小説 | ナノ


  023



軍艦の敵襲から数日。
甲板ではクルーたちが鍛錬や釣りに勤しんでいる。
厨房の仕事を終えた名前は、後者で、しーん、としている釣竿を眺めながら、あの軍艦からクルーたちが戻ってきた後のことを思い出していた。
名前からしてみればなんてことはない光景だったが、もしかしたらびっくりさせてしまうんじゃないか、という彼女の不安をいい意味で裏切ってくれたクルーたち。

カッコイイ、すげえ、心強い。

そう言う言葉ばかりで、怖い、化け物、と言った類の言葉を口にするものは一人もおらず。
クルーたちの後ろで不敵に笑って見せたローが、何よりもの答えだった。
信じたのは間違いではなかったが、好奇心旺盛なクルーたちばかりで、あれは一体どうやったのかと興奮気味に聞いてくる彼らに説明するのはなかなかひと苦労だった。
ペンギンやローのような頭脳派のクルーはさほど多くなく、彼らに理解できるように説明するのに一体どこまで噛み砕けばいいのか、と頑張る名前に助け舟を出してくれたのはペンギンだった。


「不思議技とでも思っておけ」


ペンギンの説明も中々雑ではあったが。
くす、と思い出し笑いをしてしまったが、それはクルーたちの喧騒にかき消される。
欄干に腰掛けて海側を向いている名前のすぐ後ろには、眠っているベポに寄りかかって医学書を広げているローがいる。
既に頭に入っている内容で真剣に読む必要が無かったため、ローの頭の中の片隅では、別のことが考えられていた。
名前と同じ、軍艦を潰した日のことだった。
軍艦に有った積み荷は食料が中心で、これなら次の島で仕入れる分は少なくて済みそうだな、と食料の管理を任されているクジラが笑ったのは記憶に新しい。
海賊船ではなかったので、宝物の類は少なかったが、代わりに金貨や紙幣が出てきた。
名前が望む額をやるとローは言ったが、名前は服とかを買ってもらった礼だと言って受け取ろうとしない。
明らかに金額が違うだろうが、と呆れたローは、とりあえずそれをペンギンに宝物庫にしまうように言い、次の島に着いた時の配当金にて名前の働きを還元することにした。
一般人ならば一生の中でも見れるか見れないかの金額を目の当たりにしても動じなかった名前。
興奮していたクルーたちをきょとん、という目で見ていたのに気付いたのは、財宝ではなく名前を見ていた自分だけだろう。
ぱたん、と医学書を閉じて、上下しているベポの腹の上に乗せると、名前の隣に寄りかかった。


「名前」


『、?』


少しぼーっとしていた名前に話しかければ、なあに?と声には出さないが首を傾げる名前。
コイツは反応が小動物だな、と心中で笑いながら、先程浮かんだ疑問をぶつけた。


「お前、あぁいった金額に慣れてるのか?」


『んー…慣れてる、のかな…』


暗部総隊長になってから、確かにそれまで以上に多忙になった。
それは任務の難易度が高まり、長期任務の数が増えたことはもちろんだが、火影と言った国のトップ同士のやり取りの使者として遣われることも多くなったことも含まれる。
運ぶのは国を左右させるほどの重要機密の書かれた巻物から、取引において重要な役割を果たす何か。
中には、これがあれば国一つが買えてしまうような宝物を運ばなければならないなんてことも。
彼女の給料も相当なものだが、任務の中でそう言った重要なものに触れることが多ければ、自然と慣れるものである。
勿論初めこそ、緊張はしたが。


「…成程な」


国一つ買えてしまうようなそんなものを任されるほど、信頼を置かれていたということなのだろう。
表情が然程変わっていないだけなのかもしれないが、それでも平然とした顔でそう言ってのけた名前に、ローはあの時、興奮した様子のクルーたちを不思議そうに見ていた訳を察する。
くつくつ、と可笑しそうに笑い始めてしまったローに首を傾げた名前は、ぐいぐい、と引かれる釣竿に彼から視線を外した。


