小説 | ナノ


  02



 意識が浮上しはじめて、鼻をかすめたのはやけに新しい、畳の匂い。家の畳、一体いつ張り替えたのだろう…そんなことを考えてしまった私は、目を見開いた。


『ここ、は……』


 見たことの無い家だった。傍らに落ちているのは、真っ白な冊子。それを見て、すべて思い出した。私がなぜここにいるのか、何をしなければならないのか…


「目が覚めましたか!」


『!』


 突然かけられた声に振り替えれば、そこには狐が。そう言えば、あの男が何やら言っていた。分からないことがあれば、狐のサポーターがいるから、と…。


「わたくし、これから貴方様のサポートをさせていただきます、こんのすけ、と申します!」


 どうぞよろしくお願いいたします、審神者様


 ひどくかしこまった言葉遣いで挨拶をしてくるものだから、思わず私も頭を下げてしまう。ここに送り込まれたはいいが、一体何をしたらいいのかわからない。男はこの冊子を読めと言っていたが、こんな分厚い物、1日かかってしまいそうだ…。そんなことを思っているのに気付かれてしまったのか、まあまあ、とこんのすけの声が響く。


「初めのうちはわたくしがサポートをさせていただきますので、そちらはまた暇な時にでもお読みになってください」


 といっても、審神者様が慣れるまでサポートしますので、そちらを読まない方も多いのですが、と笑うこんのすけの声。まずは刀を一本、鍛えてみましょう、と言われた。


「本来ならば政府が用意をした打刀を一本選び、そこから付喪神を降ろしていただくのですが、貴方様は例外ですので、申し訳ないのですが打刀を用意していないのです」


 とてとて、と前を歩くこんのすけに着いていく名前。例外、と言う言葉が妙に引っかかったが、こんのすけは追及はさせぬと言わんばかりに言葉をつづける。


「あぁ!申し訳ありません!審神者様はまだその服のままでしたね!お先に召し物を変えていただかなければ」


 ぴん!と尻尾を伸ばしたこんのすけは方向転換をする。元来た道を戻っていく形になるが、名前は何も言わぬまま狐についていく。はて、このままの服ではだめなのか、と自分の服を見下ろす。セーラー服にサイハイソックス。至って普通の女子高生の制服だが、このままではいけないのだろう。


『あ、あの』


「はい!なんでございましょう?」


『着替えるなら、お風呂に、入りたいのですが…』


そう言えば、祖父母を探すために辺りを駆け回っていたせいでひどく汗をかいていた。その後も、あの男のせいで嫌な汗をかいてばかり。着替えるのならば、どうか風呂にも入らせてほしかった。


「そうでございましたね!気が利かず申し訳ございません!それでは、一度部屋に戻って、お召し物を取りに行ってからお風呂にご案内いたしましょう」


 ここのお風呂は源泉かけ流しなんですよ〜と自慢げに語るこんのすけが、再び廊下を歩き始める。源泉かけ流し、ということは温泉か…お風呂が好きな自分にとっては何ともありがたい話だ。部屋に着いた後は、こんのすけに言われるまま服と布を持ち、風呂場に案内された。日本家屋風の作りをしてはいるが、シャンプーやコンディショナーなど、現代人が生きていくうえで必要そうなものは揃えられているという。何も持ってきていない名前には助かる配慮だった。きっと自分のようにいきなり連れてこられる人間もいるのだろう。


「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」


『ありがとうございます…』


 かぽーん、という音が響く、大きな風呂。大浴場が目の前に広がる。さすがにシャワーはないが、湯船とは別に、掛け流すのに使うお湯が溜められている。勿論こちらも源泉かけ流し、と言わんばかりにお湯が注がれては溢れていく。桶を持って、お湯を掬い、それを頭からかぶった。そこからは無心に頭を洗い、身体を洗い、お風呂に浸かる。どうやら外の風景が見えるらしい窓際に行けば、そこは暗く、空には三日月が浮かんでいた。外の景色を見ることが無かったため、一体どれほどの時間帯かと思ったが、どうやら夜らしい。それも、結構遅くの。それにしても、


『随分明るい、三日月…』


 満月が周囲の星をかき消すことはあっても、三日月がそれをかき消すことは珍しい。煌々と闇夜を照らす月は、どこか恐ろしさも感じさせた。思わず三日月から目を逸らし、背を向けて湯船に顔までつかる。ぷくぷく、と顔を出す気泡が、現れては割れてを繰り返した。


