小説 | ナノ


  鬼の居ぬ間に



グランドラインのとある島に上陸して3日目。
初日に情報収集、2日目に物資の補給と船の修繕と、やることをすべて終えてしまったため、3日目は本格的にやることが無くなった。
海図を片手に船の中を歩いていたペンギンを見つけたシャチが、おーい!と、なぜか声を潜めてかれに声をかけた。


「、なんだ」


「なんだじゃねえよ!なんでそうのんびり船の中歩ってんだ!」


「は?」


つばの影に隠れた眉を顰め、何を言っているのか意味が分からない、と言わんばかりの表情を浮かべるペンギンに、シャチはわざとらしい溜息を吐き出す。


「ったく…一つ目、船長は今、昨日買ったばかりの医学書に夢中だ…まったく部屋から出てくる気配が無い」


「それは知ってる」


「二つ目、名前もやることが無い」


「島に停泊してる間は一人で事足りるしな」


「三つ目、お前と名前の関係は?」


「恋人だが」


「もー!なんでここまで行って分かんねえんだあんぽんたん!!」


ぐあー!と声をあげながら天を仰いだシャチの鳩尾を容赦なくペンギンの拳が襲う。
静かにしろ、という意味合いのこめられたらしいそれは見事にはまり、あまりの痛さにシャチはその場にうずくまった。


「殴るぞ」


「も、もうなぐってるだろが…!」


ぷるぷる、と声を震わせているシャチを見下ろし、今度はペンギンがため息を吐き出すと、手に持っていた海図を未だにうずくまるシャチのキャスケット帽子の上に乗せた。


「お前の言いたいことはわかってるよ」


「、え?」


「じゃ、そういうことで、」


その海図、ベポに渡しといてくれ
そう言って、サングラスの向こうで目を丸くしているシャチをその場に残したまま、ペンギンは自室兼航海室のある方へと引き換えしていく。
頭をあげた拍子に海図は転がり、ぱさり、と乾いた音を立てて広がる。
そこには経線緯線の描かれた何も描かれてない海図と共に、海図を描く上での注意点が箇条書きで書かれたメモ用紙があった。


「、悪い、待たせたか?」


甲板の欄干に腰掛けている名前に、背後から近付いたペンギンが声をかける。
ううん、と緩く笑って見せた名前は、いつも着ているハートのジョリーロジャーの入ったロングパーカーではなく、普通のカーディガンを着ている。
ペンギンも同じく、つなぎではなくシンプルな私服を着ていた。


「じゃあ行くか」


『うん』


欄干から降り、甲板に降りた彼女の足音が、楽しげに響いた。


「どこか行きたいところはあるか?」


船番のクルーに声をかけてから船を降りた2人は、すでに何回か来ていた街へと再び来ていた。
しかし初日も2日目も、どちらかというと必要なものを買いに来ていただけなので、こうしてのんびり歩くことはしなかった。
名前とペンギンは互いの指を絡めるように手をつなぎ、昨日よりもどこかにぎやかな街の中を歩いていく。


「お二人さん見ない顔だね!観光かい?」


美味しそうなパイの香りを漂わせた恰幅のいい女性が、仲睦まじげに歩く2人に声をかけてきた。
ハートの海賊団としてならよく知られているかもしれないが、ペンギンは普段帽子を目深に被っているし、名前も帽子をかぶり、さらにフードをかぶるようにローに指示されているため、よく目立つ白銀の髪も、この街の住人の記憶にはない。


「あぁ。一昨日着いたばかりなんだ。昨日よりも若干活気があるようだが…今日は何かあるのか?」


「あぁ、本当なら1か月後にある筈の祭りが、急きょ今日になったのさ!なんでも国王の娘の予定日が来月らしくてね〜、出産した暁には別の祭りが待ってるから、恒例の祭りは今日やることになったんだよ」


「へぇ、そうなのか」


「この街の商店が屋台を連ねてるからね〜、よかったら楽しんできな!」


「あぁ、ありがとう」


準備があるらしく、そう話を切り上げた女性は人ごみの中へと紛れ込む。
なるほど、急遽ということなら情報収集の時に集まらなかったのも無理はない。
見渡せば、どの人も忙しそうにはしているが、祭りが楽しみなのか、その表情は笑顔が浮かんでいる。


『お祭り…』


「折角だから回ろうか」


『ん、』


どこかうずうずとした雰囲気を醸し出す名前に、ペンギンはばれないように喉で小さく笑った。
忙しなく準備を進める人を眺めながらゆっくりと歩いていると、ぱんっぱんっ、と空で破裂音がした後、アナウンスが響く。


≪今日は無礼講!皆さん祭を存分に楽しんでください!≫


お菓子に焼きそば、フランクフルト、アイス、数字合わせ、花屋など、様々な屋台が連なる中は、様々なところに目移りしてしまうほど。
軽くお腹が空いたペンギンは、先程声をかけてくれた女性のパイの屋台を指さした。


「名前も食べるか?」


『んー…ううん、ちょっと頂戴?』


ここでお腹いっぱいになってしまっては、ほかの屋台のものが食べられない。
ペンギンは笑って了承すると、人ごみの中を名前と手をつないだままうまく歩いて屋台の前へとやってくる。


