小説 | ナノ


  06



「おぉ、美味い」


『よかった…』


 名前が作った料理を美味しそうに食べていく三日月。神様である彼の口に合うか不安だった名前は、安心したように料理を口に運ぶ三日月に倣って自分も料理に手を付けた。


「主は料理が上手いのだな」


『おばあちゃんの手伝いを良くしてましたから』


 思えば、手伝いを通していろんなことを仕込まれたと思う。料理や洗濯、掃除はもちろん、着物の着付けが出来るようになったのもその一環だ。一通りの花嫁修業と呼ばれるようなものは、すべて身についていた。まさかこんなところで役に立つとは思っていなかったが。


「大丈夫か?」


『、えっ?』


「心此処に在らず、といった様に見えたが」


 何か気になることでもあるのか?と聞いてきた三日月に、大丈夫です、と苦笑を浮かべて止まっていた手を動かす。別に彼に隠したいわけではないが、出会ったばかりである彼にこちらの身の内の話をするのも憚られたのだ。2人の無事は後でこんのすけに聞けばわかることだと、自分にそう言い聞かせた。


「ご昼食はとられましたでしょうか?」


 三日月と2人きりの食事と片付けも終え、茶を飲んで一服しているとこんのすけは姿を見せた。どうやらこの本丸の中を改めて詳しく説明するらしい。


「最初のうちは、審神者様は最初の一振りを近侍とされることが多いですね」


『近侍?』


 説明しなければならないことが多々あるので案内しながら、と歩きだしたこんのすけの言葉に耳を傾けていると、聞き慣れない言葉が。審神者といったものがどういった仕事をするのかもよく把握してなかった名前が、近侍の仕事まで知っている筈もない。こんのすけはまずは審神者の仕事を説明いたしましょう、と足を止める。名前が三日月によって寝かされていた部屋だ。


「こちらが審神者様のお部屋になります」


 手前が執務室、その奥に続く部屋が寝室と言ったプライベート空間です。


「ぷらいべーと?」


『あ…個人的な、みたいな』


「なるほど」


 平安生まれにはやはりカタカナは馴染みが無いらしい。しかし、刀剣の付喪神というならば、どの付喪神にもなじみの無いものかもしれない。付喪神が宿るほどの刀剣ならば、作られたのは必然的に随分前の話になるからだ。


「審神者様のお仕事は、刀剣より付喪神を顕現し、彼らの協力を得て歴史修正主義者と戦うことでございます。それに伴うお仕事として、政府への報告のための日報、報告書の作成、刀剣男子の部隊編成、負傷した刀剣男子の手入れや内番の振り分けなど様々ございます」


 他にもございますが、それらについては随時説明いたしましょう、とこんのすけが言葉を区切る。


「もちろんこれらすべてを審神者様一人でやれとは申しません。大抵の審神者様は近侍に手伝ってもらうことが多いです」


 部隊編成や陣形に関しては、戦の中に身を置いていた刀剣の方が詳しかったりするため、彼らの意見を取り入れながら決めたり、内番も、ローテーション式にすればいちいち考える必要もなくなる。誰と誰を組み合わせるかというのは、審神者の見ていないところでの様子を近侍が観察し、それによって決めているところもあるらしい。刀剣同士のコミュニケーションを図るためにも、毎回同じ組み合わせでは都合が悪い為、定期的に変えることを勧められた。審神者自身が必ずやらなければならないものといえば、政府への報告書や審神者同士の情報交換などと言ったものだ。
 報告書は政府の方でまとめやすくするために、必ずパソコンで製作し、送る様にとのことだった。年配の審神者に関しては手書きも認められているようだが、あまり推奨はされていない。手書きのために時間はかかるだろうし、政府の方でも処理をするのに時間がかかるからだ。作成したデータをこんのすけに渡せば、そのデータは自動的に政府の方へと送られるようになっているらしい。
 審神者から政府の方へと送られる情報ルートは確立されているのだが、政府から審神者への情報ルートは確立されておらず、万が一の情報漏洩を防ぐためにと専ら使用されるのは手紙という手段らしい。どのようにして届けられるかまでは教えられないが、今まで手紙が届けられなかったという事態はなかったため、特に問題なく届けられるだろうと説明された。


「重要書類のようなものになりますと私が直接審神者様にお届けすることになりますので」


『わかりました』


「基本的に届けられる書類には術がかけられており、審神者様しか開封することが出来ません。必ずご自身で確認するようお願いします」


 そこに隠された意味を何となく察しながら、名前は頷いた。もっとも、彼らに現代の文字が読めるかどうか疑問ではあるが。


「各本丸に、それぞれノルマが課せられます。その審神者の能力と、顕現させている刀剣の練度によって差はありますが、そのノルマを達成していただくと、定期的に支給される資源とは別にノルマを達成された功績として資源を支給させていただきます」