「聴取は進まないのか」


「はい…生き残った…いや、生かされた海兵の精神状態が安定せず、未だに会話もままなりません」


「根気強く話してはいるのですが、その話題に触れると発狂して気絶してしまって…」


ほのぼのとしたハートの海賊団とは裏腹に、海軍本部は緊迫した空気で満たされていた。
グランドラインに入ったばかりの海域。
実力はピンからキリまでではあるが、とりあえず億越えするような賞金首の目撃情報はないからと、一等兵より下の者だけが乗っている軍艦が航行していたのだが、その軍艦からの通信が突然途絶えてしまったのだ。
最後の通信で伝えられたのは、“海賊船を発見、これより捕縛に移ります”ということだった。
それ以降の通信の一切が途絶えてしまい、こちらから通信を入れても一向に出る気配が無い。
もしその海賊船の実力が上だったとしても、応援を要請するくらいの時間はある筈。
電伝虫が故障したのか、というのが当初の見解だったが、何やら嫌な気配がする、ということで一番近くを航行していたモモンガの乗った軍艦がその軍艦が最後の通信にて伝えた海域に向かうことに。
最後の通信がされて1日が経過したその日、あの船の惨状が、海軍に知れ渡ることとなる。
マストに括り付けられた海兵を残し、100人にもわたる平海兵の首が切断、もしくは肉体を結晶のようなものに変質させられているのが発見。
電伝虫は壊れていたのではなく、出られる人間がいなかっただけ。
錯乱している海兵をモモンガの軍艦に乗せ、甲板が血に塗れたその軍艦と共に海軍本部へ。
モモンガの軍艦に乗せられてからは安心したかのように随分と眠りこけ、目覚めるころには海軍本部の医務室のベッドの上にいた海兵は、自身の名前や所属といった自身の質問には至って普通に応答していたのだが、あの日、遭遇した海賊船と何があったのか、その質問をされた瞬間、酷く錯乱し、会話も成り立たなくなってしまった。
生き残りの海兵が本部にて保護されてから9日、あの惨状から2週間が経とうとしているのに、未だに聴取は進んでいない。
生き残った海兵はこの間海兵になったばかりの新兵。
初めての航海であんなスプラッタものを見させられれば、無理もなさそうだが。


「はぁ…とりあえず、錯乱している中で何か言っていなかったか」


彼を保護したモモンガがため息を一つ吐き出した後、聴取の手記を単糖としている海兵に視線を向ける。
海兵は手元のボードに視線を落とした。


「仮面をしていたことと、糸を使った、ということしか…」


「仮面の形状は、」


「そこまでは…あとは一瞬で姿を消し、気付いた時には全員死んでいた、ということを繰り返し口にするばかりで…」


「くそ…それでは満足に手配書も作れないではないか…!」


悔しそうに顔を歪めるモモンガ。
歯がゆい思いをしているのは、なにも彼だけではない。
帰還した軍艦を見た者は、全員あの惨状を引き起こした人間に恐れを抱いている。
一刻も早く賞金を懸け、危険性を世間に知らしめ、捕えなければ。
しかし、それをするための手配書に必要な情報があまりにも欠落している。
仮面をした誰かなんてそんな曖昧すぎるし、もしその手配書を見た相手が仮面を外してしまったら元も子もない。
手配書づくりは、完全に八方塞がりになってしまった。


くー、くー、


ぽとっ、と落とされた新聞。
朝刊の時間でも夕刊の時間でもなかったため、恐らく号外とかいうやつなのだろう。
なんだ?とそれを拾い上げたクルーは、さらっと目を通すと、大きく目を見開いて多くの船員が集まっているであろう食堂へと駆けこんだ。


「おい!新しい賞金首の手配書だ!」


「手配書?」


どれどれ?とクルーが新聞をのぞき込むが、皆一様に首を傾げる。


「No Image…?」


「代わりに説明文があるぞ」


“糸状の武器で相手の首を切断し、人間を結晶に変質させてしまう能力を持っている。海兵100人を惨殺した極悪非道の戦闘員”
“なお、所属海賊団は不明”

“狂弦師”
“懸賞金 50,000,000ベリー”


「これって…」


そう小さくクルーが零すのと同時に開かれる食堂の扉。
そこからはローとペンギン、厨房の仕事に取り掛からなければならない名前の姿が。
新聞を持っていたクルーはそれをローに突き出すように駆け寄った。


「船長!これ!」


「手配書か」


がさ、とそれを受け取ったローが流れるようにその文字の羅列を追うと、フッ、と不敵に笑って名前の肩に腕を回した。


「名前も晴れて、札付きってわけだ」


だが、と言いながらその新聞をペンギンに渡す。
手配書のファイリングに加えろ、ということなのだろう。


「顔写真が無ぇのは、残念だな」


加えて所属海賊団も不明と来た。
名前はまだまだ、自分たちが知らないような技を多く身に付けている。
海軍が提示した戦闘方法なんて氷山の一角に過ぎないのだ。
まぁいい、と機嫌よく笑ったローは、その声を食堂内に響かせる。


「宴だ!」


「「「ウォォオオオ―――!!」」」


名前の札付きを、祝して!!



(いきなり5000万ベリーか…)
(船長より高くなっちまったな)
(名前がいるのがハートの海賊団ってわかったら、船長のも上がってたんだろーけどなー)
(平海兵ばかりだった割には、結構な金額を付けましたね)
(海兵たちに抵抗した形跡が見られなかったのに加え、ここまで手配書の発行が遅くなったってことは、十中八九他の軍艦に応援を呼ぶ余裕もなかったってことだ)
(なるほど…さらには見た目の情報が少な過ぎるが故に、何処に潜んでいるか分からない)
(警戒心を煽るには懸賞金を高く設定するのが手っ取り早いからなァ)
(今日は名前が主役なんだから準備はいいぞ?)
(でも…クジラ一人、大変)
(だーいじょぶだって!名前が手伝ってくれるようになるまでは一人でやってたんだからよ)


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