小説 | ナノ


  019



「出航だ!!」


甲板に響くローの声。
ばたばたと甲板を走る足音は騒がしく、クルーたちの歓声も響いている。
グランドラインに入って初めての島を出港したのだ…ここからが本当の冒険。
徐々に離れていくノーマス島を船尾で眺めていると、カツカツ、という足音と共にローの気配が近づいてきた。
名前が振り返る前に、何かがぱさり、と肩に掛けられる。


『、?』


「女につなぎは色気がねぇからな」


いろいろと面倒だろ、と振り返った名前にローが不敵に笑う。
彼に向けていた視線を肩に落とせば、掛けられていたのは黒のロングパーカー。
裾にはローのコートと同じ模様がプリントされている。


『これ…』


「シャチが作った」


『シャチが…?』


「アイツはうちで一番裁縫が上手いからな」


ハートの海賊団が統一しているつなぎは、基本的に船員たち自身が作る。
と言っても、海の荒れくれ集団、勿論裁縫が苦手な船員がほとんどなわけで。
そんな中で裁縫の上手いシャチやバンダナと言った彼らが筆頭に裁縫担当ということになっているのだが、シャチは古株の幹部なので、基本的に裁縫担当をまとめているのはバンダナで、特別な用が無ければシャチが裁縫に携わることは殆どない。
今回はローがシャチに直接名前の分を作れと命令したのだ。
ハートの海賊団は皆一様につなぎを着ているが、女性である名前につなぎはいかがなものか…トイレだって男性なら簡単に済ませられるものの、女性は何かと面倒が付きまとう。
何よりローの「アイツの脚線美が隠れるなんて認めねぇからな」という一言により彼女のつなぎ案は却下された。
ならば上着でも作るか、となり。
ローやペンギンが選んだ服の上から着られるようなものが良いだろうと考えられ決まったのが、このロングパーカー。
今は黒色を着ているが、その日に着る服によって合わせられるように複数の色が用意されているらしい。
フードもついているし、袖は長めで名前の手の甲まで隠れるデザインだが、別段邪魔だとは思わないし、ぴったりサイズよりもこういった少し長めのものが好きな名前は直ぐにこれを気に入った。


『シャチに、御礼、言わなきゃ』


「フフ…喜ぶだろ」


肩に掛けられたそれに腕を通し、ちー、とチャックを締めてローの方を向いて彼に視線を向ければ、「似合ってる、」と微かに笑んだ。
それに嬉しそうに少し顔を緩めた名前は、戻るぞ、というローと共に船内へと戻っていった。
食堂の中に入れば、一仕事終えたらしい船員たちが思い思いに過ごしていて、ハートのジョリーロジャーがプリントされているロングパーカーを着ている名前を見て興奮したような声を上げた。


「ロングパーカーか!かんわいいなぁ〜」


「つなぎじゃつまんねぇもんなー」


「シャチが何かダカダカやってると思ったらこれだったのか」


「船長のコートとお揃いじゃね?」


「良く似合ってるぞー!」


「アイアイ!これで正真正銘おれたちの仲間って感じだね!」


どたどた、と駆け寄って着たベポに軽々と抱き上げられた名前。
ベポが彼女を抱えてくるくると回っていると、奥の扉が開き、シャチとペンギンが入って来た。


『あ、シャチ』


「名前!おー着てくれたのか!」


サイズは大丈夫そうだな!と機嫌よさげにベポと名前の元に来たシャチ。
ペンギンはそんなシャチに苦笑を浮かべつつ、ゆっくりと歩いてくる。


『シャチ、ありがと』


「いや、こっちこそ遅くなっちまってごめんな?」


『ううん』


作ってくれただけで嬉しい。
そう言って微笑んだ名前に照れ臭そうに笑うシャチ。
そんな彼の背後でバンダナが「俺も作りたかった…!」とハンカチギリィッ…!としていたのに気付いたのは彼の近くにいたクルーだけだった。


「なんかあったらすぐに言ってくれよな」


『ふふ…大事にする、ね』


のほほん、とした穏やかな空気流れていると、ローが食堂の扉に手を掛けた。
船長室に戻るのだろうと判断した名前がベポに降ろしてもらって、ローの分のコーヒーを淹れるためにキッチンに引っ込もうとしたのだが、ローがそれを呼び止める。


