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  刀剣=三日月03=



 外が明るくなってきたのが、瞼越しの明かりで何となくわかる時頃。前日の疲れを引きずってか、なかなか布団から出る気が起きない。それでも、廊下をとてとて、と歩く足音にようやく意識が浮上する。


「審神者様、審神者様」


『…はい、』


「おはようございます。そろそろ刀剣が出来上がる頃なので、声をかけておこうと思いまして」


 あぁ、そうだった、と名前が瞼を持ち上げ、それから上半身を起こす。慣れない寝間着は酷く肌蹴ていて、とても人に見せられるようなものではない。果たしてこの先、この寝間着を着続けるのか、それとも人の世できていたパジャマのようなものを着ることが出来るのかはわからないが、とりあえず政府とやらに報告をするために向こうに行くまではこの寝間着を着続けることになるのだろう。早いうちに慣れなければならないな、と思いながら肌蹴たそれを直す。


「先に朝食をとられますか?」


『…いいえ、大丈夫です』


 食欲、ないので、という声に返ってきたこんのすけの声色は心配そうなものであった。何だか随分と人間らしい狐だな、と小さく笑いながらふすまを開け、顔を洗うために部屋を出る。冷たい井戸水を組みと看取るのも中々の重労働だ。寝起きでなかなか力の入らない手に何とか力を入れて、水を汲み、それを桶の中へ。できるだけ手早く済ませて、今度は着替えるために再び部屋に。祖母が着物を着る人だったから、自然と着付けは出来るようにはなったものの、そう頻繁に着ていたわけではない。慣れないそれに少し手間取りながらも着替え終えた名前は鏡台に備え付けられていた櫛で髪をとかし、身なりを整える。周囲の女子で、化粧をする子はいたが、逆に名前は何もしないことがほとんどだった。化粧、と言うものに無頓着だったこともあるが、何より、売っているマスカラなどは黒やブラウンが多く、まつ毛や眉も白銀である名前には使えなかったことが大きい。できることといえば、ビューラーで睫毛をあげることぐらいだっただろうか。いきなり連れてこられて手荷物など何も持ってくることが出来なかった名前にしてみれば、それが功を奏したようなものかもしれないが。


『…ふぅ』


 なんというか、この服を着ると気が引き締まる気がする。普段着ないような服を着ているせいかもしれないが。それにしても、この髪に白衣とは、色が緋袴しかない。普段、黒のセーラー服に黒のカーディガン、さらには黒のタイツと全身黒に包まれていたからか、違和を感じつつも準備が出来た、と部屋の前で待機してくれていたこんのすけに礼を言った。


「いえいえ!それでは参りましょうか」


 昨日の鍛刀場へと歩きだしたこんのすけの後を歩く名前は、朝露に濡れる草木に目を細める。昨日感じた息苦しさはまだ感じるが、まだここにきて1日、慣れるまでに一体どれほどの時間がかかるのだろうか。できれば早く慣れたい。否が応でもここに居なければならないのなら、少しでも居心地がいい方がいいに決まっている。


「昨晩から鍛え始めた刀ですが、時間からして恐らく太刀以上でしょう」


『、時間で、わかるんですか?』


「はい!刀には短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀とございます。打ち刀までは大体1時間30分くらいですが、今回はおよそ4時間。これほど時間がかかるものはそうそうありません」


『はぁ…』


 刀の種類を列挙されたが、大きさが違う、ということぐらいしかわからない。本当は形が違うとか、同じ種類に分類されるものからまた作者によって呼び名が変わるとあるのだろうが、刀について調べたことなど一度もない為何が何やらさっぱりわからない。こんのすけいわく、ネット回線は繋がっているから気になるのならば調べてみるといいと言われた。こんな日本家屋風なのにネット回線がつながっているのか…なんとご都合主義な。他にも家電が使えるようにコンセントもあるし、IHなんてものもついているらしい。なら竈は飾りかと問えば、そちらも十分に使えるらしい。刀剣の数が増えればいずれそちらを使うことになるだろう、とのことだ。一体どれほど増えるのかはわからないが、確かに大人数の食事を作るのだとなれば、確かに竈を使った方が一度に大量に作れるし、効率はいいのかもしれない。


「さあ、つきました」


『、』


 昨日、響いていたカンコン、と刀を鍛える音はもう聞こえない。というより、鍛刀場の中に、何の気配も感じなかった。扉を開けば、からり、と音が立つ。誰もいない鍛刀場に、美しい刀が一振り、まるで宝を飾るかのように置かれていた。


