小説 | ナノ


  冬の夜の温もり



しんしんと雪が降るテレビの向こう側。
日本国内にいる間で雪を見たことはあまりないが、ドイツに留学している間は冬が来るたびに見ていた。
此処は暖かいから滅多に雪は降らないけれど、冬を感じさせる寒さは襲ってくる。


『(今夜はビーフシチューにしよう)』


くい、とマフラーを口元まで上げ、少しでも寒さを和らげようとする。
がさがさと音を立てる袋の中には野菜と牛肉といった夕飯の食材が入れられており、名前が買い物帰りであることを物語っている。
あと少しで自宅、というところで、名前は近所の梶和に話しかけられた。
名前の母親が生きていれば同じくらいの都市であろう彼女は、よく名前のことを気にかけてくれていた。


「相変わらず細いわねぇ、名前ちゃん」


『梶和さん、こんばんわ』


「こんばんわぁ。あ!そうだ、ちょっと家に寄ってくれないかしら?」


渡したいと思ってたものがあるのよぉ、とにこにこと笑う梶和。
名前は首を傾げつつ、東亜はまだ帰ってこないから大丈夫だろうと彼女の後ろに続いた。


**********

「パジャマ買ったのか?」


その日の夜。
夕飯を食べ、風呂から上がった渡久地に準備されていたパジャマはいつも着ている薄手のものではなかった。
まさにこの季節にぴったりというような、少し厚手で温かいもの。
渡久地がリビングに行けば、彼の色違いか、同じデザインのものを着ている名前がミネラルウォーターを飲んでいた。


『ううん、近所の梶和さんがくれたの』


「貰いモンか」


『息子夫婦に上げるつもりらしかったんだけど、別に買ってたんだって。折角だからどうぞ、って貰っちゃった』


「ふーん…ま、体温の低い名前にはちょうどいいんじゃねぇの?」


『えー、東亜だって体温低い…』


空になったグラスに再びミネラルウォーターを注ぎそれを渡久地に渡せば、受け取った彼はそれを一気に飲み干す。
名前が空になったグラスをシンクに入れ、渡久地の髪を乾かし終える頃には、2人とも酷い眠気に襲われていた。
いつもなら体が冷めてしまって目が冴えるのだが、この保温性の高いパジャマのお陰で今日はそうは行かない。
テレビも特に面白いものはやっていないし、眠気に襲われているならこのまま寝てしまおうといつもより早めに寝室に入る。


「ふ、ぁ…」


『んー…パジャマ違うだけでこんなに違うんだ…』


「だな…ほら、寝るぞ」


2人の滑り込んだ布団は少しひやりとしていて、この布団に入った瞬間のこの感覚がどうしても好きになれない。
そんなことをぼんやりと考えていると、ぐい、と名前の身体を東亜が引き寄せる。


『とーあ?』


「おーあったけー…湯たんぽだ」


『ふふ、とーあもあったかいよ』


「ん、足も冷たくないしな」


絡まった足はいつもなら冷たいのに今日は温かい。
あぁ、これならこれからの寒い冬の夜も快適に過ごせそうだと、名前は頬を緩め、渡久地の背中に腕を回すことはなかったが彼の胸板に擦り寄った。
頬にはいつものさらりとした布の感触ではなく、柔らかいタオルケットのようなパジャマが触れる。
触り心地もなかなかいい。


『おやすみ、とーあ…』


「あぁ、おやすみ」


すん、と息を吸えば家の柔軟材ではない香りがするから、きっと梶和が一度着る前に洗濯したのだろう。
明日着る頃には嗅ぎなれた香りになっているのだろうと思うと、不思議と笑みが浮かんだ。
落ちていく瞼をそのまま閉じ、意識も手放したら。
きっと明日は、いつもよりも気持ちのいい目覚めを迎えられるだろう。



(本当は息子夫婦のために買ったんじゃなくて)
(貴方達のために買ったのよ)
(どうか何時までも、幸せにね)


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