 …そう言えば、おじいちゃんとおばあちゃんは無事だろうか。


 こんのすけの言葉からして、きっとあの男は政府の男なのだろう。なぜか打刀は、用意されていなかったが…あの男の望み通り私は審神者となったのだ。まだ、審神者としての役目を果たしたとは言えないが、それでも、確かに2人を家に無事に返すといっていたし、私も政府に報告をするときに2人に会えるとも、そう言っていた。なぜ2人があんなに帰れといっていたのかはわからないが、たとえ理由を知っていたとしても、私は2人の願いを聞き入れることは出来なかっただろう。


『…なら、知らない方がいい…』


 住めば都というだろう…いずれここにも、慣れるときが来るはずだ。
 この時感じていた息苦しさに、私は目をつぶった。


『お待たせしてすみません、』


「いいえ!お湯加減はいかがでしたか?」


『とても気持ちがよかったです』


「それはよかった」


にこにこ、と笑うこんのすけ。しかし、狐がこんなに流暢に喋り、にこにこ笑うとは、と思ったが、政府からのサポーターと言っていた…技術力の結晶、ともいうべきものなのだろう。深く考えることをやめた。


「それが審神者の正装のようなものでございます。よくお似合いですよ」


 白衣に緋袴。中には肌襦袢を着ている。腰巻も用意をされていたが…現代人には相当な違和感で、使うことは出来なかった。しかし。これではまるで巫女装束だ。審神者とは巫女のようなものかとこんのすけに尋ねたが、首を振られてしまう。


「確かに、巫(かんなぎ)と呼ばれる巫女は近いことをしていたかもしれませんが、彼女らはその身に神を降ろすのです。審神者が持つのは、「眠っている物の思い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、震わせる技」でございます」


 つまり、巫はその身に神を宿すのに対し、審神者はその神自身に肉の体を与える、ということなのか。


「えぇ!そのような感じです」


 ふさり、とこんのすけの尾が揺れ、それでは鍛刀場へと参りましょう、と促される。風呂上がりの濡れた髪のまま、再びこんのすけの後ろについていく。途中、縁側を通ることがあり、そこからも風呂から見上げた時のような三日月が仰ぎ見ることが出来た。周囲の星々をかき消してしまうほどの三日月。気にしないでいた息苦しさが、蘇る。


「息苦しいですか?」


まるで見透かされているかのように掛けられた声に、思わず肩が震えた。


『あ、はい…』


「ここは神気に包まれていますからね。まだ刀剣が居ませんのでその影響は少ないですが、もとよりここは刀剣に合わせて作られた本丸。審神者になりたての貴方様にとっては、少々暮らしにくさが伴うかもしれません」


 次第に慣れていきますので、心配はいりませんよ、というこんのすけ。どうやら個人差はあるらしいが、大抵は2週間ほどで息苦しさ等はなくなるという。そこまでひどいものではないが、走ったりしたらすぐ息が上がってしまいそうだ。


「さあ!ここが鍛刀場でございます」


 閉められていた扉を開ければ、そこにはいつか、テレビで見たことがあるような刀を鍛える道具があった。見た限り、どうやら2本同時に鍛えることが出来るらしい。


「資材等は時間と共に政府の方でご用意させていただきますが、任務等をこなしていただくとそれとは別に資材を手に入れていただくことが出来ますので、そちらの方については後ほどご説明しますね」


『、はい』


「刀を鍛えること自体はこちらにいる式たちが行います故、審神者様は資材をどれほど投入するかを選んでくださればあとはお待ちいただくだけになります」


『そう、ですか』


「ささ、それでは早速」


 こんのすけに差し出された、筆と板。そこには石炭、玉鋼、冷却水、砥石の文字が。資材というのはこれらのことなのだろう。まぁ、一本目。気楽にお選びください、というこんのすけに促されるまま、とりあえず全てを600でそろえてみた。すべてを書き終えた板はふわり、と手を離れ、いつの間にか現れた随分小さな人型の式がそれを受け取り、動き始める。何やら、見ていて不思議な光景。20分ほどぼんやりと、彼らの動きを見ていた名前だったが、ふわ、と思わずあくびが出てしまう。


「どうやら時間がかかりそうですね。どうでしょう、おやすみになられては?」


『、そんなに、掛かるんですか?』


「えぇ。出来上がりは朝方になりそうです」


『そうですか…』


「ここの式たちは人間ではありません故疲れを感じません。どうぞ、審神者様はおやすみになられてください」


 刀が出来上がり次第、刀に付喪神を降ろさなければならない。明日からは嫌でも力を使わなければならないのだから、明日のために今日はもう休むべきだというこんのすけに促されるまま、名前はもと来た道を戻っていく。こんのすけの姿は、いつの間にかいなくなっていた。


(なにも、怯えることはない)
(眠りに落ちる前、そんな声が聞こえたのは)
(気のせいか、否か)


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