小説 | ナノ


  022


※流血、グロ注意

「名前!」


『、シャチ、ペンギン…』


「話してくれて、ありがとな」


「今度、俺達の故郷の話もしてやるからな!楽しみにしてろよー!」


『、うん!』


隠し事がなくなったおかげか、胸につかえていたものがなくなった。
名前が今日もせっせと仕事に励んでいると、突然、船が大きく揺れる。


『っ!』


積み重ねられた食器が落ちそうになるのをクジラと共に抑えながら、揺れが収まるのを待つ。
収まったところで手早く食器を棚に戻すと、甲板から船員の声が響く。


「敵襲だー!!」


名前がこの船に乗ってから、初めての敵襲。
厨房担当ではあるが、戦闘員でもある名前を、心配そうな顔で見送るクジラ。
名前が甲板に出る頃には、そこにいるクルーたちは既に戦闘に備えていて。
直ぐ後に出てきたローは、そこにいる名前に不敵に笑むと、クルーたちに武器を収めろと指示を出した。


「名前の初陣だ」


「船長!?」


「コイツの強さをお披露目するにはいい機会だろ」


派手にやれよ、とそう言ったローに視線を向けられた名前は、声もなく頷くと、何処からともなく出したあの仮面を被る。
クルーたちが見守る中、甲板の先頭へと立った。


「フフ…初陣が海軍か」


「この海域に大した相手はいないらしいが…」


「さっきのアイツの言葉聞いたか、ペンギン」


「、名前の?」


いえ、と首を振ったペンギンに、ローはうっそりと笑む。


『10分で、終わらせる、ね』


「だとさ、」


ローがそう言い終えると同時に、名前は甲板を飛び出し、海を踏みしめる。
双眼鏡でハートの海賊団の動きを見ていた海兵が声を張り上げた。


「う、海を走ってます!!」


「はぁ!?馬鹿言え!能力者が海を走れるわけねーだろ!!」


「だってよ、ほら!」


「…ほんとだ…」


なんでー!!?という声がローたちまで届き、クルーたちは思わず吹き出す。
ローも可笑しそうに、くつくつ、と肩を揺らした。
能力者は海水に触れるだけで全身から力が抜ける。
それは風呂といった、海水でなくてもたまった水からも影響を受ける。
海の上を走るなんて人間業ではないし、能力者でもありえない。
彼らが驚いている間にあっという間に海軍の船に辿り着いてしまった名前は、飛び上がって一気に軍艦の甲板に侵入する。


「水系の能力者の可能性が高い!!全員気を付けろ!!」


「海楼石の錠を持ってこい!!」


ばたばたと出入りする海兵。
名前の目の前にいる大量の海兵は、銃やサーベルを中心とした武器をこちらへ向けていた。


「お、女…!?」


名前が華奢な女だから、油断しているのだろうか。
先程自分たちで気を付けろと言っていた割には、随分と舐められたものだ。
名前は、仮面の下の金色で彼らを見下ろすと、一瞬で姿を消した。


「えっ、」


「あっ!」


「ギャッ!」


名前から一番遠くにいた海兵は突然消えた彼女に間抜けな声を上げたが、その直後、彼の耳に届いたのは仲間の悲鳴。
しかしそれはほんの僅かのくせに、どさっ、と倒れる音はずっと多い。
ぴちゃ、という水音に、ゆっくりと足元に視線を向ければ。


「ぇ…」


靴に触れたのは、真っ赤な液体。
そこで体は動くことを止め、まるで石になってしまったかのように動けなくなってしまった。
自分の足元を濡らす赤から視線を外せずにいると、ごろり、と何かが転がって、彼の視界に入って来た。
白目をむいた、先程まで笑いあっていた、海兵の顔。
その首の先に、体はなかった。


「…ぁ、あ…あぁっ…!!」


うわぁぁぁぁあああああ!!!!


海兵が見たのは、甲板に集まっていた自分以外の海兵が全員倒れ伏した光景。
切れ味の良い何かで綺麗に切り落とされたような首。
どくっ、どくっ、と未だに動き続けている心拍に合わせて首の断面から溢れる真っ赤な血液が、甲板を濡らしつくす。
先程の水音は、海兵の靴にあふれ出た血液が触れた音だった。


「うっ、うそ、だろっ…」


なんで、こんな奴が、!


