小説 | ナノ


  刀剣=三日月01=



 西暦2205年。世は、歴史修正主義者との戦いだった。
 ニュースにてたびたび取り上げられるものの、それは国家機密とかで、簡単に触れられる程度で詳しく報道されることはまずない。食卓の際、たまにそのニュースが流れてくると、祖父母は、なぜか決まってチャンネルを変える。普段、穏やかな2人がその時ばかりは険しい表情をするので、怪訝には思っていたが、2人が何でもないというから、別段気にはしなかった。


「あの子は、絶対」


「守らねば…」


そんな2人の言葉が交わされていたことなど、私は、知らない。


 両親は私が幼いころに他界しており、面倒を見てくれていたのは祖父母だった。高校に進学させてくれた祖父母には頭が上がらない。学校に行き、バイトをして、そして家に帰り祖母の美味しいご飯を3人で和やかに食べ、時たま祖父の晩酌に付き合う。
 毎日、そんな穏やかな暮らしの繰り返しだった。
 それが壊れたのが、1か月前のあの日。
 家に帰ると、祖父と祖母の姿が無かった。既にどちらも仕事を辞め、家で穏やかな暮らしをしている2人。私が帰宅するのは8時を回っている時間帯。介護が必要なわけではないが、年老いた2人がそんな時間にいないなんて、今までそんなことは一度もなかった。心配にならないわけがなかった。背負っていた、教科書や弁当箱の入ったリュックを玄関先に放り投げ、外に飛び出す。先ほど台所を覗いた時、夕飯の準備はしてあったが、手は付けられていなかった。鍋に触れるとそこはまだ温かい。つい先ほどまで家にいた証だろう。2人の足も元気だとはいいがたいし、どちらも外出するときは杖をついている。ならば、そう遠くへは行っていないと思っていた。もしかしたら夕飯を作りすぎたからと、近所の家にお裾分けに行ったのかもしれない。それでもこうして慌てていたのは、何か、とても嫌な予感がしたから。
 余りにも慌てていた私は気付かなかった。玄関に、いつも2人が使う杖が置いてあったということに…


『っはぁ、はぁ…!』


 仲のいい近所にも当たった、2人のお散歩コースも、公園も、心当たりは手あたり次第まわった。それなりに鍛えていると思ったが、すべてを走り回り終えるころには息が切れていて、大声なんて出すことの無かった喉は、ひりひりと痛みを訴えている。あんなに大きな声で祖父母の声を呼んだのは生まれて初めて…だって2人は、年を取っていたとはいっても耳は遠くないし、目だって、眼鏡をかけていれば十分新聞の文字を読めるくらい元気なのだ。足も悪いとはいえ、杖をつけば散歩もできるくらい元気なのだ。心配し過ぎたのかもしれない…あの不安感も、きっと杞憂だ。もしかしたら私が探し回っているうちに、家に帰っているかもしれない。げほ、と咳を一つして、私は家に戻ることにした。


「苗字名前さん、ですね」


 家に帰り、私を出迎えたのは祖父母なんかではなかった。聞き慣れない声。玄関先に立っているのは、黒のスーツと、サングラスをした怪しげな男。祖父母は何か危ないようなことに手を出したりするような人じゃないし、祖父母と共に暮らして長いがこんな人、一度も見たことが無い。思わず一歩後ずさったのに気付いたのか、男は口を開く。


「あなたの祖父母さんは預からせていただいています」


『っ……』


 なぜ、どうして。この男が、祖父母を預かっている?一体何を言っているのか、理解できなかった。


『2人は、2人は無事なんですか!?』


「えぇ、勿論。ただし、」


 あなたが私たちの指示に、従ってくださればの話、ですが。


 怪しげな男に促されるまま、着の身着のままその男の車に乗せられて、どこかに連れて行かれた。極秘なので、と言われ、なぜか目隠しをされて、それを外せば2人の命はないと脅されて。頭の中を巡るのは、ひたすら2人の安否だった。私に話があるというのなら、2人は私のせいで巻き込まれてしまったことになる。申し訳なさと共に、ひたすら私は願った。どうか2人が、無事でありますようにと―――


「つきました」


 目隠しを外していいのかと戸惑ったが、男が「まだ外さないでください」といったため、わずかに持ち上がった手は再び膝の上に戻った。それから男が運転席から降りて、私が据わっている助手席側の扉を開ける。シートベルトを外され、左手を掴まれて、そのままついてきてください、と目隠しを外されぬまま手を引かれていく。
 どこか広い建物の中に入ったのか、男と私の足音が嫌に響く。5分ほど、それが続いただろうか。目隠し越しにも明るさが伝わってきて、目隠しを外しますので動かないでください、と声をかけてきた男の手が後頭部をかすめた。小さな音とともに外された目隠しが遮っていた光が目に突き刺さる。少しずつ光に慣れていった眸は、すぐに見開かれた。


