小説 | ナノ


  男は嗤う



これは自己分析に過ぎないが、自分はそんな自意識過剰な人間ではない。

1限目を終え、2限目の入っていない名前は、ローの講義が終わるまで基本的に図書館にいる。
机の上に広げられている課題にペンを走らせるものの、長続きしない集中力のせいで、ペン先の動きは頻繁にその動きを止めた。
そうして、どこか不安げな月色がぐるり、と不自然にならない程度に自身の周囲を見渡すのだ。
しかし彼女の視界に映るのは、好き好きに過ごしている生徒たちばかり。
気のせいだろうか、とため息を吐き出した名前は、再び課題に視線をおとした。


――視線を感じる


どこかねっとりとした、気持ちの悪いそれ。
酷く感覚的なもので、それに気付き周囲を見回しても、自分を見ているような人間はいない。
一度や二度ならば、気のせいだとそのまま片付けてしまえるのだが、何せ、ここ最近、そういった視線を頻繁に感じている。
ナミたち幼馴染や、ローやキッドといった友人たちといるときには感じることの無いそれは、決まって彼女が一人でいるときに感じるものだった。
先も言ったように、自分はそんな自意識過剰な人間ではないと思ってはいるが、もしかしてそう思っていたのは自分の勘違いだったのだろうか。
しかし、ただ見られているのではない、気分の悪いそれに溜息を吐き出した名前は、一度落ち着こうとトイレに行くために席を離れた。
手を洗ったところでハンカチを机の上に忘れてしまったことを思い出し、できる限り手の水分を払ってから自身の席に戻ると、


『、ない…』


机の上に置いていたはずのハンカチがなくなっていた。
僅かに濡れた手のままで鞄を広げるが、貴重品等はすべて、彼女が席を立つ前と何ら変わりない。
無くなったのはハンカチだけか…と小さくため息を吐き出した名前は、すでに乾き始めている手でくしゃり、と前髪を握った。


『…ローからもらった、ハンカチじゃなくてよかった』


視線を感じるようになってしばらく、こうしてたまに、机の上に出しっぱなしにしているものがなくなってしまうことも稀に起こるようになった。
初めは消しゴムだっただろうか…それからティッシュ、使おうと思ってはがしておいた付箋、ゴム、ピン…そして今日はハンカチ。
些細なものであるし、もしかしたら自分がどこかに無くしてしまっただけかと思ってはいたが、そう頻繁にものをなくしてしまうほど抜けた人間ではない。
ちらり、と自身の席の周りにいる生徒たちを見てみても、殆どの人は背を向けているし、こちらを向いている人は参考書にかじりつくか、眠っている人ばかり。
加えてイヤフォンで音楽を聴いているのだから、何かあっても気づく人はまずいないだろう。
ローからの贈り物は怖くて持ってくることが出来ない、と、なくなってしまったハンカチに気味悪さを感じた名前は荷物を早々にまとめ、ローとの待ち合わせであるカフェテリアへと向かった。


――その夜。


『何食べたい?』


「そうだな…新しく買ったグラタン皿、まだ使ってなかったろ」


『じゃあ、グラタンにするね』


「あぁ。材料はあるか?」


あるよ、と笑みを浮かべた名前の隣には、ローの姿が。
ローの家には冷蔵庫はあるものの調理道具が無いために、名前が料理をするときは決まって彼女の家だった。
がちゃん、と響いたローの車のロック音の後、ポストの中を確認しに行った名前についていったローは、その中身に訝しげな表情を浮かべる。


「…なんだ、その封筒」


『?、なんだろ…差出人の名前、ない…』


差出人の名前の無い、妙に分厚い真っ白な封筒。
宛名には間違いなく名前の名前が書かれているが、その手前に、“愛しの、”と何とも気味の悪い文字が。
困った表情を浮かべている名前の手からその封筒を取り上げたローは、険しい表情でそれを見た後、びりびり、と封を破り開けた。


「…これは、」


秒に分厚い中身は、何枚もの写真。
そのどれにも名前が映っており、視線が向けられていないのをみる限り、盗撮に間違いなかった。


『ロー…?』


「…部屋に行くぞ」


その封筒を自身のポケットの中に突っ込んだローは、鋭い視線で周囲を見渡しながら、名前の肩を抱いて足早にマンションの中へと足を踏み入れた。
部屋についてすぐに夕食を作ろうとした名前を止めたローは、彼女の手を引いてリビングのソファに腰掛ける。
ローに倣って名前も腰掛けたところで、ローが尋ねた。


「…最近、妙なことはなかったか」


『妙なこと…?』


「今まで俺もナミ屋も気づかなかったんだ…恐らく名前が一人の時」


ぴく、と肩を震わせた名前。
僅かなその反応から、心当たりがあることを察したローは話すように促す。
少々言いにくそうな表情を浮かべた名前だったが、小さくため息をして口を開いた。


『一人の時…確かに、視線を感じることは、あったの』


「視線…」


『でも、感じた後に周囲を見ても、誰も私のこと、見てなかったから』


気味悪く思うことはあっても、気のせいだと思っていた。
控えめな彼女らしいとは思いつつも、そうならそうと早く言ってほしかった…たまたま封筒を開けたのがローだったために精神的ショックは免れたが、もし本人が見ていたなら相当な恐怖を感じていただろう。
それだけじゃない…このまま、ローが気付かぬうちに行為がエスカレートすることだって十分考えられる。


「ほかには、ないのか」


『ぁ…』


ええと、と視線が泳いだ後、図書館などで席を離れた時にモノがなくなっていることを告げれば、「もの?」とローが顔をしかめる。


『消しゴムとかピンとか…ちょっとした物だけど、今日は、ハンカチが…』


「、っはぁー…」


『ろ、ロー…?』


「…絶対許さねぇ…」


『えっ』


「…お前、ストーカーされてたんだぞ」


『す、すとーかー…』


みるみるうちに青くなっていく顔。
『じゃあさっきの封筒は、』という名前の震えている声に、ローが静かに答える。


「…名前の盗撮写真だ。見ない方がいい」


ひゅ、と息がつまった名前。
まさか、自分がそんな目にあっているとは思っていなかったのだろう。
可哀想なくらい震えている細い身体を抱きしめたローは、自分の片手で埋まってしまいそうなほど小さな背中を摩る。


「これからはなんかあったらすぐに言え…何かあってからじゃおせぇんだ」


『ん…』


ローの肩口に顔を埋めているためにくぐもった声であったが、返事をした名前の体は、ローの手がやさしく体に触れるたびに徐々に震えを落ち着かせていく。
ようやく震えが止まったところで顔をあげた名前。
ローはまだ血の気の無い頬をその手で包み込む。


「できる限り一人にならないようにしろ…あとは俺“ら”に任しとけ、」


その翌日から、名前の側には時間を許す限りはローが付き添い、ローが講義の時はキッド、もしくはペンギンやシャチ、ナミやルフィなど、とにかく彼女が一人にならないように誰かがそばにいるようになった。
流石に申し訳ない、とは言ったものの、全員に却下されてしまえば受け入れるしかないし、何より、一人ではないと安心することが出来た。
家に帰るときも、一人にはさせられないと、ローが毎日名前の家に寝泊まりするように。
元々彼女の家に何着かローの服は置いてあったし特に問題はなかったが、こうして毎日のように泊まるのは初めてのことで。
名前は不謹慎ながらも、寝ても覚めてもローが共にいるこの状況に内心喜んでいた。


「どうした、随分ご機嫌だな」


朝食を作るためにキッチンに立っていた名前を背後から抱きしめてきたロー。
まだ覚醒しきっていないようで、その声色は眠たげなものだったが、どこか楽しげでもあった。


『…不謹慎だけど、ローと一緒に、いられるから』


迷惑かけてるのに、ごめんなさい


そう言って眉を下げた名前を抱きしめる力を強めたローは、はー、とため息を吐き出して、名前の頭の上に顎を載せた。


「あー…もう、お前、さっさと俺の部屋に越して来い…」


『えっ』


「いや…いっそのこと新しいとこ探すか…」


『ろ、ロー…!』


冗談には聞こえない、本気の声色でそう言ってのけたロー。
とりあえずこの件が終わったら考えような、と名前の頭を撫でたローは、今日の朝食も美味そうだ、と目を細めた。
その日の夕食は、シャチやペンギン、さらにはキッドと共に外食をすることになった。
基本的に外食の時はあまり酒を飲まない名前であったが、その日は珍しくローが勧めてきたために次々に煽っていき、帰るころにはどこかぼんやりとした表情を浮かべている。


