小説 | ナノ


  024



春島が近いからか空気も暖かく、海も穏やか。
宴は甲板で行われることになった。
ごほんっ、とシャチが咳払いを一つ。


「えー、名前の賞金首の仲間入りを祝して!!」


かんぱーい!!


カチンッと酒の注がれたグラス同士がぶつかる小気味良い音があちこちで響く。
中には勢い余ったのか、ガチャンッと少し大きな音を立ててしまうことも。
賞金首になるなんて初めての経験であった名前は、祝うようなことなのか、とローを見上げる。


「確かに忍ぶことを求められていた名前にとっちゃ、違和感はあるだろうな」


「海賊は賞金首になってなんぼって考えればいいさ」


懸賞金はその賞金首の危険性に比例する。
つまり、高ければ高いほど周囲から警戒され、畏怖され、襲い掛かってくる賞金稼ぎのレベルも高まるのだろう。
向こうでいうブラックリストのようなものだろう、と解釈した名前に、ペンギンが甘い果実酒の入ったグラスを渡した。


「慣れないか?自分の存在が世界に知らしめられるのは」


とはいえ、顔写真も名前もないが、と苦笑を浮かべる。
名前にとってはむしろ、こちらの方が向こうの方と然程違いはないように感じている。
“木ノ葉の暗部総隊長”として恐れられた名前だったが、その本人の顔を知っているのもどういった人間なのかも、知っているのはカカシや火影といった一部の人間だけ。
名前だけが恐れられている現状なら、殆ど変らない状況なのだ。
ペンギンのその問いに首を振った名前はローの隣に座り、彼に酌をしていたが、皆にもしてくるね、と言ってその場をいったん離れる。
どこかむすっとした表情でそれを見送ったローに、ペンギンが小さく噴き出した。


「不満そうですね」


「…うるせぇ」


「ところで、まだ落としに掛からないんですか?」


そう言って度数の高い酒を煽るペンギンを一瞥したローは、自身の持っているグラスに視線を落とし、溜息を吐いた。


「アイツ、同じベッドで寝てるってのに全然警戒しねぇ」


「…あの同居してたっていう、幼馴染のせいかもしれませんよ」


「まさか、同じベッドで寝てたっていうのか?」


顔を歪めるローに、今までの名前の反応を思い出せば、何となく答えは導き出される。


「任務以外で極端に人との関わりの少ない名前が、船長のスキンシップに基本的に表情を変えないということは、恐らく」


ローの容姿は相当整っている部類に入る。
目の下には常に隈はあるし、性格も気まぐれで、人の傷口を抉っては塩を塗り込んだりするなんてこともあるが、そんなところも素敵だなんていう女がいるくらいだ。
それに心を許している仲間には面倒臭がりながらも気にかけてやる。
加えて名前にはそんな態度では接していないし、普通の女ならばとっくに落ちていても不思議ではないのだが、彼女にはそう言った傾向は見られない。
名前の生い立ちにも訳はあるのかもしれないが、最も大きな影響を与えているのは、恐らく彼女の一番近くにいたであろう幼馴染。
彼が一体どんな人間なのか知るすべはないが、今までの会話から言えることは、恐らくスキンシップの激しい人間で、それなりに美形の部類に入る男なのではないかということ。
はァー、とローは深々と溜息を吐き出し、ペンギンはそれに苦笑を浮かべた。


「どう!?名前ちゃん、甘いお酒だったら飲めるって聞いてさ、準備してたんだー」


酌をしに来たはずなのだが、今日は主役なんだから!と手にした酒瓶を取られ、あれよあれよといううちに輪の中に加わることに。
シャカシャカ、とシェイカーを振るのは、この船のクルーの一人であるクラゲ。
彼の周りには様々な種類の酒瓶やジュースがあり、それを手慣れた様子で扱う彼は、普段は爆薬などを扱い照明弾や手榴弾と言ったものを作るのだという。


