小説 | ナノ


  薄桃色の雪のした



名前とローが恋仲という関係になって少し。
恋人といえばデート、と雑誌を読み漁っているシャチはそう主張したのだが、生憎彼らが恋人になったのは海の上の船の中。
加えて次の島に着くまではまだ随分と掛かるという状況だったため、シャチのその主張は呆気なくペンギンに却下されることとなった。


「島が見えたぞー!」


しかし、それでも二人に恋人らしいことをさせてやりたいと思っていたのはシャチだけではなく、クルーも同じことだったらしく。
ローにばれないようにと慎重ながらも船の速度を速めていたため、予定よりも1日ほど早く次なる島、「サクラ島」に到着することが出来たのだった。


「サクラ島か…」


クルーたちの声を聞いて、鬼哭を片手に出てきたローと、その後ろに続いてきた名前。
まるで島に合わせたかのように淡い桃色のロングパーカーを着ているが、彼女の性格上恐らく偶然だろう。


「サクラの名所として有名ですね。ただ咲き乱れてるのはサクラだけで、薬草の類はそう多くないらしいです。街で取り扱ってるもの以外は期待できないと思います」


「そうか。情報収集が終わったら一度報告しろ。また新たに指示を出す」


「はい」


ペンギンとローが島についての話をしていると、こつ、と編上げのショートブーツのヒールを鳴らしながら甲板の前方へ進んでいく名前。
月のような金色を眩しそうに細め、表情を緩める。
女は恋をすると綺麗になる。
まるでその言葉を体現したかのように、出逢ったころよりも柔らかく、多彩になった表情は、彼女を恋愛感情で見ていない仲間であるクルーでさえも思わず見惚れてしまうほど。
同じように島を見ていたシャチは、隣に並んだ名前に思わず息をのんだ。


『綺麗…』


「!、お、おぉ!そうだな!」


ローとペンギンの話がちょうど終わったところで名前が振り返り、ローの元へと戻る。


「キャプテンはどうします?」


「そうだな…」


少し考えるそぶりを見せたローの服の袖をくいくい、と引っ張る名前。
普段、意識をして靴音を鳴らすようにするのにも慣れてきたからか、突然現れてクルーを驚かせることもなくなった。
ローは名前に視線を向け、「どうした、」と声をかける。


『ロー、桜、見て回ってもいい?』


「あ?」


名前がサクラに反応を示した。
これを利用しない手はないと、すぐそばにいたペンギンがすかさず口を開く。


「ならキャプテン、二人で花見にでも行ってきてくださいよ」


「花見?」


「情報収集をした後は物資の収集の前に船の修繕をしておきたいので、騒がしくなりますし」


「そうか…、名前」


『?』


「弁当でも作っておけ。外で食う」


『うんっ』


服の裾を掴んでいた名前の手を、彼女の細い腕から辿るように触れてそのまま握ると、着岸したら報告しろ、と残して甲板を後にする。
名前がサクラに興味を示したおかげで上手く二人をデートに送り出すことが出来たと、甲板ではクルーたちがハイタッチをしていたのを二人は知らない。
その後、着岸し、情報収集担当のクルーたちが島へと繰り出している間に名前は弁当作りに取り掛かる。
途中、美味しそうな香りに引き寄せられたベポに作りすぎた分を食べさせてあげながら作業を進めていると、ちょうどクルーたちが戻ってくるあたりに弁当を作り終えた。


「準備はいいか?」


『うん』


「…弁当だけにしては多いな」


『飲み物と、あと、皆がレジャーシートとか買ってきてくれた』


「…はぁ、アイツら」


まぁいいか、と仕方なさそうに溜息を吐き出したローは、名前が持っているそれらがつめ込まれた鞄を取り上げ、自分の肩にかけてしまった。
荷物の無くなってしまった名前はあわあわとし、何か持つと言ったが、ローはそれを許しはしなかった。


「ほら、行くぞ」


鞄を掛けている方とは逆の手で名前の小さな手を握ると、二人はようやく船から降りてクルーたちの集めてきた情報の中にあった、穴場とやらに向かう。
甲板でニヤニヤと表情を緩めて二人の背中を見送ったクルーたちは、ペンギンの指示で船の修繕に取り掛かり始めた


「…平和すぎだろ、この島」


『ふふ…鬼哭は置いてっていうペンギンの言葉にも、頷ける』


海軍の駐屯所のない、サクラの名所の小さな島。
ローが億越えのルーキーであることも島の一部の人間は知っているようだが、だからと言って海軍に通報したり、恐怖したりと言った様子は一切見せない。
調子が狂う、と顔を歪めたローに先導される形で街の中を突っ切った二人は、穴場へとたどり着いた。


『!』


360度、周囲はサクラに囲まれて、空を見上げれば突き抜けるような蒼穹。
ピンクと蒼のコントラストに目を見開いて魅入っている名前に小さく笑ったローが鞄をおろすと、彼女はその音に意識を戻した。
2人でシートを広げ、腰を下ろしたところで弁当を広げる。
時刻はちょうどお昼時、ここまであるってくるのもそれなりの距離があったため、名前はともかくローは空腹だった。


「ほぉ」


『ふふ、梅干は入ってないよ』


「あぁ、ありがとな」


お弁当の中にはおにぎり、おかずの唐揚げや出汁巻き卵、野菜と言った色とりどりのものがバランスよく詰められている。
おしぼりで手を拭いてからそれらに手を付けていると、名前がぼんやりとして桜を眺めたまま動かないことに気づく。


