小説 | ナノ


  026



煌々と闇夜を照らす大きな満月。
木造の神殿のような大きな建物の中にいるのは、一人の老婆。
月の光を浴びるように、両手を広げて目を閉じていた老婆は、その閉じていた瞳を見開いた。


「あぁ…ようやっと…!」


息がつまりそうになりながらも言葉を紡ぐ口元と同じように皺だらけの顔は、今にも泣きだしそうにくしゃりと歪んでいる。


「古より数百年…どれほどこの時をお待ちしていたことか…」


床に膝をついて、両手を組む。
眩しさを覚えるほどのその月をまっすぐと見上げ、老婆は祈った。


「最早貴方様を守る力は弱く、無きに等しい…どうか、」


どうか、ここまでご無事で――


ノーマス島を出港してから4週間。
ハートの海賊団はログポースが示す次なる島へと上陸していた。
船は既に接岸されており、これまでの働きを考慮しての小遣いも渡されている(とはいえ、お小遣いと言えるような金額ではないのは流石海賊と言ったところかもしれないが)。
島に到着した初日である今日は主に情報収集にあてがわれていた。
食料も軍艦から奪ったものが結構あり、そこまで急を要するようなものはない。
基本的に情報収集に出かけるのは、話術に長けているシャチやバンダナなどと言った面々で、ペンギンも出るのだが、彼には航海士としての役割があるため、すぐには出ない。
しかし、情報収集と言えば忍の十八番。
だったら私も、とローに視線を向けたのだが、彼は首を横に振った。


『どうして?』


「これはあいつらの仕事だからな」


『…そっか』


「そうそう!任せとけって!」


自信満々に胸元を叩いたシャチ。
後ろに控えているクルーたちも笑っている。
じゃあ、大人しく待っているか。
特にごねたりもせず、名前は、部屋に戻るというローに腕を引かれながら『気を付けて、』と声をかけて船内へと戻っていく。
そんな二人の後姿を見送ったシャチたちは、よし、と意気込み情報収集のために船を後にした。


「ほら、とりあえずこの本を読んでからな」


「読書かー…おれ頑張る」


「分かんないことがあったら聞けよ」


戻る途中、食堂に入ったローと名前が見たのは、テーブルの上に何冊かの本を置いているペンギンと、それを目の前にしているベポ。
本のタイトルには、いずれも“航海術”や“気候”という文字があって。
ベポが航海術の本を?と名前が首を傾げた。


「ベポが航海術を勉強したいんだとさ」


「アイアイ!おれ頑張るんだ!」


『ベポが…』


どうやらローは既に話をされていたらしく、表情を変える様子はない。
しかし、航海士ならばペンギンがいるのに、なぜベポが航海術を勉強しようと思ったのか。
ベポは笑って答えた。


「ペンギンは忙しいからな!おれも何か手伝えたらって、前から思ってたんだ」


「助かるよ。俺はクルーをまとめなきゃならないこともあるし」


そう笑ったペンギンに、照れたようなベポ。


「船長もできるけど、船長は医者の方をメインにしてるし、何より船長に航海士なんてやらせられねぇよ」


こればかりは立場の問題なのだろう。
人数が少ないころならまだしも、今となっては大規模ではないもののある程度の人数を持つ海賊団。
船員全員をまとめなければならないローが航海術にまで口を出すことは今ではもう滅多にない。
名前も元はトップにいた立場の人間なので、ペンギンの言いたいことは十分に分かっていた。


「まぁ、ほどほどにしろよ」


「はい」


「アイアイ!」


『頑張って』


「うん!」


ローに腕を引かれながら食堂を後にする名前がベポにそう声を掛ければ、元気の良い返事が聞こえてきた。
偵察組が船を出て、それ以外は各々の仕事をしているからか、航行中よりも静かな船内を歩く二人だったが、名前が話を切り出す。


『ねぇ、ローさん』


「、なんだ」


『ベポ…張り切ってた、けど』


あの手、海図描きにくそうだよね


「…………」


ベポからその話を持ちかけられた時、実はローも同じことを考えていたとは、何となく口にできなかった。
部屋に戻ったローは医学書を、名前はペンギンから借りた手配書のファイリングに目を通すと各々の時間を過ごす。
元々口数の多くない2人なので、船長室は沈黙に包まれているものの、そこに居心地の悪さは一切感じられない。
寧ろ、心地よいとさえ感じてしまう雰囲気。
そんな中、名前は一枚の手配書に目を奪われる。
捲っていく度に現れる賞金首たちは、皆無表情だったり怖い顔をしていたり、不敵に笑んでいたりというものばかりだというのに。


