小説 | ナノ


  あの星の味はきっと



青、水色、赤、黄色、緑、オレンジ――様々な色をした星が輝く夜空。
腕を伸ばせば、遠い遠いところにあって、決して掴むことのできない筈のそれらに手が届いてしまった。
けれども、手にしたそれは本物の星なんかじゃなく。
掌の上を転がったのは、きらり、と輝く小さな塊。
すん、と嗅いだ香りは甘く、とろけそう。
それを手にした青年は、思わずそれを口にした――…



3月14日。
ハートの海賊団が、とある島に上陸して3日目の朝だった。
航海中よりもゆったりとした行動をしているのは、島に上陸しているクルーと船番を任されているクルーがいて、それぞれが自由に過ごしたり仕事をこなすため、行動が一致しないから。
かく言う名前も、クルーたちの食事がいつもよりも遅い時間の為、いつもよりも遅い起床。
そうは言っても、隣にいるローにとっては十分早い時間なのだが…。


『…やっぱり、』


いない


生い立ちもあり気配に敏感な名前。
同じベッド、加えて名前を抱き枕にして眠るローの気配ならすぐに気付く彼女は、昨晩、いつまでたってもローがベッドに入って来ないことは分かっていた。
ちらり、と見てみれば、真剣に本を読んでいるように見えて、ちらちらとどこか時計を気にしているようだった。
別に本が面白くなかったわけではないだろう。
そうだったら、いつもだったらベッドに入ってくるか、もしくは別の本を手に取っているはず。
まぁ、この島、然程蔵書にレパートリーはなく、更にはローが興味をそそられそうなものも置いていないため、この島で新たに手に入れた本に没頭することはなさそうだ、とクルー一同思ってはいたのだが。
それでも、ローが既に読んだ本を読み返すことは珍しいことではない。
あんなに分厚い医学書、頭に叩き込んではいるのだろうが、何かを考えたいときは一心不乱に本を読みふけることも多いのだ。
昨日もその類だろうか、とは思ったが、徹夜した日は、名前が目覚めるとまだ本を読んでいるか、それとも寝落ちてしまっているかで、こうして部屋にいないということは滅多にない。
範囲を広げて気配を探ってみても、既にローの気配はこの船にはなく。
こんな朝早くに上陸したのか、と、朝に弱い彼には珍しい行動に首を傾げつつ、分厚いガラスの向こうから覗き始めた朝日に目を細めた。


「それじゃあいこっか!名前!」


『うん、』


「おやつまでは帰ってくるなよー」


『?、うん』


出かけるのならばローへ一言いうべきなのだが、肝心のローが居ないので、船番であるクルーたちに出かける旨を伝えれば、ベポも島を回ると言っていた、ということを聞き、一人よりも二人で、ということでベポと一緒に出掛けることに。
見張りのクルーによく分からない見送られ方をしつつも、ベポと手を繋いで島へ繰り出す。


「今日はホワイトデーだから、おれが何か買ってあげる!」


『え…あ、ほんとだ…今日だった、ね』


「もー、忘れてたの?」


名前らしいけど、と苦笑を浮かべつつ街を歩く一人と一匹。
オレンジ色のつなぎを着たシロクマと、海豹柄の帽子を被った美女が手を繋いで歩く様はなかなかに異様のようで、擦れ違う人々が振り返るのも少なくない。
ローと一緒に歩いていてもこうなることが珍しくない為か、すっかり慣れてしまった彼らは気にする様子もなく歩いていく。


「えっとー…お菓子は戻ってからだしー」


『?』


「あっ!き、聞こえた…?」


当てもなく歩いていたら、ベポが何となしに口にした言葉。
慌てたように口を噤み、不安そうな表情を向けてきた。
既にベポがホワイトデーの話題を持ち出していたことと、見送る際のクルーのおかしな言葉。
頭の中で直ぐに繋がってしまった名前だったが、ベポに小さく笑って、聞こえてないよ、と言って見せた。
ベポはよかったー、と笑って直ぐにきょろきょろしだす。
名前に何を買おうか、と探しているのだろう。
別にお返しが欲しいわけじゃないんだけど、という小さなつぶやきは、ベポの耳にしっかり拾い上げられていたらしい。