『おじいちゃん、おばあちゃん…!』


「ならぬ!名前、ここにきてはならぬ!」


「早く帰りなさい!」


大きなガラスボードの向こう側にいるのは、けがなど何一つなく、朝、名前を見送ったのと何一つ変わらぬ2人の姿。安心したのは束の間、2人はしきりに帰れといってくる。普段なら2人の言葉を素直に聞き入れる名前だが、あの男の口ぶりからして2人の命がかかっているのだ。今は2人の言葉に従うわけにはいかなかった。


『おじいちゃん、おばあちゃん、怪我は…っ!?』


「、あぁ、なにも、なにもないよ」


『っ、よか、った……』


 幼くして両親を亡くした私にとって、2人はかけがえのない家族なのだ。全身から力が抜け、思わずその場に座り込めば、2人も心配そうにひざを折ってくれた。今まで滅多に泣いたことなどないのに、2人が無事だと分かった途端、涙が止まらなくなって。ぼろぼろと流れるそれをそのままに、私は後ろを振り返った。


『なんでも、何でもします、だから、2人を家に帰して…っ!』


「名前!」


「だめよ!そんなことを言っては!」


『お願い、おねがいします…!』


 後ろで2人が止める声なんて、私の耳には入ってこなかった…それくらい、必死だった。だって2人は、周囲に気味悪がられた私を心の底から愛してくれた、大切な人だから。


「勿論ですとも。話の分かる方で大変助かります」


 今までずっと仏頂面だった男が、急ににこやかになって、座り込んでしまっていた名前を立ち上がらせた。ぐす、と鼻を啜った名前は祖父母を見て、またね、と笑った。2人は酷く悲しげな顔で、祖母なんて泣いてしまっている。ごめん、まもれなくてごめんね、なんて繰り返していることには、気付かないふりをして。


「早速ですが、名前さんには審神者になっていただきます」


『さにわ…?』


 ニュースで聞いたことがあるだけ。ただ、2人がすぐにチャンネルを変えてしまうから詳しくは知らない。それでも1人でテレビを見ているときに、何度かは見たことがあった。


「えぇ。今、過去の歴史を変えようとしている者たちがいるということは、ご存じでしょう」


『ニュース程度の知識しか、ありませんが…』


「構いません。そこであなたには、その歴史修正主義者たちと、戦っていただきたいのです」


『たたかう、?』


 そんな、なんの力も持たぬ私が、いったいどうやって戦うというのだ。二の句が継げなくなった私に、男はにこやかに笑う。


「大丈夫、あなたが直接刀を持って戦うわけではありません」


『え?』


「あなたには刀に憑いた、付喪神を降ろしていただき、その付喪神に力を送り込んでいただきます」


『、付喪神…』


 それくらいならばもちろん聞いたことはあるが、そんな、降ろし方なんて一度も聞いたことが無い。しかしこれが出来なければ、きっと2人の命はない。緊張のあまりのどがカラカラになる。


「なに、問題はありません。あなたには十二分に、素質も力もありますから」


 その容姿が、何よりの証拠。


 男のその言葉に体が凍り付いた。私の容姿が、と、言った。
 黒髪に馴染めぬ、白銀の髪、黒い眸には似ても似つかぬ、金色の眸。人間には見えぬと言われた、この顔、身体を、この男は、確かに。


「詳しいことは、この本に書いてあります。審神者としての住居をご用意しましたので、どうぞそちらへ移動してからお読みになってください。それでもわからないことがあれば、狐のサポートが常駐していますので、そちらに」


『あ、は、はい』


「お約束通り、2人は無事に家にお返しいたします。名前さんには審神者になっていただくといっても、この先二度と2人に会えないわけではありません。政府への報告をしていただく際に、一時帰宅も認められていますので」


『そ、そうですか』


「さあ、それでは早速、」


 男に持たされた分厚い冊子。表紙には何も書かれていない、真っ白なそれはどこか不気味だった。


「あなたには、とても期待しているのです」


 男が何かをしたわけではないというのに、途端、何かに引きずられるように落ちた意識。途端に真っ暗になった視界だったが、背後から感じたのは、何ともあたたかな、やわらかい抱擁。


「おかえり、俺の審神者」


 耳に囁かれるようなそれは、今度こそ私の意識を暗闇へと引きずり込んだ。

prev next

[back]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -