小説 | ナノ


  大切な君を必ず、



※何よりも誰よりも大切だからの続き

あの紫の薔薇が自分宛に送られているのを数回確認してからというもの、私はそれきり図書館に行くのを止めていた。
幸い本は借りていなかったから返しに行く必要はなかったけど、唯一の問題といえば暇つぶしに読む本がないと言う事。
何度か行こうとは思った私の足は、その度にまるで舐められるかのような粘着質のある視線を思い出してしまって、らしくもなく竦む。
東亜に出会ってから私は随分と弱くなってしまったと笑ったのは最近の事。
今日の私はキャスケットを深く被って、隣に立っている東亜の手を握っている。
そんな私達が立っているのは、その問題の図書館の入り口で。
またあの紫の薔薇の男に会うのではないかと思うと体が震えそうになるけど、それを察知して東亜が先回りするかのように手を強く握りしめてくれた。


「大丈夫だ。俺がついてる」


『、ん…』


そもそも、何故2人で問題の図書館に足を運んだのか。
きっかけはそう昔ではない、つい昨日のことだった。


「名前」


『あれ?おかえり。児島さんたちと食べに行くんじゃ…』


「話がある」


『、…』


静かな怒気を含ませた声色、瞳。
鋭いながらもいつも優しげなのに、その時の東亜は私でも少し怖かった。
私は何か彼を怒らせてしまうようなことをしてしまったのかと、東亜がリビングへと向かう背中を追いかけながら考えを逡巡させるも答えは出ない。
ぼすん、と腰掛けた東亜に隣に座るように言われて素直にそこに座るけど、私と彼の間を流れる沈黙がいつもと違って居心地の悪いものだと分かって、声を掛けるに掛けられなかった


「何で黙ってた」


『、』


東亜のその言葉に、彼が一体何の事を言っているのかなんて直ぐに分かった。
第一東亜に隠し事を貫き通せるなんて事は考えていなかったけれど、まるでその内容まで事細かに知っていそうな東亜の言葉に少し驚いた。
横目で東亜を盗み見るように見れば、彼は真っ直ぐこちらを見ていて。
目を見ては離しにくかったから、そのまま視線を正面に戻してから口を開いた。


『放っておけばそのうち飽きるだろうと思って…東亜も試合が近かったし、其処まで大事になるようなことでもないと思ったから…』


実際、図書館に行かなければ何も被害なんてない。
そもそも紫の薔薇さえ受け取らなければ、相手は私に相手されないと理解してくれるのではなかろうか。
そんなことを考えていると、東亜が分かってねぇなと首を振った。


「紫の薔薇」


そのキーワードがまるでトラウマになってしまったかのように肩が跳ねる。
脳裏を過ぎるのはあの夢と、図書館の係員に差し出された花束とねっとりとした視線。
そこでふと思った。
何故、東亜がそのことを知っているのだろうか。
彼は私が行かない限りは図書館に何て行かないはずなのに…。


「河中だよ」


『河中さんが…?』


「あぁ、気付いてなかったのか?あいつ、今日の試合相手のフィンガースの投手だけど」


『…気付かなかった』


「…お前ってとことん他人に無関心だよな」


ま、その方が都合いいけど、と私の腕を握る。
そのまま強く引っ張られれば、私の身体は東亜の細身の身体に閉じ込められた。
とくん、と聞こえてくる鼓動の音が心地よくて、思わず耳を寄せてしまうほど。


「薔薇はまだ送られ続けられてるらしい。とりあえず今溜められてる分は処分するように伝えてもらった」


『、そんな…』


もう3週間もたつというのに、私宛の薔薇は送られ続けられていたという。
あぁ、なんて気持ち悪い。
誰なのかも分からない相手から、毎日毎日同じ物が送られ続けられる。
想像しただけで鳥肌が立つ。
それと同時に、これからどうしたら良いかを考えることにした。
このままではずっと図書館にいけなくなってしまうけれど、それは困る。
かといって、毎度東亜についてきてもらうわけにも行かないし。


「いい考えがある」


『、いい考え…?』


「あぁ。とっておきのな」


そうして翌日。
私達は東亜の言う"とっておきの考え"とやらを実行する為に図書館にやってきた。
その考えの内容は全く教えてもらえなかったけれど、先程から人の悪い笑みを浮かべている東亜を見る限りまともな物ではないと言う事ぐらいしか分からない。
東亜に腕を引かれるままに図書館に足を踏み入れれば、係員の女性がぱっと顔を明るくするのが見えた。


「苗字さん!良かった、やっと来れたんですね」


『まぁ、一応…』


「隣は彼氏さんですか」


「あぁ、そうだけど」


まあまあお似合いで、とニヤニヤ笑い始めた係員と、あっさり答えてしまった東亜に私の顔は赤くなってしまう。
そのままよろしくない話でもしてしまいそうな勢いの2人を留めようと思った矢先、後ろからガサリと何かが落ちる音がした。


「名前、ちゃん…?」


『ぇ?』


呼ばれた名前に振り返ると、そこにはフローリングの床に落ちた異常な大きさの紫色の花束。
其れを持っていたであろう男は、勿論見たことのない男だったけれど、向こうはなぜか私の名前を知っていた。


「隣の、誰、だよ…」


「出たな、ストーカー男」


「誰だって言ってんだよ!!」


危ない雰囲気だと感じた私は係員に自分達のほかに利用者はいるかと尋ねた。
丁度いい事に今は私達だけと言う事を聞いてほっとした。
見ている限り、あの男が何をするか分からなかったから。


「誰って、そんなのどうでも良いじゃねえか。コイツの俺の、唯それだけだ」


腕を離されその手を背中に回される。
温かさに触れて、いつの間にか詰まっていた息が吐き出される。


「違うっ名前ちゃんは僕のだ!」


「うるせーなぁ。じゃあ、良いもん見せてやるよ」


ぐいっ、と東亜の細い指が顎に引っ掛けられて上に上げられれば、にたりと笑っている東亜と目が合った。



((明らかに何かを企んでる目))
((それでも安心できるのはきっと))
((東亜の、目だから))



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