小説 | ナノ


  021



名前が話し終えたことでしんと静まった船長室。
…静まった、はずなのだが…


「うっ、…ぐすっ、……ずずっ、」


「…おい、」


「うぅ〜っ、ずびっ、」


「…ペンギン、シャチを放り出せ」


「アイアイ」


「わ、わかっ、ずびっ、泣き止むからァ!」


サングラスを取って、つなぎの袖で雑に目元や頬を擦ったシャチ。
ローの指示により立ち上がりかけたペンギンは、全く、と溜息を吐き出しながら再びソファに腰掛けた。


「ずびばぜん…」


すっかり鼻声のシャチに呆れながらも、テーブルの上にあるティッシュをシャチに投げつけたロー。
彼はそれを顔面キャッチした後、ちーん、と何度も鼻をかんだ。
元々の口下手も相まって、淡々と説明したはずなのだが、それでも泣いてしまったシャチに名前は、小さく困ったように笑った。


『シャチ、』


「んぇ?」


ずずっ、と未だに鼻をかんでいたシャチ。
目を赤くしながらも鼻をかむ、という少々間抜けな顔を晒しているシャチに、名前は小さく笑った。


『…ありがと、泣いて、くれて』


「名前っ…」


じわ、と再び滲む視界。
再びぐすぐす、と泣き始めてしまったシャチだったが、ローとペンギンは彼女がシャチに礼を言ってしまった手前、泣き止めとも言えず。
はぁ、と溜息を吐き出したローは、シャチを放置し、そのまま質問に入った。


「一族が世界政府に滅ぼされた…その理由は分かるか?」


ローのその言葉に、申し訳なさそうな表情をして首を振る名前。


『多分、先祖の残した、あの手記に…』


しかしそれは、触れることは許されても、読むことは許されなかった禁書。
大神の器となった人間と、その伴侶のみが読むことを許されたものであり、将来的には名前も読むことは出来たのだが、その前に里は襲撃を受け、手記もろとも里は燃やされてしまった。
何度か探しては見たが、それが見つかったことはなく。
火影に相談しての結論は、里と共に燃え尽きてしまったか、もしくは大蛇丸が持って行ってしまったか…いずれにせよ、既にもう存在はしないだろうということだった。


「そうか…なら、ベルゲンとやらが言っていたらしいが…」


お前は何を、失ったんだ…?


ローのその言葉に、カフェオレに視線を落とした名前。
きゅ、とその淵を細い指がなぞった。


『…大神』


「えっ、」


『…正確には、失った、訳じゃない』


こと、と小さな音を立ててテーブルにカップを戻した名前は、自由になった手を、肩を越えて、僅かに背中に触れさせる。


『器となった、人間の背には、封紋が、刻まれる…』


封紋は、大神をその体にとどめておくために必要な物。
神遷の儀の際にはその紋様は全身を埋め尽くすほどのものであるが、それを終えてしまえば、残るのは背中の封紋のみ。
その封紋も、この封印術自体が一般的な封印術とは異なる特殊なものであるため、器となる人間が健康であり、大神にも何一つ問題が無い状態の時は、その封紋は目に見えない状態となる。
しかし、器か大神自身、いずれかに問題が発生しているときはその封紋が浮かび上がり目に見える状態になるのだという。
実際、誰にも見せてはいないが、彼女の背中には現在封紋が浮き出ている状態であった。


『封紋が、ある以上、私の体内に、まだ、大神はいる、』


けど、


『…声が、聞こえない』


「声…?そういえば、ベルゲンも…」


「…声が、聞こえなくなっているはずだ」


「あれはそう言う意味だったのか…」


大神は、人間に対していい感情を持っていない尾獣とは違う。
それこそ人柱力が、自分の中に封印されている尾獣と和解するのは容易なことではない。
ナルトやビーのような場合は特殊であったと言ってもいいし、中には尾獣を集めている暁に感謝する人柱力さえいたほど。
対して大神は、器となる人間や一族に対して元々友好的だ。
祖父とどういう関係を築いていたかは分からないが、名前が宿主となってからは、名前の変化した体質について様々なアドバイスをしてくれたり、彼女の気分が沈んでいるときは、態々実体化までしてその身を寄せてくれた。
カカシや火影が傍にいない限り、暗部の人間と一緒に居るか、もしくはたった一人でいることが多かった名前が寂しがらないよう、良く話し相手になってくれていたのだ。
しかし、この世界に飛ばされてから何度話しかけても全く応答が無い。
加えて、いつも漲るような熱を感じていた筈なのに、それも微かにしか感じられなくなっていた。
まるで、弱っているかのように。


『私にとって、大神は、家族みたいな、ものだから…』


もしこの感覚の通り、大神が弱っているのならば、元気にしてあげたい。
けど、その方法は分からない。
こんな事態に陥ったのは初めてだったから。


『…それに、知りたい』


大神は、大神自身と一族との関係を話してはくれても、あの禁書の内容を教えてはくれなかった。
いずれ知るときが来ると、そう言い続けて。


『私が本当は一体、何者なのか、大神が、どんな存在だった、のか』


その為にも、そのヒントがある筈のヴォルフ島に行かなければ始まらない。
もしかしたら、答えそのものがあるのかもしれない。


『ベルゲンさんの、話を、聞いた限りじゃ、危ないとこ、かもしれない、けど…』


「危ないのは名前にとってだろ?」


ぽす、と頭に載せられたローの大きな手。
ローの体温が、伝わる。


「安心しろ。クルー全員で守ってやるよ」


『、ローさん…』


「まぁ、守られるほど弱くねぇかもしれねぇが、心強いだろ?」


「そーだそーだ!どーんと構えとけって!」


「ったく、口だけは達者だな」


「なんだとーぅ!?」


賑やかになった向かいのソファ。
隣にいるローを見上げれば、彼は滅多に見られない優しい表情で名前を見下ろしていた。


「信用してるのは、お前だけじゃねぇんだ」


俺達だって、お前を信用してる


ローのその言葉が、胸に、沁みた。



(カカシ、)
(ここでなら、私は)
((自分を曝け出して、生きていける気がする))


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