小説 | ナノ


  意味を秘めて



※ローと夢主はまだくっついてないのでローがまだ寛容

向こうの世界にいる時は殆ど馴染みのなかったイベント、バレンタイン。
作る相手と言っても火影とカカシしかいないという寂しいイベントだったが、こちらの世界に来てからは随分と賑やかになったと思う。
島にいたころは働いていた店でお姉さんたちや店主、さらには街の人々に渡していたし(作ってほしいと言われるがまま、と言った方が正しいかもしれないけど…)、海軍でお世話になったスモーカーさんやたしぎさん、たまに食べに来てくれていたクザンさんはこのイベントの日になると毎年のように自転車で海上を走ってきていたものだ。
…ほんと、悪魔の実って不思議。
そんなこと言ったらこちらの世界の人にとっても、チャクラって不思議に見えるのだろうけれど…。


「名前はバレンタイン皆に作ってくれるんだよね!」


数日後に控えたそのイベントを思い出したのは、ベポのそんな一言だった。
島々によって気候が変化するため、すっかり季節感というものを見失っていた…そっか、もうそんな時期だったんだ。
聞けばクジラが気を利かせてくれていたようで、チョコやクリームと言ったお菓子作りに使いそうな材料は多めに買ってくれていたらしい…ありがたい…私はすっかり忘れてていつも通りの食材しかリストアップしなかったから…。
素直に忘れてた、といえばベポはあからさまに落ち込んだけどそのことを伝えれば顔を輝かせた。


『でも、私がつくるより、クジラのほうが、美味しいのに、』


「なんで?バレンタインって、人間のメスにとっては大事なイベントなんでしょ?」


『メス…』


何というか…ベポが言うと生々しい…。
確かに、バレンタインと言えば女性が想い人に思いを告げるイベントとして有名ではあるけれど、最近では友チョコだとか、本命に思いを告げる、というよりは日頃の感謝を告げると言った方が多いような気がする。
かく言う私も島ではそんな感じではあった。
…クザンさんは本命?本命?と聞いてきたが決して本命ではない、断じて。


『とりあえず、皆の分、作る、よ』


「わぁ!楽しみだなぁ!」


ニコニコと楽しそうにしながら、仕事へと戻って言ったベポの背中を見送った名前は、貯蔵庫から戻ってきたクジラと共に夕食の仕込みに取り掛かり始めた。


「名前、全員分作るんだって?」


『、うん、』


「うーん…アイツらは喜ぶだろうけどなぁ…」


夕食の仕込みしながらの話はバレンタインについてだった。
ベポから聞いたのか、と尋ねれば苦笑を浮かべるクジラ。
…どうやら相当嬉しいようで皆に言って回っているらしい。
別に言われたからどうこうというつもりはないけれど、と、当日何を作ろうかということを頭の隅で考えながら、歯切れの悪いクジラへと視線を向ければ、彼は苦笑を浮かべていた。


「船長がなぁ…」


『?ローさん?ローさんのも、作る、よ?』


「いやな?そうじゃなくてな…」


何と伝えたらいいか分からず言い淀んでいるようだ…あれかな…ローさん甘いのそんなに得意じゃないから、皆のとは別ので作るつもりだったんだけど…。
それともやっぱり立場云々って重要なのかな…やっぱりみんなのより豪華なの作るべき?
高級品店のチョコ買ってくるべきだった?


「いやいや、手作りでいいからな?」


『、そう?』


「まぁ、そうだな。船長のは豪華にした方がいいかもな」


『?うん』


何だか特別扱いのようだけれど、特に不自然ととらえられることは無い筈。
ローさんはこの船の船長だし…むしろクルーたちと同じものを作ってしまった方がまずそうだし、ね。


――バレンタイン当日、深夜。
今まではクジラが作っていたようだが、野郎が作ったチョコを野郎が食うのもな、ということで、スイーツが好きなクルーたちだけが参加していたらしいこのイベント。
どこかの島に上陸していたなら、娼婦なり何なりとチョコを贈られる相手はいたのだが、残念ながら海上ではそうもいかない。
一度ベッドに入って眠りはしたけれど、ローさんが寝静まってからローさんを起こさないように再びベッドから出て厨房へ。
クジラが手伝おうかと言ってくれたけど、クジラにも贈るのだ…贈る本人に手伝ってもらうのもどうかと思って休んでもらった。