「ミートパイを一つ」


「おや、来てくれたのかい?一つでいいの?」


「いろんなところのを食べたいからな」


「そうかい!この島の食べ物は何でもおいしいから、いろいろ食べてみるといいよ!」


そう笑った女性は、出来立てのパイを紙に包むと、熱いから彼氏に持ってもらいな、と名前に笑いかけながらペンギンに渡す。
代金を支払い、背を向けた彼らに「楽しみな!」声をかけてくれた。
ぺこり、と軽く会釈をするように頭を下げた2人は、人ごみの中を縫うように歩いていく。
人ごみの中を抜け、行儀悪くはあるが近くに座れそうな場所も見つからなかったため、立ったままミートパイの包み紙を開く。
ふうふう、と少し冷ましてからペンギンが一口。


「ん、うまい」


ほら、とミートパイを持ったペンギンの手が名前の方へと伸ばされる。
名前は、自分よりも太いペンギンの手に自身の手を軽く添え、軽く冷ましてからはむ、と一口齧った。
口の中で広がるやさしい味に思わず表情が緩み、おいしい、と声がこぼれた。


「帰るときに土産で買って帰るか」


『うん』


その後も様々な屋台のものを食べ歩いた2人は、アクセサリーを扱う露店の前で足を止める。
ペンギンの目が商品を一通り眺めると、今度は名前へと。
不思議そうに首を傾げる名前の首には、ハートの海賊団に入った際にローから与えられたジョリーロジャーの刻まれたペンダント、右耳にはピアス。
折角だからアクセサリーを贈ろうと思っていたのだが、彼女は厨房担当であるため指輪は好ましくない、かといってネックレスもピアスも埋まってしまっている。
それを察したのか、名前は申し訳なさそうな顔をしてペンギンを見上げた。


「なんだ、なやんどるのか?」


「あ…あぁ、」


そんな2人を奥で眺めていた店主が声をかけてきた。
ペンギンが戸惑いつつも返事を返すと、店主はしばし名前を見つめた後、陳列されているものの中から一つ手に取る。


「これならどうだ?」


にしっ、と笑った店主が笑って差し出したそれは――


「あっ!名前とペンギンが帰ってきた〜」


いい匂いがする〜と、書き上げられた海図片手に出迎えてくれたベポに、おやつだといって買ったミートパイを渡せば嬉しそうに顔を綻ばせた。
ペンギンはそのままベポの海図に目を落とし、代わりに名前がローへ帰船の報告をするついでに、ミートパイを皿に乗せ、コーヒーと共に船長室へと持っていく。
こんこん、というノックオンの後、ローの入室の許可が下りたことを確認してから扉を開けば、そこには若干不機嫌そうに顔を歪めたローがソファに腰掛けていた。


「…ペンギンと出かけてたのか」


『ん…ごめんなさい、一応報告はしたんだけど、聞いてなさそうだったから置手紙にしちゃって…』


「いや…聞いてなかった俺が悪い」


気にするな、というわりにはいつもより眉間のしわが多い。
名前は申し訳なさそうにしながらも、お土産、といって医学書の載ったソファの前にあるテーブルの上にコーヒーとミートパイを置く。
丁度腹が減っていたのか、ミートパイを手に取ると包み紙をはがし、ばくっ、と大きく齧った。


「…美味いな」


『ふふ、よかった』


眉間のしわが薄れたのが分かって、2つの意味で安堵した名前は、中身が空になったマグカップをトレーに載せて部屋を後にしようとした名前をローが呼び止める。
その場に立ち止った名前をじっと見つめた後、ペンギンを呼んで来いといって彼女を解放した。
航路についての話でもするのだろうか、と首を傾げつつ了承した名前が出て行ってしばらくすると、ペンギンがベポが描いた海図を片手に船長室に入ってきた。
ローがペンギンに帽子を脱ぐように言えば、彼は素直に帽子を外す。
そのペンギンの耳元を見て、ぐっ、と不機嫌そうに顔が歪んだ。


「てめぇ…」


「あぁ、気づいたのか」


相変わらず目ざといな、いや、名前に関してか、と笑ったペンギンに対し、ローは顔を歪めたまま、名前が淹れてきたコーヒーを口にする。


「チッ…ピアスなんざそろいでつけやがって…」


「名前の右耳には既に別のがついているからな、左耳に一つだけつけると、もう一つ余るだろ?」


恋人同士の俺達なら何の違和感もない、と不敵に笑って見せたペンギンに、ローはギロッと鋭い視線を向ける。
ペンギンは肩をすくめると、脱いだ防寒帽を被り、海図をテーブルの上に広げた。


「あいつの幸せを願ったのはロー、お前だろ?」


「…少しでも隙を見せてみろ。あっという間にかっさらってやるからな」


「くくっ…怖いな」


気を付けておこう、とペンギンの鍔の陰に隠れた瞳が、鋭くローの曇天を貫く。
名前がペンギンの分のコーヒーを持ってくるまで、2人のその静かなにらみ合いは続くのだった。



(…なにしてるの?)
(いや、何でもない。コーヒーありがとな)
(名前、こっちに座れ)
(なんであんたの隣なんだ、ここは恋人の俺の隣でしょう)
(あ?船長命令だ)
((どっちに従えば…))

To. ふり様
ふり様リクエストありがとうございました!
ペンギンとデートということで…無理くりお祭り設定をぶっこんでみました…なかなか見苦しくてすいません…←
一番筆が乗ったのが2人が帰船してからでした…!デートしてるところでもっとイチャイチャさせられれば良かったのですが2人とも理性の塊でイチャイチャさせられませんでしたギリィ…!!
三角関係は私も書いてて楽しいです…!うちのペンギンは名前を狙っていると匂わせつつ人間らしくなってってるローを楽しげに観察してるおかんキャラ…
改めてリクエストありがとうございました!これからもよろしくお願いします( ˘ω˘ )

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