小説 | ナノ


  07



 三日月を鍛刀してから暫く経った。本丸には、穏やかな空気が流れている。今日もいい天気だな、と仕事をしていると、開けられた障子から少年が顔をのぞかせた。


「大将、ちょっと休憩したらどうだ?」


『、薬研さん』


 茶ァ淹れてきたぜ、と緑茶の良い香りをまとって現れたのは薬研藤四郎。三日月が何度目かの出陣で拾ってきてくれた短刀だ。
 出陣は仲間を増やしてから、その方が怪我もなく安全だろうと考えていたのだが、どうやら初期刀なる刀を一本顕現した時点で、一度は出陣しなければならないと伝えられた審神者。出陣には危険が付きまとうとの説明をされていたため当然いい顔をしなかったが、三日月が「まぁ安心して待っていろ」と穏やかに笑うものだから、不安な面持ちを隠し切れぬまま彼を見送った。
 ついていけるものならばついていきたかった。だが、痴漢の撃退ぐらいしかできない自分が戦場についていっては足手まといになることは目に見えていた。だからせめて、どうか怪我なく戻って来ますようにと祈っていたのだが…


「はっはっは、出迎えか?」


 三日月が戻ってきたことに彼女が気付き、玄関に向かえば、そこにはほとんど無傷の三日月がいた。本人は出迎えありがとう、と呑気に笑っている。大きなけがが無くてよかった、と審神者は三日月を『おかえりなさい、』と迎えたあと、手入れ部屋にて僅かに切れてしまった頬の傷に打ち粉を優しくたたいた。
 それを何度か繰り返した後、三日月に渡されたのが、薬研だった。どうやら出陣先では、落ちている刀を拾ってくることもあるらしい。僅かに汚れているだけで、損傷の見られない短刀を綺麗にして、顕現したのは聡明そうな顔をした一人の少年。さらりとした黒髪が特徴的で、どこか儚げな印象を感じさせた彼は、目の前の彼女をまっすぐに見た。


「よお大将。俺っち、薬研藤四郎だ。兄弟ともども、よろしく頼むぜ」


 見た目に反して、随分と男気溢れる短刀だったことには驚かされたが。


『ありがとうございます、薬研さん』


「いいってことよ。それより、大将もまだこの仕事に就いたばかりなんだ。無理しないでちゃんと休まないとだめだぜ」


 ことん、と文机の上に置かれたお茶と和菓子。それぞれ一つずつしかないそれに、薬研の分は?と彼を見上げた。


「いいのか?一緒に食っても」


『もちろん、』


 一人で食べるより皆で食べた方が美味しい。食事もそうだが、おやつだって同じだ。そう笑えば、薬研は「じゃあ、他の奴らも呼んでくるか」と立ち上がった。


『あ…私が呼んできます。お茶とお菓子、お願いしてもいいでしょうか』


「助かる。と、なると、人数が多いな。大将、休憩場所は広間でいいか?」


『はい。すみません、折角ご用意していただいたのに…』


「気にすんな。でもそうだな…大将の気が晴れねえってんなら、一ついいか?」


 この本丸にきて日は浅いが、彼女の性格上申し訳なく思い続けるだろう、と察した薬研は、ニッと笑って一つ提案をする。


「今度は俺と二人っきりで休憩してくれな?」


『?それでは詫びになりません…』


「俺っちはそれがいいんだ」


 薬研がそう言うのなら、と了承した彼女に、彼は嬉しそうに笑う。


「三日月のじいさんと山姥切は畑にいるはずだ」


『ありがとうございます』


 今、彼女の本丸にいるのは、三日月宗近、薬研藤四郎、そして、山姥切国広と鶴丸国永。山姥切国広は、鍛刀で顕現した打刀である。鶴丸は山姥切を鍛刀した次の日の鍛刀で顕現した。ほとんど同時期にやってきた3本に加え、三日月も「今はまだいいんじゃないか?」と審神者に鍛刀を促すことはない。それに甘えているわけではないが、今は彼らの練度をあげようと、彼らのその言葉に促されるままノルマをこなしていた。通常ならこんのすけがノルマをこなすように促すのだろうが、この本丸のこんのすけはそれに関しては何も言わずにただ様子を見ているだけだった。
 内心、こんなにのんびりしていていいのだろうかと思ったのだが、政府からの条件は満たしており、レア太刀である三日月宗近に加えて鶴丸国永まで鍛刀した成果に向こうは満足しているらしい。祖父母の安全は確実に約束する、との言質をとったので(果たしてその言質が一体何の役に立つかと考えてはいけない)、いくらか不安から解放された。それに、この審神者という仕事は短期間で終わるものではないらしい。常に不安を抱き続けていてはいつか身体を壊してしまう。それは自分にも、さらには顕現して協力してもらっている刀剣たちにも申し訳ない。彼女はそう自分に言い聞かせた。
できるだけ、自分を保つために。


