小説 | ナノ


  018



船に戻って来た名前とペンギン。
明朝に出航ということもあり、持ち場によってはすでに動き出している船員もいて、船の中はほんの少しだけバタついていた。
返ってきた2人におかえりー、とすれ違う船員たちが声をかけていくのにただいまと返しながら、船内へと入っていく。
名前はペンギンと2人で船長室へ向かい、帰船の報告をした。


『あの…お金、ありがとう、ございました』


「あぁ、気にするな」


『これから、働いて、返すね』


「フフ…期待してる」


ゆるり、と小さく笑った名前は、ペンギン持ってもらっていた荷物と、自身の持っていた仮面を部屋の隅に置くと、船内に残っているクルーの分の少し遅めの昼食の準備に取り掛かっているクジラを手伝うために、そのまま厨房へと向かった。
働き者だな、とその背中をローが見送ると、どこか深刻そうな顔をしているペンギンに気付く。
どうかしたか、とローが尋ねれば、彼女の仮面を作った能面師の話をされた。


「名前が異世界の人間であるという言葉を疑うつもりはないが…あのベルゲンとかいう男、俺たちの知らないことまでいろいろ知っているようなんだ」


「そいつも異世界の人間だっていう可能性はないのか?」


「どうだろうな…それにしてはグランドラインにある島のことに詳しかったが…」


「名前は何か言っていたか」


「いや、この島に来るまでは一度もあったことはないとしか」


「名前が知らねぇんだ…記憶力の良いあいつが忘れたなんて考えることは難しい。その男はもともとこの世界の人間で、何らかの手段で名前のことを知った、と考えるのが自然だな」


「だとすると、やはりヴォルフ島に行かなければ何もわからない、か…」


「島民があいつをずっと待っていたということも引っかかる。つまり島民の殆どが名前の存在を知っていたことになるが…異世界の存在であった名前のことをそう簡単に知ることが出来るとは到底考えられない」


「あと、失ったものを取り戻すとか言っていたが」


次から次へと湧く疑問。
はぁ、と溜息を吐き出したローはソファに深く腰掛け、手に取った帽子を指で引っ掛けてくるくると回した。


「この先長い船旅になる…その中であいつが話したくなったときに話を聞こうと思っていたんだが…早いうちに聞かなきゃならねぇことが山積みだな」


「だがデリケートな話題じゃないのか?世界政府に滅ぼされたなんて」


「これから航海を共にしていく仲間同士だ。腹割って離せなきゃ、この先不都合も出てくるだろう」


この船という限られたスペースで、何人ものクルーたちが生活を共にする。
航海をする上では楽しいことももちろんあるのだが、苦難にぶつかることだってあるだろう。
全てを曝け出せとは言わないが、距離なんてない方が断然いいに決まっている。
名前の場合は特殊な存在であるから、基本的に彼女についての詳しい情報は船長であるローと、クルーをまとめることの多いペンギンとシャチの3人に伝えられれば十分だろう。
今のところクルーたちには名前について詳しい話はしていないが、彼らも何かを察してか、根掘り葉掘り聞こうとはしていないのが現状だ。


「だが、お前の言うとおりデリケートな話題だ。とりあえず話せるかどうかを聞いてみてから決める」


「了解」


ふぅ、とペンギンが息を吐き出すと、まるで見計らったかのようにノックされる扉。
向こうからベポの「ご飯出来たよー!」という元気な声が、船長室に響いた。


『話、?』


昼食を終え、片付けを含めた厨房の仕事を終わらせた名前は、先にコーヒー片手に船長室へと戻っていたローに呼び出されていた。
少し長くなるかもしれねぇから飲み物でも持って来い、と言われたため、名前の手には甘いカフェオレの入ったマグカップが。
二人ならんでソファに腰掛けているが、そこにいるローの纏っている雰囲気はいつもよりもピリピリしているような気がした。
気配に敏感な名前がそれに気付かない筈もなく、部屋に入ってきてからはどこか緊張した面持ち(と言ってもほとんど無表情なのだが)で彼の隣に腰掛けていたが、ローの口から出てきた言葉を鸚鵡返しで聞いてきた彼女の表情は、きょとん、としたものだった。


「あぁ…能面師のベルゲンだったか…アイツの意味深な発言がこれからの航海に関わってこないとも言えねぇ。話しにくいこともあるかもしれないが、これから航海を共にしていく仲間だ。出来得る限りは、腹を割って話し合いたい」