「名前がおれたちにくれたみたいに、おれたいも名前にあげたいんだ」


『ベポ、』


「感謝の気持ち持ってるの、名前だけじゃないんだよ」


そう笑ったベポの目に留まったのは、可愛い服がディスプレイされている一つの服屋。
そこは普段着というよりは、寝間着やルームウェアを取り扱っているような専門店のようで。
ベポは名前の手を引いてその店に入って行った。


『ベポ、ありがと』


「えへへ、おれもお揃いみたいでうれしいなあ」


買った洋服の入った袋はベポに奪われてしまった。
クルーにおやつまで帰ってくるな、と言われてしまった為、その後もベポと一緒に島をぶらぶらすることに。
上陸して初日は情報収集、二日目は備品や食料の調達。
回り切れなかったところを重点的に回っていれば、様々な人に出会う。
そんな中、ベポと名前が出会ったのは一人の老婆だった。
一休みしようと入った小さめの喫茶店。
それぞれが注文したものをゆっくりと食べていると、暇を持て余したらしい店主が声をかけてきたのだ。


「お前さんたち、この島じゃ見かけない顔だねぇ」


「あ…おれたち、最近この島に来たばっかりだから」


「おぉ、もしかして海賊かい?」


「…こわい?」


「なぁにを言うとるかねぇ。こんだけ生きてりゃ、何回も海賊に会ってるさ」


それに、こんな可愛らしい海賊は初めてだ


そのしわくちゃな顔で笑って見せた彼女は、よっこいせ、とベポと名前のテーブルの近くの席に腰掛けた。
確かに、ベポも名前もハートのジョリーロジャーの刻まれた服を着ているものの、確かに一般的な海賊のイメージの風貌とは程遠いかもしれない。
とはいえ、そんな風な例外的な海賊も少なくはないのだが。


「お前さん達、この島の言い伝えは知っとるか?」


『、言い伝え?』


「あぁ」


昔々、一人の少年が居ました。
とても星が好きな少年で、毎晩毎晩、飽きることなく星空を眺めていました。
少年の夢は、あの遠い空で光輝く星を、その手にすること。
誰もが笑った。
あんな遠くにある星を一体どうやって手にするのか、手にできるはずがない、そのうちわかるさ、そのうち諦めるさ――
けれども少年は、大人になってもその夢を諦めることはなかった。
この広い世界、きっとどこかに、星を掴める島がある。
そう信じて旅をした青年がたどり着いたのがこの島、エステル島。
「こんな綺麗な星空は見たことが無い!」
青、水色、赤、黄色、緑、オレンジ――様々な色をした星が輝く夜空。
腕を伸ばせば、遠い遠いところにあって、決して掴むことのできない筈のそれらに手が届いてしまった。
けれども、手にしたそれは本物の星なんかじゃなく。
掌の上を転がったのは、きらり、と輝く小さな塊。
すん、と嗅いだ香りは甘く、とろけそう。
それを手にした青年は、思わずそれを口にした――…



「それって、飴?」


「ふふ、そうじゃよ」


『星じゃなくて、飴…』


「その話をもとにしてね、この島ではそれをモチーフにした飴が売られてるのさ」


「へー!買って帰ろうね!」


『うん』


それから老婆と様々なことを話していると、時間はあっという間にすぎて。
そろそろ帰ろうかと立ち上がり、その店を後にしようとすると、一度奥に引っ込んでいた老婆が、ほれ、と何かを差し出した。


『、これ…』


「楽しい話を聞かせてくれたお礼じゃ」


ころん、と名前とベポの手のひらに転がったのは、綺麗な瓶に入れられた金平糖。
どうやらこれが、あの話をモチーフにした飴らしい。
色とりどりのそれが入れられていて、とても綺麗だった。