賞金首になってないんだ、という言葉は続かなかった。
恐怖のあまり、気絶してしまったのだ。


『…気絶、しちゃった』


シュッ、と小さな音と共に気絶した海兵の傍に降り立った名前には、血しぶき一つついていない。
まぁいいや、と名前は海兵をマストに固定するように近くの縄を使って縛り上げると、足音ひとつ立てずに扉を開けて中に入っていった。


「…なー、ペンギン、」


「なんだ」


「…暇だなー」


「そうだな」


「…静かだなー」


「そうだな」


「…大丈夫かなー」


「それはどちらがだ?」


「……海兵?」


「敵の心配してどうする」


「そっかー」


「…止めろ。気が抜ける」


「あ、せんちょー」


名前がイエローサブマリンを飛び出して5分。
先程まで襲い掛かっていた大砲も止み、本格的にクルーたちは暇を持て余していた。
シャチとペンギンも同じく、聞いている人間の気が抜けてしまいそうな会話を繰り広げていたのだが、呆れたような表情を浮かべたローがそれを止める。
それでもぐだぐだ、と暇そうな彼らに仕方なさそうに溜息をつくと、軍艦に船を寄せろ、と指示を出した。


「いいんですか?まだ10分経ってませんよ?」


「経ってなくてももう大砲が止んでる。難易度の高ぇ任務ばっかりやってたんだったら拍子抜けもするだろ」


しかも大した奴も乗ってねぇようだしな、と鬼哭を片手に軍艦を見上げるロー。
ペンギンもそれもそうか、と同じように見上げ、シャチはクルーたちに船を寄せるぞー、と先程と然程変わらないテンションで声をかけている。
名前が行った後を心配そうに見つめていたクルーたちだったが、全く心配している様子の見られないローやペンギンに、心配は必要なかったか、と顔を見合わせる。
極めつけはあのシャチの様子だ。
感情の起伏の激しい彼は、心配性でもある。
時折訳の分からない開き直りをすることもあるが、そんなシャチがローの気を抜けさせてしまうほどののんびりっぷりを発揮しているのだ。
なら大丈夫か、と船を寄せるために慌ただしくなった甲板の隅では、なんでそんなに余裕なのさー!とシャチがベポに激しく揺さぶられていた。


「ペンギン、何分経った」


「もうじき10分です」


「そうか」


徐々に近づく軍艦。
物音一つせず、不気味なほど静まり返っている其れを見上げると、ひょこっ、と人影が欄干から身を乗り出した。
きらり、と日光を反射する白銀の髪と、端整な顔を覆い隠す仮面。
大きく手を振るその姿は、名前に間違いなかった。


「名前!戻ってこい!」


ローのその声が届いたのか、戸惑う様子を見せずに軍艦から飛び降りた名前は、足音ひとつ立てずに甲板に降り立つ。
軽やかなその動作と、全く血に汚れていないその姿から怪我をしていないことは一目瞭然。
安堵のため息を吐き出しながらも「おかえり」と声をかけてくれるクルーたちに、仮面を外した名前は『ただいま』、と笑った。


「派手にやれって言ったんだが」


『やった』


「にしては随分と静かだったが」


『一人だけ、残したら、気絶しちゃった』


「気絶ぅ?」


根性がねぇなぁ!と笑うシャチ。
ローはクルーたちに積み荷を運び出すように指示を飛ばす。


「俺も一応行くが…名前はどうする?」


『んー…ベポ、行く?』


「おれは下で荷物を受け止めなきゃ」


『じゃあ、私も、残るね』


「くく、判断基準はベポか」


軍艦一つ潰して来た後とは思えない、のほほんとした空気。
名前が飛び降りる前に梯子を下してから来てくれたので、積み荷を運び出すためにクルーたちはそれを登って行く。
ローも登ろうとしたが、クルーたちの動きが止まっており、途中で待たされている船員の姿を見て、能力を発動させた。


「おい、後ろが閊えてる」


「…せん、ちょう…」


「あ?」


「これ…名前が、」


やったん、ですか…?


その方向から視線を逸らすことが出来ないまま固まる船員。
ローは怪訝な表情を浮かべてから、その視線を辿った。


「!」


その先には、血の海。
首と胴体が綺麗に切り離された多くの海兵と、マストに縛りつけられている怪我ひとつない海兵。
恐らく、甲板から聞こえてきたあの大きな悲鳴は、あの気絶した海兵のものだろう。
落とした視線の先に転がっているのは、何があったか分からないと言いたげな表情で、白目を向けている頭。
苦痛に歪んだものはよく探せばあるのかもしれないが、ざっと見た通りでは見受けられない。
まさか、ここまでとは…。
ぞくり、と思わず愉悦に口角が上がった。


「すげぇ…」


「どうやったんだろ…荷物運びが終わったら聞いてみようぜ!」


口々に騒ぎ出したクルー。
さっさと荷物を運び出せ、というローの指示に従って船内へと入って行った彼らの背中を見送ると、くつくつ、と肩を震わせた。


「あそこで怖がるんじゃなくて、まさか感心するとはな」


ウチの船員も中々、狂人ぞろいだ、


楽しそうな声色でそう呟いたローは、船内はどうなっているか、と足取り軽く、血に濡れた甲板を歩き出した。



(遅いねー、みんな)
(うん)
(乗っているのが平海兵ばかりだからって、こんなにでかい軍艦は初めてだからな)
(探検してるのかなー)
(探検するほど、面白い物、なかったけど)
(そっかー)

(うおー!なんかある!)
(これ、海兵か?)
(すっげー…宝石みたいだな…)
(あ!見てくださいせんちょー!すごいっすよ!)
(てめぇら…いいからさっさと積み荷を運び出せ…)


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