小説 | ナノ


  017



ログの溜まる4日目。
ローの遅めの朝食も終わり、厨房の仕事を終えた名前は、ペンギンとともに街へと繰り出す。
受け取りだけならペンギンに任せればいい、とローは少し渋った様な顔を見せたが、ローの帽子の色を反転させたような模様の帽子を被れば、表情こそ変わらなかったものの、なんとなく纏う雰囲気から棘はなくなった。
加えてペンギンからの「仮面の受け取りはどうするんですか、名前しか店の場所分かりませんよ」というとどめの一言により渋々承諾。
二人が船を下りていくのをめずらしく甲板まで出てきて見送ったのだ。
出航は明日の朝。
ペンギンはローと共に出向の準備をしなければならないから、遅くとも夕方には帰って来なければならないとローから説明を受けたが、そうは言っても今日の用事は、受け取ることだけ。
そう時間を取られることもない筈、とつなぎを着ているペンギンとともに街の中を歩いていく。


「受け取りに来た。出来てるか?」


「もちろんさ」


仕立て屋の扉を開けば、待っていたと言わんばかりの表情の女店主。
カウンターの向こうの机の上には、頼んでいたコートと、アンダーシャツが綺麗に畳まれて置かれている。
念のために、大きさを確かめるために一度着用してみるが、問題は見られない。
名前に用意されたコートは、ローのと同じ黒を基調としたデザインだが、その長さは短く、足を動かすことの多い彼女の動きやすい構造になっている。
これでは足元が寒いかと思われたが、このコートに合わせるためのブーツと言った足元の防寒グッズは既にローが洋服と共に購入済みであった。
女店主に袋に仕立ててもらったものを詰めてもらっていると、ふと思い出したように彼女が口を開く。


「そういや、仮面はどうしたんだい?違う人に頼んだんだろ?」


「、知ってるのか?」


「そりゃあねえ。島自体もそんなに大きくないし、祭の時にゃよく顔を合わせる面子ばかりさ」


恐らく、彼女が紹介した青年から話を聞いたのだろう。
わざわざ紹介してもらったのに、と分かりにくいが申し訳なさそうな顔をした名前に、気にしないでおくれ、と女店主は笑った。


「で?誰に頼んだんだい?」


『えと…ベルゲン、さんが…』


「ベルの奴がかい!?」


「知り合いか」


「勿論だよ!」


名前の出した名前に驚いたような声を上げた店主。
聞けば、この島一番の能面師が彼なのだという。
しかし、確か彼女の話によれば一見さんには作らない、といってはいなかっただろうか。


「あ…でも…」


彼女は小さくそう声を漏らすと、目の前に立っている名前へと視線を向ける。
随分と見目麗しい娘だが、果たして、彼女が…?
彼女が一体何を考えているのかは分からなかったが、そうまじまじと見られると居心地が悪い。
名前は少し困った様な表情を浮かべながら、首を傾げた。


「あぁ、ごめんね」


実はね、と店主がベルゲン、この島の人間にはベル、と呼ばれている男について話し始めた。


「奴がこの島に来てずいぶん経つねぇ…もう20年になるか」


「この島の人間では無いのか」


「あぁ、どうやら探している人がいるらしくてね…自分はその探している誰かに面を作るために仮面作りを学んだ、と言っていたよ」


ただ、この島じゃただの仮面よりも能面の方の需要があるから、能面ばかり作っていたようだけれど


「元々仮面作りも上手い奴でさ…能面の作り方を学んでからはメキメキと上達してね。今ではこの島一番の能面師とやらになったが、それでも仮面を作ることは止めなかったみたいだね」


へぇ、と零すペンギンに、黙ったままの名前。
可能性としては、ベルゲンの探している人とやらに自分が当てはまるのだろうけれど、自分にはこの島に来る以前に彼に会った記憶など全くない。
いくら考えても導き出されることのない答えに考えることを止めた名前は、つめ終わった袋を受け取ろうとするも、それはペンギンに奪われてしまった。