『ありがとう、ございます』


ぺこ、と頭を下げた名前たちに、老婆は笑う。


「海賊にこんなことを言うのも可笑しいが…旅の無事を祈っておるよ」


『、はい』


「えへへ、ありがとう!」


お代を払ってその店を後にした二人は、クルーたちの待っている船へと急ぐ。
おやつの時間丁度に帰ってきた彼らを出迎えたのは、ローと名前たちを除くクルー全員と、様々なお菓子。
クルーたちのお手製だというそれは、勿論名前が一人で食べるにはあまりにも量が多かったため、結局はクルーたち全員で食べることになってしまった。
普段料理をしない彼らが作ったお菓子の形は、やはり所々いびつだったが、それが嬉しかった。
買ったものではなく、手作りのもの。
買ったものに気持ちが込められていないと思っているわけではないが、やはり手作りの方が気持ちが籠っていると考えてしまうのは普通だろう。
ベポとクルーたちからのお返しにほっこりしつつ、夕食も終え、厨房の仕事を終えて部屋に戻って来た名前。
本来の部屋の主であるローは未だに戻ってきていない。
先にお風呂に入ってしまおう、とソファに転がっていた名前は立ち上がった。


『…、』


帰って来た


コツコツ、と部屋の中を歩き回る聞き慣れた足音。
ドライヤーで髪を乾かした名前は、乱れたそれを櫛で整えると、くるり、と鏡でルームウェアを確認する。


『…ふふ、かわいい』


がちゃ、と扉を開ければ、少し疲れたような表情をしているローがソファに腰掛けていた。
ローの視線が名前に向けられると、その眸が大きく見開かれる。


『ローさん、おかえり、』


「おま…どうした、それ」


『これ?ベポがね、買ってくれた』


ホワイトデーだからって、と名前の視線が落ちたのは、白いふわもこのルームウェア。
シロクマの耳つきフードのパーカーに、下も同じ素材のホットパンツとニーハイ。
手触りもいいし温かい。
固まったままのローに、もしかして似合わない?と不安げな表情を浮かべた名前だったが、どうやらそれは杞憂だったらしく、そうじゃねえ、とローはふい、と顔を逸らしてしまった。


「あー…くっそ、」


『?』


「…着ていい。が、船長室だけにしろよ」


『?、うん』


共に航海をする仲間だからと言っても、ルームウェアで辺りをうろつくほど礼儀を忘れたわけではない。
ローのその言葉に素直に頷いた名前に、ローがゴソゴソ、と取り出した何かを渡した。
手のひらサイズの高さ10センチほどの透明な瓶。


『…っ、綺麗…』


「フフ…ホワイトデーだからな」


『これ…飴…?』


「さぁ、どうだろうな」


瓶の形を除けば、それは昼間、あの老婆がくれたこの島の言い伝えをモチーフにしたものに似ているが、中に入っている小さな塊は、キラリと不思議な輝きを放っている。
ただの飴ではない。
まるで、あの言い伝えの中から出てきたような。
じっ、と視線を奪われたようにその瓶を見つめ続けている名前に、気に入ったか、と笑ったロー。


『食べるの、勿体ない…』


「くく、飴だからな、融ける前に食えよ」


『ん…』


かしゃ、と瓶の中で光り輝くそれを見つめていると、は、と名前の視線がローに向けられた。


『もしかして…昨日、時計を気にしてたのは…』


これの為…?


「なんだ、バレてたか」


『今日、この島の、言い伝え、聞いた』


「なるほどな」


特に否定する様子を見せないロー。
じゃあこれは、あの言い伝えは本当に…?


「フフ…それは秘密だ」


『、えー…』


「まぁ、ここはグランドラインだからな…何でもアリなんだよ」


そう笑って見せたローは名前の両手に包まれている瓶を取ると、くるくるっ、と蓋を開けて一粒手に取る。
ローの指につままれた黄色の淡い光を放つそれを見つめていると、それは名前の口元に。
あ、と小さく開けられた口の中に投げられたそれは、名前の口腔内でぱちんっ、とはじけたかと思うと、フワッ、甘い香りがして。


『…なくなった』


「美味いか?」


コクコク!と頷いて見せる名前。
こんな飴は初めて食べた。


『ローさん、』


「ん?」


『ありがと』


ローがその言葉に小さく笑って瓶の蓋を閉めたものを名前に返せば、彼女の細い指が大事そうにその瓶を包んだ。



(そういや、なんで定番の飴は出さなかったんだ?)
(飴は船長から出すなって指示があったんだよ)
(へー…じゃあ船長は飴をやるのか)
(え、そうなの?)
(どしたー、ベポ)
(…きょう、おれと名前、飴貰ったんだよね…瓶詰の)
(((まじか…)))


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