『三日月さん、国広さん、お疲れ様です』


 薬研さんがお茶とお菓子を用意してくれてますから、休憩しましょう


 そう声をかけると、ざくざく、と畑を耕していた2人が顔をあげた。


「おぉ、そうか。それはありがたい」


「俺は、もう少し」


「そう言わずに。皆で食べた方が美味かろうという主の思いを汲んでやれ」


 三日月にそう言われ、口をつぐんだ山姥切の視線がちらり、と彼女に向けられる。審神者は穏やかに笑み、頷く。汗をぬぐってくる、と鍬を畑に残して三日月はその場を離れた。気温はそこまで高くないが、畑仕事のような力仕事をしていればいやでも汗は滲んでくるだろう。山姥切なんか襤褸の布をかぶったまま作業をしている。脱水を起こすといけないから、と布を取るようには言ったが、頑なに拒まれてしまい。なら、せめてと用意し縁側に置いていた水差しは使われたようで、半分ほどなくなっていた。こちらに歩いてくる山姥切に、その水差しから注いだ水を手渡せば「…すまない、」と一言言ってそれを受け取ってくれた。


「…あんたは、変な人だな」


『そうですか…?』


 どこらへんが、と首を傾げると、ごく、と水を一口飲んでから口を開く。


「写しの俺と、天下五剣の一口を同じように扱うなんて…」


『…そう言うこと、言ったら怒りますよ』


 むに、とやわらかくない頬をつまむ。や、やめろ、とつまんでいる方の手に山姥切が触れてくるが、叩いたり掴まれることはなくて。自分のことを卑下するくせに、こんなにも彼は優しい。審神者は苦笑を浮かべて、つまんでいた指をはなし、少し赤くなってしまった頬を撫でた。


『ほっぺ、痛くないですか?』


「…大丈夫だ」


『よかった…突然つまんでごめんなさい』


「どうってことない…それより、鶴丸も探すのか」


『鶴丸さんには資材の残りの確認と、今日鍛刀したものがどうなってるか見に行ってもらってるので、恐らく鍛刀場にいるでしょう』


 すぐに見つかりますよ、と笑って、手を洗ってくるように促せば、何度かちらちらと振り返ったものの、曲がり角をまがったところで姿が見えなくなる。それまで彼の後姿を見送った名前は、鶴丸を呼ぶために鍛刀場へと向かった。


『鶴丸さん、いますか?』


「あぁ、いるぜ」


 ガラリ、と鍛刀場の扉を開ければ、そこには式がちょろちょろと動くのを見ている鶴丸がいた。どうですか?と尋ねれば、ふむ、と腰に手を当てた。


「どうやら久しぶりの鍛刀は随分と時間がかかりそうだ。手伝い札を使うか?」


『いえ…特に急ぎもしていませんし、夜までには終わるでしょう』


 手伝い札は、彼らが怪我をしたときのために取っておきたい。


「はは、主はのんびりしてるなぁ」


 そう笑った鶴丸に、おやつにしましょう、と告げれば「おっ」と声をあげた。


「ありがたい、丁度小腹がすいていたんだ」


『ふふ、』


 2人で広間に向かいながら、お腹をさする彼の動作に小さく笑う。そう言えば、と鶴丸が思い出したようにもと来た道を一度振り返ってから、審神者に視線を向けた。


「資材だが、帳簿通りだったぜ。石炭に玉鋼、冷却材と砥石…どれも余裕はあるから、何があっても対応できるな」


『合ってましたか…ありがとうございます、助かりました』


「いいや、刀鍛冶の式もなかなか興味深かったからな!」


 審神者以外の人間が立ち入ることが好ましくない本丸に、当然刀鍛冶の人間を常駐させることはできない。したがって、刀鍛冶は式に代行される。依代である刀はその式によって鍛えられるが、彼らの本体は人間によって鍛えられるのだ。式がどのように刀を鍛えるのか。長い間生きてきた鶴丸にとっても、初めて見るものだったのだろう。
 広間に行けば、そこには既に3人の姿が。薬研の丁度良かったな、と言う言葉から、彼らを待たせたわけではないことに安心する。おいしそうなお茶の香りに、甘いお菓子。
 歴史修正主義者と戦っているなんて、そんなことを忘れてしまうほどに。本丸には穏やかな空気が流れていた。



((それも、彼女の力であることを))
((きっと彼女自身は知らないのだろう))
(やれやれ、うちの主は鈍くて困る)
((それは一体、誰の呟きだったろうか))


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