『…きれい』


「なんと…!流石は審神者様!最初の一振りにこれを導くとは…!」


 こんのすけの感極まったかのような反応は視界に入らない。名前の瞳に映るのは、目の前の一振りの刀。しかし、それと同時に感じた、息苦しさ。昨日よりも酷い。何もしていないのに、ぜぇ、と喉を鳴らしてしまうほどだ。途端、恐怖を覚えた。目の前の美しい刀…美しすぎて、恐ろしい。


「さあ審神者様、付喪神を」


 こんのすけに促されるが、名前は躊躇った。祖父母の命がかかってるなら、なんだってやれると、そう思っていたのに。目の前の刀が恐ろしくて仕方がない。人の命を奪うことが出来る道具だから、としてではない。なぜか、あの刀に触れてしまえば、戻ることはできない気がした。何かを、失ってしまうような、そんな感覚。思わず後ずさったとき、何か背中にあたったような。やわらかいような硬いような…人のようなものにぶつかった気がしたが、当然後ろには誰もいない。
 まるで、逃げるなと、誰かが逃げ道をふさいでしまったかのよう。


「何も恐れるな、俺はそなたの味方だ」


『っ!』


 どこかで聞いたことのある声。あぁ、この、声は…すでに何度か聞いていた。


「審神者様?」


『、あ…』


 いかがなされました?としたからのぞき込んでくるこんのすけに、何でもない、と返す。
 気付けば息苦しさは、感じなくなっていた。
 じゃり、と鍛刀場の中に下駄をはいて足を踏み入れ、ゆっくりと目の前の刀に近づく。それにしても、大きな刀だ。美しい刀を作るには随分苦労しただろう。作ってくれた式に礼を言いたいところだが、あいにくどこにいるか分からない。機会があれば声をかけられればいいのだが。


『、あの…どう、すれば…』


「そうですね…ここで降ろすのもなんです、やはり場所を変えましょう」


 太刀をお持ちになって、ついてきてくださいというこんのすけについていくために、刀にそっと触れ、静かに持ち上げる。ずっしりと重たい刀…先程こんのすけが太刀、といっていたから、この刀は太刀なのだろう。決して落とさぬよう両手で抱きかかえるように持てば、また声が聞こえる。


「そのように大切そうに持ってくれるとは…いやはや、嬉しいものだな」


 まただ…こんのすけを見ても、真っ直ぐと前を向いてこちらです、と促すだけ。どうやらこの声は自分にしか聞こえていないらしい。それはそれで若干不気味ではあるが、耳に触れる声は、柔らかくて、なぜか、安心してしまう。


「ささ、こちらの部屋にどうぞ」


 何もない広い部屋。それはそうだ。ここは昨日まで誰もいない本丸だったのだから。
 部屋の真ん中あたりに敷かれている真白な布の上に刀を置き、自分はその前に正座した。何となく、ここまでは勝手に体が動いたのだが、ここから先一体どうしたらいいのか分からない。


「大丈夫です、貴方様なら、身体が勝手に動きましょう」


 何とも心許ないアドバイス…それは本能に従え、ということなのか…?何だか違うような気もするけれど。独り言ちながら名前は、目の前に鎮座する刀に視線を向けた。


『…お願い、します』


 歴史修正主義者と戦うとか、私には、よくわからないけれど


『大切な人を、守るために、』


 力を、貸していただけませんか


 膝の上にあった手が、目の前の刀に伸びる。曇り一つない鞘を撫でると、突如。眩い光が辺りを包んだ。咄嗟に手をひっこめ、目を閉じた名前。次に瞳が開かれた時、目の前には青い狩衣をまとった男が一人。


「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」


 同じ声だった。あの声と、まったく違わぬ。柔らかさと強かさを持った、美しい声。


「ようやっとそなたに逢えたな」


 黒い手甲に包まれた指が頬に触れた瞬間、くらり、と視界が揺れる。同時に襲ってきた息苦しさは、それまでの比ではなかった。息がつまり、胸のあたりの白衣を掴めば、目の前の男が膝をついて私の体を支えた。


「まだここの空気に慣れぬそなたには酷だったか…すまぬな、一刻も早く逢いたかった故、そなたに無理をさせてしまう」


 彼が一体、何を言っているのかわからない。私に、会いたかった?まだ一度も、彼とはあったことなどなかったのに。これが初対面なのに。


「眠れ。目が覚めるころには少しは良くなっているはずだ…なに、案ずるな。俺がそばに居よう」


 ずっと、ずっとだ…


 その声を最後に、私の意識はぷつり、と切れた。

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