『ぁ…ペンギン…』


「いいじゃないか、荷物持ちは男って相場が決まっとるんだよ!」


「ま、そういうことだ」


懐から財布を取り出したペンギンがさっさと料金を支払ってしまう。
洋服を買ってもらった挙句、勝手に追加してしまったアンダーシャツの代金まで払ってもらうなんて、とわたわたし始めた名前に笑いながら、その手を取って店の外へと歩き出す。
女店主はそんなやり取りに笑いながら、徐々に小さくなっていく二人に声を張り上げた。


「良い冒険を!」


店主にひらり、と手を振って別れを告げた2人は、今度は仮面を受け取るために再び街の郊外へ。
一度しか来たことが無いだろうに、全く迷う気配もなく進んでいく名前に内心感心していると、ただでさえ人気が無いのに、さらに森の中へと進んでいく道が見えてくる。


「森の中なのか?」


『うん』


森の中、とは言えそこまで鬱蒼とはしておらず、静かだし、木洩れ日もあって穏やかな雰囲気が漂っている。
足元の落ち葉や小枝を踏みつけ乍ら暫く進むと、一軒家が見えてきた。
どうやらここが目的地らしい。
こんこん、と扉をノックした名前が一歩下がれば、すぐに開かれた扉からは頑固そうな顔をした初老の男が出てきた。


「お前さんか」


『受け取りに、来ました』


「あぁ、出来とるぞ」


どうやら彼が能面師のベルゲン、という男らしい。
ベルゲンはペンギンに視線をやると、二人の繋がれている手に視線を落とした。


「お前さんの男か」


『え?』


「あ、いや、」


「まぁいい、二人とも中に入れ」


名前の声もペンギンの少し焦ったような声もまぁいいの一言で片づけてしまったベルゲンの中で、既に二人が恋人という括りにされてしまったことなど、さっさと中へと入ってしまった男の背中を追う名前もペンギンも知らぬこと。
居住スペース、というよりはほとんどが工房に占められてしまっている中のわずかなスペースに言われるままに腰を下ろした二人に、茶を用意したベルゲンは、一度奥へと引っ込む。
そう時間を掛けずに出てきた彼の手には一つの仮面が。
白を基調としているが、赤や青と言った鮮やかな配色が施された面だった。
なんだか不思議な存在感を放っているような気がしてならない…手渡されたそれを受け取っての第一印象が、それだった。
暗部の時にしていた仮面は、ただの無機質さしか伝えて来なかったのに。
視線を惹きつけられるままの祖の仮面に視線を落としていると、名前とペンギンの前に腰掛けたベルゲンが口を開いた。


「…その仮面は、お前さんが今失ってるものを取り戻すのに役立ってくれるだろう」


『、え…』


「あるだろう…声が、聞こえなくなっているはずだ」


『!』


名前とベルゲンの間だけで成立している会話。
いや、成立している、というよりは、ベルゲンの発言に名前が驚いているようだ。


「…ヴォルフ島には気を付けろ」


『ヴォルフ島…』


「出来れば行くな、と言いたいところだがな、ヴォルフ島に行かなけりゃ失ったもんを取り戻すことは出来ねぇだろう」


「…何の話をしているか、わからないんだが」


漸く口を開いたペンギンだったが、口を突いて出たのはこんな言葉だった。
名前自身も困惑しているようだったし、丁度良かったのだろうが。


「…儂はただの“隠す者”。詳しいことを知っているわけじゃねぇ」


「“隠す者”?」


「フェア・ベルゲン。儂の名前が“隠す者”という意味だ…儂の口から詳しいことは言えんが、とりあえず、お前さんが失ったものを取り戻すにはヴォルフ島に行かなきゃならん」