『さて、と…何、作ろう…』


ハートの海賊団は少数精鋭。
かと言って、そこまで人数が少ないわけでもなく…ざっと20人ほど。
一人一人に作るのに無理がある人数ではないけど、万が一失敗した時のことを考えると。ガトーショコラをいくつか作ってそれをクルーたちで分けてもらうのがいいかもしれない…ローさんにはまた別のを作るとして…。
でもガトーショコラだけだとつまらない…。
まぁ、いくら悩んでも時間の無駄なのでとりあえずガトーショコラを作りながら考えることにする。
付け合わせの生クリームとフルーツもりもりにしようかな…うーん…。
そんな風に悩みながら作業を進めていけば、次々に出来上がるバレンタインスイーツ。
気付けばもうすぐ、クジラが仕込みに来る時間が迫っていた。


「――ん…」


ぶるり、と体を震わせながら、微かな寒さを感じて目を覚ましたロー。
寒いのには慣れてるはずだが、と重い瞼を持ち上げれば、やはり腕の中に名前の姿はない。
それはいつも通りなのだが、なんだか布団の中に残っている温もりが全く感じられない。
時計に目をやれば時刻は8時。
変に目が覚めてしまった、と大きく欠伸をしたローは二度寝をする気にもならず、仕方なくそのまま行動を開始することにした。
いつもより早くに起きてしまっているため、朝食はまだ時間がかかるかもしれないが…。
そんなことを考えながら船長室を出たローの鼻を掠めたのは、ふわりと香った甘い香りだった。


「、?」


朝食の時間帯に此のにおいがするのは珍しい…が、別にローを不快にさせるほどの甘さではない。
何かあったのか、と首を傾げ乍ら食堂に入って行った。


「あ、キャプテンおはよう!はやいね!」


「船長!おはようございまーす!」


「あぁ…これは一体何の騒ぎだ…?」


食堂に足を踏み入れたローの視界に映ったのは、ガトーショコラをパクついている船員たち。
おやつの時間帯なら名前やベポがおやつを食べているのは何ら不思議ではないのだが、朝食のデザートと言ったとことか…こんなものが出ているのは見たことが無い。
厨房の奥の方に視線を向ければ、クジラも同じようにガトーショコラを口に運んでいるところだった。
肝心の名前はローの姿を見てわたわたと慌てているようだが。


「おぉ船長、今日は早いお目覚めだな」


「あぁ…ベッドが寒くてな」


「はは、名前はいつもより随分早くに起きたから、そのせいだろ」


すっかり湯たんぽ代わりになっちまってるな、と笑っているクジラの隣で、きょとん、とした名前だったが、再びローの朝食の準備に取り掛かり始める。
カウンター越しに名前の頭へと手を伸ばしたローは、彼女の頭を撫で、「朝食は船長室にもってきてくれ、」といって腕をひっこめた。


「なんだ、調子悪いのか?」


「ちげェよ。ただこの甘い中で朝食を食うのもなと思っただけだ」


「あー…まぁ、そうだな」


いつもの時間帯ならこの匂いも消えていたのだろうが、まさかローが自分でこの時間に起きてくるとは全く以て予想外。
慌てて彼の朝食を準備している名前が若干申し訳なさそうな顔をしているのに気付き、「気にするな、」と苦笑を浮かべてから食堂を後にしたロー。
そんな彼の背中を見送った名前に、クルーたちが笑いかけた。


「大丈夫だって、船長はただ甘いものが苦手なだけだし、」


「それにそこまで機嫌も悪くなかったしな、そこまで気にしてないって」


クルーたちのそんな声に気を取り直した名前は、手早くローの朝食を作り、丁度ケーキを食べ終えたベポに代わりに持って行ってもらうことに。
食堂を後にするベポの大きな背中を見送った名前は、よし、と気合を入れて再びキッチンに向かった。


