだけじゃないさ」


「、?」


僕の言葉に笑うのを止めた渡久地は、それでも無表情を崩すことはない。
鋭い目で何もかも見透かされそうな恐怖感をあおってくるけれど、此処で目をそらすわけにはいかないんだ。


「名前さん」


「!」


「素敵な人だな」


「…なんでアンタが知ってる」


「図書館で知り合ったんだ」


そう言って彼女の姿を脳裏に浮かべれば、自然と頬を緩む。
次の瞬間、渡久地の纏う雰囲気が豹変した。


「アイツは俺のだ」


「っ、」


試合中の駆け引きなんて比じゃないくらいにピリピリとした張り詰めた空気。
もしかして此処で殺されるんじゃないかと錯覚してしまうくらい、渡久地の目は冷たくて鋭かった。
それを見ると同時に理解する。


「随分と惚れ込んでるんだな、名前さんに」


「あんたも、その目を見る限り同じようだがな」


はっ、と笑い捨てる目の前の勝利に固執する男は、どうやら彼女にもご執心らしい。
確かに名前さんは素敵だし、僕だって彼女に執心している。
だから、ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。


「一つ、賭けをしないか」


「賭け?」


勝負事で渡久地に勝つのは至難の技。
そんなことは重々承知しているけれど、僕にはこれぐらいしか出来ない。


「この試合、俺が勝ったら…」


**********

家にいた名前の手には、最後に河中とあったときに渡された青い本があった。
読むのはもっぱら医学書やノンフィクションものが多い彼女は、その本が恋愛小説であることに気付きはしたが、一応、と読み進めていた。
河中に自分が読む本がどんなものかは伝えていたから、きっと何かを伝えたくてこの本を渡してきたのだろう。
そうでなければ、好みに合っていない本を渡すなんてことをするような人だとは思えなかったから。
とはいえ、さほど興味のそそられない内容のせいで、なかなか内容が頭の中に入っていかない。
ただ単に文字の羅列を目で追っているだけだ。
そうして読み進めているうちにどんどんページ数は減り、最後のページに。


『、?』


かさり、という手触りのページの一部だけが歪んでいる。
まるで水滴を一粒落としてしまったようなくぼみに指を這わせながら、彼女はそのページに挟まっていた別の紙をもう片手に取った。
几帳面にずれることなく半分に折られたそれには何か書かれているようで。
かさり、とそれを開けば。


ガチャ、


「ただいま」


『、おかえりー』


ソファに足を投げ出すように座っていた名前は、開いたばかりで碌に目を通していない紙を本の上に置いて玄関に向かう。
靴を脱ぎ終えスリッパを突っかけている東亜に近付けば、ぐい、と強く腕を引かれる。


『わっ』


ぽす、と東亜の引き締まった身体に倒れ込む。
鼻を打たないようにとっさに顔を横に向けたが、そのまま流れるように横抱きにされ、慌てて東亜の首に腕を回す。
こんな風にいきなり行動に出ることは少なくないけれど、試合後は疲れているから滅多にないのに。
どうかしたのだろうかと尋ねる前に、東亜が先に口を開いた。


「河中と知り合いなんだって?」


『河中さん?あ、うん、図書館で…』


「ふーん…?」


『?』


「…躾直しが必要だな」


『!?』


訳が分からないと表情で物語っている名前をじろりを見上げれば、彼女は肩を震わせて少し怯えたように東亜を見下ろす。
自分以外にはクールな一面しか見せないのに、こうして小動物のような動作を見せる無防備な彼女に思わず口元が歪む。


「自分で答えが終わったら少しは優しくしてやるよ」


けど、


「わかんなかったら最後まで、な」


未だ困惑している名前を抱えたまま寝室に消えた東亜。
読まれることなく本の上に載せられた紙が、切なそうに揺れた。



(別に夕飯ぐらいいいじゃないか!)
(誰が手前に名前の飯食わすかボケ)
(こ、児島さん、あれは一体…)
(…知らんが、関わらんほうがいいだろうな…)
(おお、何時にも増して東亜が怖ぇ…)

((フィンガース対リカオンズの試合でフィンガースが勝ったら、名前さんのご飯を食べさせてください))
((僕は君の隣にいることは出来ないけれど))
((せめて、想わせて))


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