『あ、あの…私、そろそろ…』


「えー?まあまあ折角なんだから!」


普段全くと言っていいほど摂取しない酒類。
もちろん向こうでも基本的に任務漬けだったため、酒を口にするのは火遁忍術を使う時ぐらいで、アルコールを摂取する機会が無かった。
初めて飲んだのが、この船での歓迎会の時だったが、その時もペンギンが渡してくれた果実酒グラス一杯だけ。
ローがたまに、飲むかと誘ってはくれたが、彼の隣で飲むのは酒ではなくカフェオレだけだったり、ホットワイン一杯だけだったりと飲んでも量を飲まない。
いつもより早いペース、加えて多めのアルコールを摂取したからか、頭がなんとなくぽーっとしているような気がするが、目の前のクラゲはまだまだ、と笑いながらいろんなものを作り続けている。
そのどれもが名前の好みの甘いカクテルばかり。
初めて見る様なものであるそれらに当然興味をそそられない筈もなく、飲みすぎてはならないとは思いつつも、自分の限界が分からないためにどこで歯止めを掛ければいいか分からない。
初めの方はそろそろ、と弱々しく抵抗を口にしてはいたが、酒が進むうちに徐々にその抵抗も全くなくなり。
ほとんど無言になり顔をわずかに緩め乍ら、差し出されるグラスを手に取ってコクコク、と飲み続けていた。


「…なぁ、クラゲ…さっきからお前が作ってんのってさ…」


「やっと気づいた?」


「おまっ…レディ・キラーだろこれ!?」


レディ・キラー。
そう呼ばれるカクテルは様々あるが、飲みやすい割に度数の高いカクテルを女性に飲ませて態と酔わせるという用途より、そう呼ばれるようになったもののことを指す。
シャチたちの輪に囲まれてから名前が続けて飲まされ続けられたのはまさにそれだった。


「ふっふっふ、名前って酔っぱらったらきっと可愛いんだろうなぁって思って」


「それでも流石に飲ませすぎじゃねぇか?」


「何言ってるの!このふにゃふにゃしてる名前!超可愛い!」


「いやそれは同意するけど!」


こそこそ、と話していたシャチとクラゲ。
そんな彼らの会話を打ち切るように、こんっ、と響いた名前がグラスを置いた音。
一瞬にしてシーン、と静まったそこのグループに、離れたところに居たペンギンも首を傾げたが、ローだけは険しい表情を浮かべた。


「?なんだ」


「…随分飲まされたみてぇだな」


「は?」


「名前だ」


ローのその言葉で、ペンギンの視線は名前へと向けられたが、驚きの光景に思わず目を見開いてしまう。


「なっ、名前!?」


『……』


無言のまま、シャチのつなぎの襟を掴んだ名前は、そのまま彼の首筋に鼻を近づけると、スンスン、と何やら匂いを嗅ぎ始めた。
名前の酒によってぼんやりとして色香の漂う美しい顔が迫って来たかと思えば、突然匂いをかがれ始めてしまった。
うわああああ俺臭いって言われたらどうしよおおおお!!!、と心中で悲鳴を上げながらもカチンッ、と固まってしまったシャチ。
ひとしきり嗅いだ後、シャチから離れた名前は不満そうに眉を顰めながら、小声で小さく呟いた。


『………………やだ…』


バタッ


「うわああああシャチぃぃぃぃいいいい!!」


「骨は拾ってやるからなあああああ!!」


「でも羨ましいんだよこのやろおおおお!!」


そんな周囲の反応など構わぬ、と言わんばかりに立ち上がった名前は、ふらり、とした覚束ない足取りでローたちのところへ。
何かに躓いて転んでは、とペンギンが駆け寄ろうとするも、名前の足はそこらへんで酔いつぶれていたクルーを容赦なく踏みつける。
名前は軽いし走っているわけではないからそこまでではないだろうが、ピンポイントで鳩尾を踏みつけられたクルーは「ぐえっ、」と潰れたカエルのような声を漏らしていた。
普段の名前ならば考えられないような行為に固まってしまったローとペンギンだったが、名前がペンギンに腕を伸ばしたところで意識を取り戻す。