「名前」


『、むぐっ、』


「桜を見るのもいいが、まずはちゃんと食え」


『…ふぁい』


ローに突っ込まれてしまった卵焼きをもごもご、と食べ始める名前。
何だかそれがおかしくて、くつり、と笑ってしまったローに、む、とわずかに顔をしかめるものの、何も言わずに咀嚼し続ける。
こくん、と小さく喉を鳴らして口の中にあった卵を飲み込んだ名前は、今度は自分の意志で箸を運んだ。
ローと名前の2人しかいないその場には、風の音と、それに揺られる草木の音、鳥のさえずりのみが響く。


『静かだね、』


「普段はあいつらが騒いでるからな」


飯ぐらい静かに食えねぇのか、と呆れたように零すローに、『嫌いじゃないくせに、』と小さく笑う名前。
ローは何も言わなかったが、その表情は優しげに緩められていた。


「ごちそうさま、」


『、お粗末さまでした』


綺麗に完食された弁当箱を片付け、食後の一服をしながら桜を見上げる。
見れば見るほど見事なそれらは、風に揺れ、時に花弁を散らす。


『ちょっと、歩いてくる』


「一緒に行くか?」


『大丈夫、すぐに戻るよ』


脱いでいた靴を履くと、どこか軽やかな足取りで桜並木を歩き始める名前。
そう言えば、彼女の故郷は文献を見る限り、この世界でいうワノ国に近いと聞いたことがあったか、と思い出す。
ローの部屋の本の整理をしている際、ワノ国についての文献がいくつか出てきて、それを興味深そうに見ていた名前がそう口にしていた。
ワノ国にも生えているというこの桜…恐らく懐かしさを感じているのだろう。
歩くたびに揺れ、どこか神秘的な輝きを見せる白銀の髪、月色の瞳、桜色の衣。
強めの風が吹いたかと思うと、無数の桜色の花弁が彼女を包み込む。
どこか儚さを感じさせるその光景に、ローは立ち上がって靴を履くと足早に彼女へと近づき、一本の大樹を見上げていた名前を後ろから包み込んだ。


『、ロー?』


「…はぁ…綺麗だが、どうも苦手だな…」


『え?』


まるでそのまま、桜の花弁と共に散って、消えていってしまうのではないか


「…儚いからこそ、美しい、か…」


いつだったか、手に取った文献で読んだ、そんな台詞。
煌びやかな美しさとはまた違うその美しさを、今まで実感することはなかった。
しかし今日、桜の中に立つ名前を見てそれを身をもって実感したが…同時に感じたのは、失う恐怖だった。


『儚いのは、桜じゃないよ』


儚いのは、人


『ロー』


「なんだ」


『お昼寝、しよ?』


「あ?…ククッ、いいぞ…戻るか?」


『ううん、ここがいい』


そうか、と言ったローは、その大樹の根元に腰掛けると、名前の腕を引いて、彼女を自分の足の上に座らせる。
木に凭れ掛かった自身の上半身に彼女を凭れ掛からせた。


『重くない?』


「もっと肉を付けてから言うんだな」


『えー』


「フフ」


お互いの腰に緩く腕を回してぴったりと隙間なくくっつけば、布越しに感じる互いの体温。
いつからだっただろうか…互いの体温が心地よいものになったのは。
とろりと意識が溶けていくような感覚に身を任せつつあると、ローの指が名前の髪留めを外し、何度か梳いて整えてくれる。


「こっちの方が楽だろ」


『ん、ふふ、ありがとう、』


「あぁ」


名前が伏せていた眸をあげれば、ローが首を曲げて。
まるで吸い寄せられるかのように唇を寄せあう。
ちゅ、ちゅ、ちう、と可愛らしい音を立てて触れる、彼の薄い唇と、彼女の柔らかな唇。
ひとしきりそれを繰り返し離れると、名前はローの胸元に頭を擦りつけ、瞳を閉じる。
ローはそれを穏やかな瞳で見下ろし、髪を梳くと、腕を名前の体にまわしやさしく抱きしめた。


「…船長たち、遅くね?」


「…あぁ」


ざぶん、と揺れるのは、綺麗に修繕されたイエローサブマリン。
その甲板で暇そうに島を眺めているのはシャチとペンギンだった。
ほかの面々はすでに情報収集と共に、わずかに足りなかった物資を補給し終えており、ローの指示もないので下手に船を離れることもできず、そのまま船の中で待機、ということになってしまっていた。
ふぅ、と息を吐き出したシャチが見上げた空の色は、オレンジから紫色になろうとしている。


「ちょっくらさがしてくるかなぁ…」


よっこいしょ、と欄干から降りたシャチがぐー、っと体を伸ばしたところで、電伝虫の無感情な声が響いた。
ペンギンがそれに出ると、向こうから聞こえてきたのは船長の声。
一言二言告げてすぐに切られてしまった電話の向こうに、はぁ、と小さくため息を漏らした。


「なんだって?」


「ホテルに泊まるだとさ…好きに飲みに行だと」


「まじかー…取りあえず半々でだな」


声かけてくるー、と船内へ引っ込んで行ったシャチ。
ペンギンは呆れたようにでんでんむしを見下ろしたが、まぁ、二人きりにしてやるか、と苦笑を零した。



(いいの、戻らなくて)
(あいつらも弱くねぇ…何かあったら連絡してくるしな)
(そう)
(フフ…慣れねぇか、二人きりは)
(…ん、)

To. サクヤ様
こちらこそ初めまして!リクエストありがとうございました!
い、イチャイチャ…してますかね←
そして春といえばでありがちなサクラ使ってしまいました…!
最近更新がのろのろですみません…この企画を機に頑張ります!
リクエストありがとうございました!これからもよろしくお願いします( ˘ω˘ )

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