『…くす、』


「名前?」


『、ごめんなさい、』


でも、可笑しくて、


名前の小さな笑い声に医学書から顔を上げたローは、再び視線を手配書に落とした彼女の視線を追うように、名前の膝の上に置かれている手配書に視線を向ける


「麦わら屋のか…」


『この笑顔だけ、みると、海賊には、みえないね』


「フフ、Dか…Dはそのうち嵐を呼ぶ」


『?』


ローの視線が再び医学書に戻ってしまった為、それ以上を追求することはしなかった。
ただ、彼の口ぶりからして、Dを名に持つ人間は普通ではない、ということなのだろう。


『モンキー・D・ルフィ…』


妙に懐かしさを感じるこの笑顔…これは、そうだ――


「へー!カカシ先生、こんなきれいな姉ちゃんの知り合いがいたんだな」


「ナルト、それどーいうイミ?」


「カカシ先生には勿体ないってことでしょ」


「はっきり言うねぇサクラ…ほら、サスケは名前に見とれない」


「なっ、おっおれは別にっ」


珍しく日中に、たまにはとカカシに連れ出された街中を歩いていた時。
遠くからカカシを呼び止める声に振り替えれば、そこには金髪、桜色、暗色の頭が並んでいた。
聞けば3人は、カカシの持つ第七班の生徒たちだという。
暗部の総隊長になって数年、自分よりも幾分か年下の彼らは、見ていてとても微笑ましかったが、そんな中、声を張り上げた金髪の少年。
九尾の、人柱力。


「名前姉ちゃん!」


『、?』


「俺な!ぜってー火影になって見せるから!見ててくれってばよ!」


「アンタ!名前さんに対してもまたそんなふざけたこと!」


「テメェが火影になれるわけねぇだろ、ウスラトンカチ」


「っんだとぉ!?」


『くす、』


「名前?」


思わず笑ってしまった私を、カカシが見えているほうの目を見開いてみてきたのをよく覚えている。
昔に比べて笑うことが極端に減っていたから、最も時間を共有したカカシでさえも、私が笑うのを見たのは久しかったからだろう。


『…楽しみにしてる』


「!へへ!ぜってーなるから!待っててくれってばよ!」


「ちょっと…名前が言うと冗談に聞こえないんだけど…」


あぁ、そうだ…この笑顔は、火影になると私に宣言したあの少年の笑みにそっくりなんだ。
大きな夢を抱いて、きっと、これから大きな困難に直面したとしても、乗り越えて行ってしまいそうな、輝かしい笑顔。


『(彼は、きっと今もあの夢を、追い続けてる)』


なら、この少年は


『(一体どんな夢を、追いかけてるのかな)』


いつか会ってみたいなんて、普段の彼女なら思いもしないようなことだが。
細い指で、その少年の頬の傷をなぞった。
それから名前がファイリングされている手配書の顔と名前、金額をすべて頭に叩き込む頃には昼時に近づいていた。
今朝、情報収集をする彼らと共に「朝市にどんな食材が並んでるか見てくるな!」と意気揚々と出かけていったクジラはまだ戻って来てはいないようだ。
現在船の中に残っている船員と、未だに医学書に視線を落としているロー、熱心に航海術の勉強をしているであろうベポとペンギンの分の昼食を用意しなければと、名前はソファから立ち上がった。


「、どうした」


『お昼、用意するね』


「…あぁ、もうそんな時間だったか」


ぱたん、と分厚いそれを閉じたローは、それをテーブルの上に置くと、帽子と鬼哭を手に取る。
どうやら彼も船長室を出るらしい。
先に扉を開け、ローが出てくるのをまった名前は、彼と共に食堂へと向かった。


「随分と熱心だな」


食堂についた二人の目には、やはりそこで勉強をしているベポと、その傍らで海図を描いているペンギンの姿が。
いつもならば航海室で作業をするペンギンだが、ベポの勉強に付き合うのならばいっしょにいた方がいいと判断したのだろう。
食堂の広いテーブルの上に広げられた資料は、いつもならば航海室のテーブルの上に広げられているものと同じだった。


「船長に名前…そう言えばもういい時間だもんな」


「えっ、もうそんな時間?」


「ベポの腹。随分鳴ってたが…はは、自分じゃ気付かなかったか」


そう笑ったペンギンの言葉の後、まるで見計らったかのように盛大なベポの腹の音が響いた。


「なんか自覚したらお腹空いてきた〜!名前、今日の昼はなに?」


うちのこのシロクマの船員はのんびりしているというか、マイペースというか。
呆れたような視線を向けるローとは逆に、小さく笑みを浮かべた名前は、朝食を作った時にクジラと確認した残りの食材を思い出しながら、献立を考えた。
名前が厨房に立ってから、漂い始める美味しそうな匂いに腹を空かせた船員たちが、吸い寄せられるように食堂へ集まるまで、もう少し。



(お前ら…面白いくらい集まってくるな)
(それくらい名前の料理が好きなんすよ〜!)
(そうそう!やっぱり美人が作る料理は別格だよな!)
(…ここにクジラがいなくてよかったと心底思います)
(まあ、こいつらのいうことも分からなくはねぇがな)
(船長…アンタまで…はぁ、全く)

(いーっくし!)
(あ?どうしたクジラ、風邪か?)
(ちげーよ。誰か俺のこと、噂してんな…?)


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