「名前?」


きゅ、とつなぎの肩の部分を掴んで、シャチの時と同じようにすんすん、と匂いを嗅ぎ始めた名前。
これでシャチを同じことを言われたらどうするか、と固唾を飲み込むペンギンと、同じように彼を見るクルーとロー。
ゆっくりと離れた名前は、『すき、でも、ちょっとちがう、』と言ってペンギンから離れた。
ペンギンがシャチのように完全なる拒絶ではなかったことに安堵のため息を吐き出していると、覚束ない足取りは今度はローへ。
ローは酒の入ったジョッキを片手にしたまま、名前の動きをじっと観察し続ける。
ペンギンの時と同じように匂いを嗅いだかと思うと、名前はするり、と体を器用に動かしてローの胡坐にはまる様にローに対して横向きに座り込み、細い両腕でぎゅう、と抱き付いた。


『ふふ…すきー、』


うにゃうにゃ、と言いながら、ぐりぐり、とローの首筋に額を擦りつけてくる名前。
離れる気配の無い彼女に、ローはクルーたちを見るとハッ、と勝ち誇ったように笑った。


「船長ずりー…!」


「でも何となく想像できてた!」


「せんちょううらやま…」


するする、ともう宴だけだから、と下されていた白銀の髪に指を通しながら小さな頭を撫で、髪を掬ってはするり、と落とすのを繰り返す。
そんなローの正面に、ペンギンが腰を下ろす。


「名前は酔うとそうなるんですね」


「限界まで飲まされると、だろ。抱き付き魔ってところか」


「好みの匂いで判断する辺り、まだマシなんじゃないですか?」


「……いいや、」


近づくだけで、反吐が出る


先程まで名前の髪を弄って遊んでいた手を、彼女の背中にまわし、強く引き寄せる。
ペンギンは、ローのその言葉に含まれている殺気に、背筋をぞくりと走るものを感じ、その場から立ち上がることが出来なかった。
そんな彼を特に気にすることなく、手にしていたジョッキの中身を飲み干し、それを床にカンッ、とワザと音を立てるように置くと、未だにローの首筋に顔を埋めたままの名前を抱え、そのまま立ち上がる。
戻るんですか、というペンギンにあぁ、と短く答え、ほとんどのクルーが酔いつぶれてしまった甲板を長い足でさっさと歩いていき、船内へと入っていてしまった。
途中、ショックで倒れたままのシャチの頭を踏みつけることを忘れずに。


「……傍から離さなけりゃよかったものを」


ぐび、と手にしていた瓶を傾けて、彼らが消えていった扉をぼんやりと眺めていると、フラフラとした千鳥足でペンギンに近づき、その隣の欄干に倒れ込むようにやって来たクルー。
手にしていたグラスに酒が入っていなかったのが不幸中の幸いと言ったところか。
なーぺんぎーん、とほとんど呂律の回っていない口で話しかけてきた彼に、なんだ、と軽く聞き流すつもりで耳を傾けた。


「おぼえてるだろー?あの、ぐんかんがよー、おそってきたときのことー」


「…あぁ」


「おれたちさー、名前のこと、すげえって、こころからおもったし、こころづえーって、おもったけどさー」


「…あぁ」


「それって、おれたちがさー、名前のこと、しんそこしんよーしてるってことだよなーってはなしてたわけよー」


「…そうか」


「だからさー、名前にもー、いってやってくんねー?」


「なにをだ?」


「……」


「?、おい、」


「………ぐおー…」


ぐかー、と気持ちよさげに眠り始めてしまったクルーに、仕方なさそうに笑ったペンギンは、もう一口酒を煽りながら、雲一つなく綺麗な月が輝く闇夜を見上げた。



(さて…)
(かー)
(ぐおー)
(ぐー…むにゃ、)
(……放っておくか)


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