小説 | ナノ


  FGO 02 ミニクーちゃんとエミヤと



 私の朝は、同じ布団に転がっている小さな彼を起こすことから始まる。

『起きて、クーちゃん』
「…うぅ」

 ぱさり、と一緒に包まっていた布団をはがせば、そこにはこのカルデアにいるクー・フーリン・オルタに似た幼子がいる。円らな瞳は閉じられており、まだ眠いのか、小さな体を更に縮こませてむずがった。時計に目をやれば、時刻は6時を少し過ぎたところ。できることならばもう少し寝させてあげたいところではあるが、残念ながら今日は私が厨房担当の日なのである。随分と人数が増えたカルデアの厨房係は楽ではない。とはいえ、生き残ったスタッフは少なく、彼らにはこの施設やレイシフトなどのシステム管理をすべて任せているため、料理のできるサーヴァントで厨房を回そうということになっているのだ。私がこのカルデアに来る前から厨房を回してくれていたエミヤさんやタマモキャットさんやブーディカさんに加わり、料理を担当することになっている。この戦いに協力している英霊は多いものの、彼らは英雄や王、神といった類が多く、料理を嗜む者はごく一部。マスターに料理が出来るかを聞かれ、可能だと答えた時の表情は忘れない。その表情を裏付けるように、まさに食事時は戦争だった。気を使ってくれてはいるのか、彼らが食事をとりに来る時間はずらされているものの個人で好きなものを注文されるため、注文される都度に料理を作らなければならない。こちらで勝手に決めてしまえば楽だとは思うのだが、厨房を取り仕切っているエミヤさんがその方式をとるというのならばそれに従うのが“郷に入っては郷に従え”というものだろう。そんな大変さを考慮してか、厨房担当は少ない人数ながらもなんとかローテーションを回すようにして休みが与えられるようになっている。ただ、エミヤさんだけは休みは不要と言わんばかりにいつも厨房に立っているが。
 そんなこんなで昨日休みをもらった私は今日、明日と厨房を任されているためそろそろ準備をして厨房に行かなければならない。以前に一度、気持ちよさそうに眠っているクーちゃんを起こすのが忍びなくてそのままにして厨房に行ったことがあるが、しばらく機嫌が悪く引っ付き虫のように離れなくなってしまったので(まぁ、くっついているのはいつものことだと言われればそうなのだが)、それ以来ちゃんと起こして一緒に厨房に行くようにしているのだ。その時のことはなかなか大変ではあったが、此処では割愛させていただこう。

『ほら、いい子だから起きて』
「うー…」

 ぐしぐし、と目をこする手をやんわりと外し、絞っていたタオルで優しく顔を拭ってあげれば次第に目が覚めてきたのか、目が徐々に開いてくる。後は洗面台に台を用意して水を出してあげれば、自分で綺麗に顔を洗うことができるし(拭かれるのが好きなのか、タオルをこちらに差し出してくるので拭いてあげるけれど)、歯だって自分で磨ける(置いてある歯磨き粉がクーちゃんの手には大きいので、歯磨き粉は出してあげるが)。髪の毛を櫛で整え、いつのも頭巾を被せてあげればいつも通りのクーちゃんである。料理に髪が入ることが無いように髪をまとめ、上着は脱いだ状態でクーちゃんを抱きかかえて部屋を後にした。
 人気の少ない廊下を歩き、厨房の中に入ればそこにはすでにエミヤさんが準備を始めている。毎日のように一番乗りに仕事を始めている彼には頭が上がらない。

『おはようございます、エミヤさん。遅くなってすみません』
「あぁ、おはよう名前。なに、十分早い方さ」

 緩やかな笑みを浮かべたエミヤは、水で濡れた手をタオルで拭いながら名前に挨拶を返した。彼女はキッチンに一番近いテーブルの一番端にあるクーちゃん専用の席に彼を座らせると、冷蔵庫の中から牛乳を取り出し小さなグラスに注ぎ、更にフルーツを手早くクーちゃんが食べられるほどの大きさにカットした。厨房係の日はどうしても食事をとるのが遅くなってしまうため本当ならば他の英霊たちと共に食事をとってほしいのだが、クーちゃんは頑として食べようとはしなかった。それでも目の前で他人が食事をしているのをただ見ているだけというのは傍から見ていても可愛そうに見えて仕方ない為、彼女が厨房の仕事に入っている間は、こうして牛乳と少しのフルーツで腹を満たすのだ。本格的な食事は名前が厨房の仕事を終えてから共にとる。

『はい、クーちゃんおしぼり』
「ん!」

 絞ったおしぼりを渡せば、クーちゃんは素直にそれで手を拭く。ちゃんと綺麗に拭いているかを横目で確認しながら、彼の前に牛乳とフルーツを置くと、『仕事が終わるまで待っててね』とぷにぷにの頬を指の背で撫でてから厨房の中へと戻った。

『なにか?』

 気配に敏感であるため、エミヤにじっと見られていることに気付いていた名前は、彼の隣に戻り、自身の手を念入りに洗いながら声だけで尋ねる。

「すまない、不躾だった」
『いえ、きっと私が敏感なだけなので…』
「…君とアレのやり取りが、親子にしか見えなくてな」

 母親とはあのようなものかと、柄にもなく感傷に浸ってしまっていたのさ

『母親、ですか』

 英霊エミヤは他の英霊と異なり、伝承や記録などは残されていない。本人も自身が一体何者かを語ろうとはしないため、その生前は今のところ謎に包まれている。とはいえ、興味があり、かつ彼から聞き出そうと思うかと言われるとそこまで興味がそそられているとは言えない。詰まる所、英霊エミヤと彼女ではもともと存在している次元に違いはあれど、その生前が知られていないということにおいては共通していた。

『私は母親というものがどういう存在か良く分かりませんが…あなたがそういうのなら、きっとそうなのでしょうね』

 そう返し、小さく笑った名前はエミヤが冷蔵庫から出して置いた野菜を手に取り、黙々と洗い始める。その小さな笑みに見惚れていた彼が「(ちょっと待て…それだと旦那はあの狂化したクー・フーリンということになってしまうのか…!?)」と一人で葛藤していたことには気づかなかった。


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