「今日、やるのか」


「くく…ちゃんと俺の分も残しておけよ」


「わかりました」


「じゃあ、予定通りのところで!」


ぽやぽや、と足元の定まらない名前の肩を抱き、キッドたちと別れたローは名前の家へと歩いていく。
虚ろな瞳に赤みの差した頬、わずかに開いた唇。
いつもより数段色っぽい顔をしている名前に生唾を飲み込んだローは、彼女の肩を抱いている方とは逆の腕に付けている時計に視線を落とす。
予定通りの時間、周囲を見れば、予定通りの場所はもう少し。
フフ、と内心ほくそ笑んだローは、酔っぱらっている名前を誘導する。


『、ろー、?』


「フフ、エロい顔しやがって」


『、ん、』


夜になると、滅多に車も人も通らない人気のない通り、そこに並ぶ街灯の下で、ローは名前の唇を奪った。
アルコールのせいで平衡感覚を失っている名前が誤って倒れてしまわぬように、その細い身体をしっかりと支えながら。
近くにある公園の出入り口のすぐ近くに立つ街灯の下は、“もし”公園に誰かいたなら、丸見えになってしまう場所。
いつもならば恥ずかしがって抵抗する細腕は、もっとと欲しがるようにローの首にまわされ、もう片方の手はくしゃり、と襟足の髪を柔くつかむ。
酒に強いローは先程までほとんど素面と変わらない状態だったが、名前のその動きに目を細めると、一層深く貪る。
これが作戦の一環であることを忘れて、そのまま家に帰って彼女を食べてしまいそうな勢いだが、ローはギリギリのところで止まった。
ちゅ、と名残惜しげに離れた薄い唇を、名前がもっと、と言わんばかりに赤く柔い舌でぺろりと舐める。
まるで猫がもっとちょうだい、と強請るようなその動きはひどく扇情的で、ローの理性をぐらぐらと揺らす。
もしこれが家の中なら間違いなく押し倒していたが、ここは外。
今はアルコールのせいで理性はなくなっている状態だが、酔いがさめた時に万が一覚えていたら、それは恥ずかしがり屋の彼女の自尊心をひどく傷つけてしまうだろう。
まぁ、多量のアルコールを摂取した彼女は決まって記憶を飛ばすから、その心配もなさそうではあるが。
ちらり、と名前から視線を逸らしてどこかを見たローは、“そこから”よく見えるように角度を調節しながら、小さな赤と自身の赤を絡める。
体の細い線をなぞれば、震える華奢な体。


「(お前には一生できねぇし、させねぇよ、)」


名前を見つめる視線は、甘ったるいが、どこかに視線を向けるたびに射殺すかのように鋭いものに変わる。
彼女の甘えを十分に堪能していると、離れたところから聞こえた茂みの揺れる音。
それからしばらく、ローの携帯がまるで何かを知らせるかのように一度だけ震えた。


「フフ…上手くやったようだな」


当然か、とそう吐き捨てたローは、腕の中でくったりと力の抜けかかっている名前を軽々と抱えると、長い足で家路を歩き出す。
家につくころには眠っているであろう名前が朝になり目覚めてしまう前に、どうやってあの男を再起不能にしてやろうか、と頭の中で算段しながら。



(おい聞いたか?3年の文学部のやつ、精神病院に入ったんだってよ)
(え?まじか…まぁ、あいつ最近ちょっと変だったしな…苗字って一個下に付きまとってたんだろ?)
(噂じゃ、トラファルガーにやられたらしいぜ…)
(あいつか…噂通りやべぇ奴だよ、)

(おーい、いいのかー…噂になってるぞ)
(フフ…そのための見せしめだ)
(…これで名前に手を出す奴は格段に減るってか、?)
(もともと知らしめてたはずだがな、どうやら文系の人間まで行き届いてはいなかったらしい)
((そう満足げに笑った男の睛は、昏い色をしていたという))

To.ゆめ様
り、リクエスト内容に添えているかどうかも大変危うい作品で加えて長ったらしくなってしまい申し訳ありませんでした…!こういうお話書くの大好きなのでついつい長々と…
イチャラブではなくそこに至るまでの経緯を書きすぎたせいです…面目ない…
素敵なリクエスト内容だったのにさっぱり表現できなくて大変申し訳ないです…!
リクエストありがとうございました!
これからも拙いサイトですがよろしくお願いします( ˘ω˘ )

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