「ペンギンとシャチとお前の分のも持ってこい」


『、うん』


きっと、私の話をするのだろう。
そう察した名前だったが、特に表情を変えることなくいつもと変わらぬ様子でキッチンへと入っていく。
ペンギンは表情を硬くし、突然呼ばれて全く事態を理解していないシャチは「なんで俺も?」と首を傾げている。
ローが船長室を出ていく前に、ペンギンにアイコンタクトを送れば、ペンギンにはそれだけで伝わる。
シャチに「名前の準備が出来たら一緒に船長室に来い、」と言い残し、さっさと食堂から出て行ってしまったローの背中を追いかける。


「シャチにも聞かすのか?」


「あぁ。まぁ、お前が聞いていれば大抵のことは何とかなるだろうが、万が一ってこともある」


「…下手に口にすることが無ければいいが…」


「くく、信用ねぇなぁ」


「アイツの酒が入った時の口の軽さは十分理解してるだろうに」


はぁ、と呆れたように溜息をつき、船長室への廊下を歩いていく二人。
一方、食堂に残されたシャチと名前。
他の面々はまだ仕事が残っているからと、食堂から各自の持ち場へと戻っていく。
ベポも先程再び甲板へと戻って行ったところで、食堂に残っているのはシャチと名前だけ。
クジラは食料庫へ行っている。


「船長、一体何の話だろうなぁ」


シャチのその問いに、名前はあいまいに笑ってかえすことしかできなかった。
私の話をします、なんて今から行って気まずい雰囲気にさせたくない。
こぽこぽ、と軽い音を立てるサイフォンを見つめながら、何から話そうかな、と頭のなかで順序を立てていた。
ぐるぐるとそんなことを考えていると、あっという間に時間は過ぎて行って。
三人分のコーヒーと、自分のカフェオレを載せたと礼をシャチに持ってもらい、二人は船長室へと向かった。


コンコン、


「、入れ」


ローのその言葉の後に開けられた扉からは、コーヒーの良い香りを漂わせながら名前とシャチの二人が入って来た。
ペンギンはローの座っている長椅子を向かい合うように置いてあるソファに腰掛けている。
ローがそこの椅子を使え、とシャチに作業机の椅子を指さす。
名前はローの隣に腰掛けた。
各々にコーヒーを配り、トレイを机の脇に置いたところで、ローが口を開く。


「お前らを呼び出したのは他でもねぇ。名前の話を聞いてもらうためだ」


「名前の話?」


この中で唯一、その話をすることを告げられていなかったシャチが反応を示す。
他の奴らには聞かせないんですか?とローを見る。


「あいつらに話すかどうかは俺達が話を聞いてから判断する」


「…リョーカイ」


ごく、と生唾を飲み込んだシャチは、それきり黙り込んだ。
名前は一口カフェオレを飲むと、それをテーブルの上に戻して、一度深呼吸をする。


『…何から、話したらいいか、分かんないから…最初から、話すね』


「名前…」


何処となく表情の硬い名前を、ペンギンが心配そうに見やるが、名前はそれに小さく笑うことで返した。
無理しなくてもいい、という言葉をその表情から読み取ったのだろう。
確かに、忍の中でも逸脱しているかもしれないし、多くの血に塗れてきた自覚もある。
多くの者の命を、奪ってきた自覚も。
それでも、彼らならきっと自分を受け入れてくれると感じたから。


『怖くないよ…ペンギンたちが、私を信じて、くれるなら』


私も、皆を信じるべきだと思う。
きっとだとか、多分だとかそういう可能性の話じゃなくて。


『だから、隠し事は、しない』


勿論話せないようなことも話す必要のないことだってあるが、それでも。


『話せることは、全部、話す』


名前の言葉が、しんと静まっている船長室の空気を震わせた。



(これより語るは、神隠れの里で生まれた)
(最強の名を欲しいままにし、その命終わるまで、何かを守り続けた)
(血に塗れた忍の話)


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