『……』


「あ!名前〜、キャプテンご飯食べたよー」


『、ありがと、ベポ』


「ううん!キャプテンの分出来た?」


『あと、ちょっと、』


じっ、とオーブンを除いていた名前は、ん、と小さく反応を見せたかと思うと、オーブンの中からトレイを取り出し、冷ます。
辺りに漂う甘すぎない香りは、それを食べるのがローだからと配慮しての結果だろう。
作業を勧め乍ら淹れていたコーヒーが準備出来る頃にはあらかた熱も取れ、もうすぐ完成を迎える。
苺が飾られた皿の上にそれをひっくり返して出して、粉糖をふりかければ…


「うわぁ〜!美味しそー!」


『皆には、ないしょ、』


自分の代わりに朝食を届けに行ってくれたベポに、2つ焼いていたうちの1つを渡せば、早速、と言わんばかりにかぶりつく。
まだ若干熱かったのか、はふはふ、とした後にそれを飲み込んだベポはおいしー!!と感激の声を上げた。
ベポのものだから甘さは違うが焼き加減の問題はなさそうだ。
トレイにそれと、コーヒーを載せた名前はベポに見送られて食堂から船長室へと向かっていった。


『ローさん』


「名前、」


扉から顔だけをのぞかせた名前にぱたんっ、と読んでいた医学書を閉じたロー。
今いい?という問いにあぁ、と答え、手にしていたそれを本棚に戻した。


「どうした?」


『ローさんの、ぶん』


「お」


部屋の中に入ってきた名前が手にしているトレイに載っているのは…


「フォンダン・ショコラじゃねぇか」


『ふふ…ローさんだけ、特別』


そう言えばクルーが食ってたのはガトーショコラだったか…
今朝の光景を思い出し、自分だけが特別にものを用意されていると知ると気分がいい。
それがガトーショコラよりも難易度の高いものなら猶更だろう。


『ビター、使ったから、ローさんでも、大丈夫だよ、』


「そうか」


テーブルの上に置かれたフォンダン・ショコラの載った皿とコーヒー。
綺麗に磨き上げられたフォークを手にし、さくり、とフォンダン・ショコラにフォークを入れればとろりと中から出てくる深い色をしたチョコレート。
器用にそれらを掬って口に運べば、ロー好みの苦みの強い甘さが口の中に広がった。
隣に座っている名前の表情が心なしが緊張した面持ちで、『美味しい…?』と尋ねてきて、ローは「うまいよ、」と素直に答えた。


『ほんと?』


「あぁ。お前も食ってみればいい」


『んぐっ、』


ほら、と素早く口の中に侵入してきたフォーク。
載せられていたフォンダン・ショコラの風味が口の中に広がる。
美味しいことは美味しいが、ローの好みに合わせたため、名前からしてみれば少し甘味が足りないような気がする。
微妙な表情を浮かべながらもさもさと口を動かしていると、ぶはっ、とローが噴き出す。
それにむっとすれば、ぽすぽす、とローの大きな手が名前の頭の上に載せられた。


「フフ…名前には苦かったか」


『んー…』


それから残りのフォンダン・ショコラも美味いといいながら美味しそうに完食したロー。
もし口に合わなかったらどうしよう、という不安は杞憂だったようで、ほっと安心した名前は表情を緩め、綺麗に空になった皿を見つめていると、するり、とローの指が頬を滑る。
?、と首を傾げながら隣に座るローを見上げると、ローの顔が近づいてきて、そのまま頬にちゅ、と短くキスをした。


『!?』


「フフ…ホワイトデーは期待してろよ」


三倍返しだからな、と楽しそうに不敵に笑うロー。
名前は、ローの少しかさついた感触を残している頬に手を当てて、ぷしゅー、と顔を真っ赤にしていた。



(フォンダン・ショコラ)
(、?)
(食ったのは俺だけ、だよなァ?)
((目、目が、据わってる…ベポのことは黙っとこ…))
(名前?)
(!(コクコク))
title:識別

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