『うん、いいよ』


「どうしても話せ、………は?」


『?いいよ、って、言った』


あっけらかんとそう言ってのけた名前。
対してローはぽかん、と思わずいつものポーカーフェイスを崩して彼女を見遣ったが、名前が小さく笑ったところで開いていた口を閉じた。


『ペンギンが、言ってた』


「今更殺人鬼でしただのなんだの言われたって、うちには気味悪がる奴はいねぇよ」


『ふふ…だから、怖くないよ』


目を細めてそう笑った名前は、手の中のマグカップに口を付けてカフェオレを飲み込む。
それに、と続けた。


『仲間…なんだ、よね』


「、?」


『忍の時は、常に、警戒してた…仲間でも、いつ、裏切られるか、裏切るか…それを、見極めなきゃ、』


一人ぼっちになってしまった私を支えてくれたのは、火影とカカシだった。
甘えていいと火影は言ってくれたけど、それより私は力を求めた。
アイツをこの手で殺すには、当時の私はあまりにも弱かったから。
徐々に人から疎遠になっていく私を、カカシは決して見捨てはしなかった。
そんな2人が大切にした、守り続けた木ノ葉隠れの里。
いつしか私にとっても、かけがえのない大切なものになっていた…それこそ、復讐するためだけに付けてきたはずの力を、その里を守るために使うくらいに。


『大切な物、守れない』


「名前…」


『いつも腹の、探り合いばかり…でも、』


ここは、違うのでしょう?


『信じて、いいんだよ、ね』


私が一体何なのか。
素性を全く告げていないというのに、目の前の男は、私の眼だけで私を判断した。
それが良いことだったのか、そうではないのかなんてことは分からない。
――けど


『ローさんの、目、』


とっても、綺麗だから


『信じる、よ』


長年の間に染みついた癖は、そう簡単に抜けるものではない。
一体いつ、彼らに自分の全てを曝け出せるのか…そこに不安は感じなかった。
いつかはわからないけど、きっと全てを曝け出しても彼らは受け入れてくれる、本当の意味で、彼らを信頼することが出来るような気がしていたから。
名前は手に持っていたマグカップをローテーブルの上に置き、その金色で向かいのソファに座るローへと視線を向ける。
月のような金色の眸と、雪空のような灰色の眸。


『聞いて、ほしい』


だから、


『ローさんのも、教えてね』


ふわ、と笑って見せた名前。
全ての話を聞き終えたローは目を見開いていたが、俯き両手でその顔を隠し長く息を吐き出したかと思うと、立ち上がって向かいの一人掛けソファに腰掛けている名前を抱え上げ、そのまま彼女を抱きしめたままベッドへと転がりこんだ。
突然の行動に体を固めてなすがままとなっていたが、ベッドに二人仲良く転がったところで名前はようやく動き出す。


『ローさん、?』


「…黙ってろ」


ローの顔を覗き込もうとはしなかった名前。
ローは彼女の肩口に顔を埋めて、両腕を彼女の細い体に巻き付けて、もしかしたら苦しいと感じてしまうのではないか、と思うくらいの力を込める。
そろり、と恐る恐る動かされた名前の自由に動く腕は、ローの背中と頭に添えられて、くしゃり、と夜空の色をした頭を優しく掻き撫でる。
ローはそんな彼女の、まるで壊れ物に触れるかのような手つきに小さく困ったように笑い、ゴールドの細いチェーンが巻き付く目の前の白い首筋に小さく口づけた。
痕を付けたかったわけじゃない。
ただ、触れたかっただけ。
びくり、と跳ねた体を、離さないと言わんばかりに強く抱きしめて。


「(あぁ…くそ…)」


腕の中の存在に、決して離してはならないと、本能が叫んでいるような気がした。



(初めは、ただの興味だった)
(ベポを助けてくれた奴がどんな奴か気になって)
(初めて見た時、その美しさに驚いて)
(自分より大きい男を簡単に伸していく姿に、戦力になると思って)
(綺麗な見た目に反して、行動は可愛くて)
(分かりにくいが、意外と表情も豊かで)
(俺たちの知らない、深い闇を抱えていて)
(そんな彼女を、俺は、たしかに)
((――愛しいと、そう思ってる))


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