 資源とは、三日月を鍛刀したときのように、刀を鍛えるときや刀装を作るとき、刀剣が負傷した時にも、その傷を癒すために必要となるものだ。これらが無いと困るのは、審神者ではなく刀剣男子。勿論、鍛刀をすることでこちらの勢力の増強を図るという目的においては審神者も関係するのかもしれないが、刀装が無ければ、刀剣男子は攻撃を受けた際、その身に直接負傷するし、手入れが出来なければ、溜まった傷や疲労によっていずれ、彼らを顕現させている媒体の刀は折れることになる。刀が折れることはすなわち、その刀剣男子の消失を示す。一度折れた刀は、再び同じ刀を作り出しても、当然折れる前までの記憶はない。元は刀剣といえど、人格や喜怒哀楽はある。
 それ以前に、彼らは付喪神。人間が好きにどうこうしていい相手ではない。
 こんのすけの説明を頭に叩き込む名前を、三日月は静かに見下ろしていた。


「以上で一通りの説明を終えさせていただきますが、何かご質問はありますか?」


『あ…えっと、資源以外に、支給してもらえるものはあるんですか?』


 仕事の話は大体理解できたが、食料品やその他嗜好品については分からないままだった。こんのすけの説明の一環で、ここが亜空間に存在しており、現代から、というより、人の世から隔絶された空間であることはわかった。食料はもちろんのこと、その他にもし何か必要なものが出来たなら一体どうしたらいいのだろう。女には必要不可欠なものだってある。


「もし何か必要になりましたら、カタログを用意してございますので、その中から選んでいただき私にお伝えください。時間はいただきますが、できるだけ早くご用意させていただきます」


『カタログ?』


「審神者様の執務室にございますタブレットの中にデータが入っております。もしその中にない場合でもできる限りご希望に沿わせてはいただきますのでご安心を」


 荷物は、こまごまとしたものなら審神者の部屋に直接、もし大きなものなら本丸の玄関先に届けられるらしい。基準は審神者に持ち上げられるか否か、らしい。そんな個人差のある判断基準でいいのだろうか…。
 なにはともあれ、これで危惧していたことは杞憂ですむことが分かった。名前が胸をなでおろしたところで、忘れていました!とこんのすけが声をあげた。


『何?』


「審神者様のお部屋についてです!」


『部屋?』


 あの執務室と、その奥の部屋についてだということはすぐにわかった。


「執務室に関しては、刀剣男子は自由に出入りすることが出来ますが、プライベート空間に関しては制限がかけられます」


 ちなみに、タブレットが置かれているのはプライベート空間になります、と告げるこんのすけ。そういえば、名前が寝かせられていた部屋の隅に、明らかに避けられたような机が置いてあった。三日月をみれば、おぉ、と顎に手を当てる。


「奥に続く襖を開けようとしたんだが、どうしても開けられなくてなぁ。幸いあの部屋の押し入れに布団があったから、それを使わせてもらったのだが…」


 なるほど、俺が入れなかったのはそう言うわけか、と合点がいった様子の三日月。なら、あそこに入れるのは自分だけなのかと問えば、いいえ、と首を振られる。


「審神者様が許可さえ出されれば、刀剣男子であってもあの部屋に入ることは可能です。ただし、審神者様がいないときには入れません。さらに言うと、その許可を出せる人数は2人までとなっております」


『2人…』


「これは一度に部屋に入れることが出来る刀剣男子の数ではありませんのでご注意ください。分かりやすく言うと…そうですね、カードキーのようなものでしょうか」


 入室の許可を与えられた刀剣男子は、審神者がその部屋にいるときは自身もその部屋に自由に出入りすることが出来る。さらに言えば、その権限は他の付喪神には譲渡できないものであり、その刀剣が消失、もしくはそれ相応の理由が無い限り、剥奪できないものとされている。


「2人に与えたり、1人に与えたり、もしくは誰にも与えないなど、審神者様によって様々です。規定も2人にしか与えられないというものだけなので、必ずしも与えなければならないというわけではありません。どうか慎重にお選びください」


『…分かりました』


 そう言う、選ぶのはあまり得意じゃないんだけれど、と内心溜息を吐き出したのを、知る者はいない。


((きっとだれも選ばない))
((プライベート空間ぐらい、欲しいもの))


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