心が空っぽで世界は色を失って
※企画提出用につき本編とは全く関係の無い死ネタです。それでも良い方はどうぞ。
『世界を、見せてくれますか』
まだ、見せたいものが、たくさんある
『…ワンピースを、手に入れられますか』
口には出さなかったが、その時、お前は俺の隣にいるんだろうって、当然のように思ってた…なのに、なんで、
「…船長、もう…っ」
「……ひとりに、してくれ」
何か言いたげに口を開く気配はしたが、言葉を紡ぐことはなく。
船員たちは静かな足音で、船長室から出ていく。
残されたのは、俺と、寝台で静かに目を閉じたままの、名前。
『っ、げほっ、がはっ!』
「名前ちゃん?」
厨房でいつも通りの仕事をこなしていた筈の名前がいきなり咳き込みはじめたかと思えば、口元を覆っている手の指の間から滴る血液が床を濡らした。
血相を変えたコックが甲板で医学書を広げていたローにその事態を知らせれば、ローも同じように血相を変え、手にしていた医学書を放り投げると厨房へと駆けこむ。
キッチンでは棚を背にして、ぐったりと座り込んでしまった名前が口元を抑えていたほうの手のひらを真っ赤に染めていた。
立つことのできない名前を抱え、そのまま医務室へと駆けこんだローは、彼女の病気を特定するためにありとあらゆる検査を行う。
今まで見たことが無いほど衰弱している名前をペンギンに見張らせ、自身は船長室にある医学書や資料をひっくり返す勢いで、原因の究明を急いだ。
やっとのことで原因が分かる頃には、名前の容体も安定し始めていたのだが。
ローは、それを喜ぶことが出来なかった。
原因が、分かってしまったからだった。
信じたくはなかった。
何度も検査を繰り返しても、結果は変わらず。
「船長!名前、目が覚めました!」
「…、ペンギン」
「せん、ちょう…?」
ローは、情けない顔していた。
今にも泣きそうな顔を。
『自分の体は、自分が一番、知ってるよ』
どうしても、名前に病名を告げることが出来ずにいたロー。
そんな彼に、優しい声色でそう言った名前は、きっと、ローが何も言わずともわかっていたのだろう。
自分がもう、助からないことを。
「名前、俺が、俺が絶対助けるから…!」
『ローさん、』
「だからっ、」
諦めないでくれ、そう言いたかった。
けれど、そんなローの言葉を遮るように、名前が言葉を被せてくる。
『お願い』
ずっと、傍にいて
それから、ローは名前の傍を離れることはなかった。
名前も容体が安定すれば、甲板に出ることもあったが、もう以前のように、クルーたちと共に釣りをしたり、鍛錬に励むこともできなくなった。
日に日に弱っていく身体。
それでも周囲に心配させまいと、気丈に振る舞い続けた名前。
ペンギンやシャチを中心としたクルーたちは、名前が寝静まってから、世界中の医者に通信をいれた。
双子岬にいる医者にも、ドラム王国にいる医者にも必死に聞いたが、彼女を助ける術は見つからなかった。
ローは眠れなくなった。
自分が名前と共に眠り、目覚めた時、彼女は自分の隣で冷たくなってしまっているのではないかという恐怖から。
『お願い、ローさん、眠って、』
「いやだ、」
『ローさんが、倒れてしまう…』
「俺は大丈夫だから…」
『大丈夫って、顔してない…』
ローの目の下の隈は一層濃くなり、長い間睡眠を拒絶し続けた眸は充血している。
気を抜いたら今にも眠ってしまいそうなほど疲労をたたえたその表情に、細い身体をさらに細くした名前は、哀しそうな顔をする。
『傍にいて、とは言ったけど、』
それが、貴方を苦しませてるの…?
「ちがう、名前のせいじゃない、」
『なら、寝よ?』
一緒に寝て、一緒に起きれば、何も怖くなんてない。
細く、弱々しい腕で頭を引き寄せられ、名前の胸元に顔を埋める形になったロー。
鼓膜を揺らすのは、確かな心臓の鼓動。
あぁ、彼女は、ちゃんと生きている。
それが頭によぎると、ローはそのまま意識を手放し、深い眠りに落ちた。
『…ごめんね、嘘、ついて、ごめんなさい、』
『最初で最後の、嘘だから、怒らないでね』
『大好き、』
ねぇ、
『愛してる、』
本当はね、
『愛して、た…』
何よりも、怖かった
『あなたが、かいぞくおうに、なったら、』
貴方の傍に、居れなくなること
『むかえにいって、あげる、』
怖かったのは、貴方だけじゃなかったの
『だから、それまでは』
貴方の痛み、十分わかってるつもりだけど
『あきらめちゃ、だめ、よ』
貴方を遺して逝ってしまう私を
『また、あおうね――』
どうか、赦して
――翌朝、目覚めたローが触れたのは、冷たくなった名前。
泣きじゃくるクルーの中で、ローは泣かなかった。
それからしばらくし、名前の葬儀が執り行われることに。
感情豊かなシャチも、気弱なベポも、普段冷静沈着なペンギンでさえも号泣していたというのに、やはりローは、泣かなかった。
ただ、悔しそうに唇をかみしめて、力を込めすぎたからか、唇からは血が流しながらも、必死に泣かない様に、涙をこらえていた。
「船長…」
「おれは…っ、なか、ねぇ…」
「、なんで、」
「…“また”って、あいつが、言ったんだ、っ」
『また、あおうね』
「知ってるか、名前は、…俺の涙が、一等、苦手なんだ」
だから、
「困らせて、やるんだよ」
ガキみたいだと思うだろ…でも、アイツには、こうするのが一番なんだ
「俺が泣くのは、アイツの前って、決めてる」
アイツを救えなかった悔しさの涙も、アイツに全てを言わせてしまった情けなさの涙も、アイツを失った悲しみの涙も、アイツのいない世界で生きていかなければならない苦しみの涙も。
――いつか、アイツに出逢えた時の喜びの涙も。
全部、アイツの目の前で、まとめて流してやるんだ。
「最初で最後の嘘だから、なんだ、」
ぐすっ、と鼻を啜る音は、やけに鮮明に響いた。
「俺は、赦さねえからな、」
そんな嘘をついたお前も、つかせてしまった俺自身も。
これからは、お前の手料理の味も、抱いて眠った、温かな細い身体も、俺を呼ぶ控えめな綺麗な声も、俺を見つめて微かに浮かべる笑みも。
すべて、俺の記憶の中の物でしかなくなる。
だからそれらを決して、忘れないように、それらを必死に色鮮やかなものにしようとした。
そしたら、
「――あぁ、くそ…お前のせいだぞ、バカ…」
心が空っぽで世界は色を失って
やっぱり俺には、お前が必要なんだ
だから、また逢ったら覚悟、しとけよ
企画サイト「僕の知らない世界で」提出作品
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