だがな、とベルゲンが続ける。


「ヴォルフ島の人間はお前さんをずっと待っとった…下手に見つかれば捕らわれて島から出られなくなるかもしれん」


『待って、た…?』


「あぁ…アイツらの本当の故郷は新世界にあったんだがな…直系の人間は政府によって滅ぼされ、逃れられたのは分家の一部の人間…その分家の人間が住みついたのが、ヴォルフ島だと伝えられている」


ヴォルフ島、直系、分家、政府、新世界――…全く身に覚えのない、言葉ではなかった。


『おばあさま、これ、なあに?』
「おやおや、随分懐かしいのが出てきたねぇ。これはね、私達のずぅっと昔の祖先たちが残した記録なんだよ」
『きろく?』
「そうさ。いつか、私達の直系の誰かが戻った時に困ることが無いように、とね。でもねぇ、もうずうっと昔の話さ」
『ずっとって、どれくらい?』
「そうさねぇ…もう何百年と経つかねぇ」
『ずいぶんたつんだね…じゃあ、もどるって、どこに?』
「ヴォルフ島というところだよ。新世界、というところにあって、とても美しい所だったらしいが…どうやら、政府とやらにボロボロにされちまったらしい…分家の人間は逃れられたらしいが、今は生きているかどうか…」
『せいふ?じゃあ、せいふってわるいやつらなんだね』
「私達からしてみれば、そうなるだろうねぇ」
「名前ー!カカシ君が来てるわよー!」
『あ!』
「ふふ、行っといで」
『うん!おみやげおだんごかってくるね!』
「おやおや、じゃあお小遣い上げようか」
『ありがとう!おばあさま!』



「島に行きゃあ、全て分かるだろう」


どうしてお前さんがここに居るのか、数百年前に一体何があったのか、どうして政府に狙われなければならなかったのか――…


「…何はともあれ、ヴォルフ島を目指さなければ話にならない、ということか」


「あぁ。あんた、この娘のこと、ちゃんと守ってやれよ」


「勿論だ。名前は大事な仲間だからな」


ぽす、とすっかり黙り込んでしまった名前の帽子の上から小さな頭に手を載せたペンギン。
名前は少し不安そうな視線を彼に向けたが、ペンギンは「大丈夫だ」と言ってぽすぽす、と何度か撫でた。
その動作に再び仮面に視線を落とした名前は、きゅ、と手の中にある仮面を少し強く掴んだ。
ふぅ、と少し長めに息を吐き出した名前は視線を上げて、お代を、と気を取り直したように口を開いたが、ベルゲンから返って来たのはいらない、という言葉だった。


「儂はお前さんに仮面を作るために仮面作りを学んだんだ。代を貰うなんてとんでもねぇ」


「どういうことだ?」


「それもヴォルフ島に行きゃあ分かる。儂はただの“隠す者”…多く語ることを許された人間じゃあねぇんでな」


『…行くよ、ヴォルフ島、に』


大人になるにつれて、それどころではないと薄れていった疑問が一気に蘇った。
子供の頃に見つけた、祖先が残したという手記は当然のことながら手元にはない。
だったら、全てが分かるというその場所に行かなければ何もわからないということだろう。
それから一言二言とかわし、立ち上がった名前とペンギン。
あまり時間は掛からないだろうとローに言ってしまった手前、あまり時間を掛けることは出来ない。
そろそろ帰らなければ彼の機嫌が悪くなってしまいそうだ。
工房の外に出て、二人を見送ったベルゲンは、最後に名前を引き留めた。


『、?』


「直系の人間は、政府に滅ぼされたわけじゃねぇ」


自害したんだ


「己が誇りを、守るために」


多くの命を守るために


「…お前さんの名前、聞いてなかったな」


『…名前と、言います』


「名前か…いい名だ」


どうかお前さんは、幸せにな


そう笑ったベルゲンは、工房の中へと引っ込んでいってしまった。
きっと、もう二度と会うことはないだろう。
彼がどうして、生まれ故郷であろうヴォルフ島を離れたのか、“隠す者”とはいったい何なのか…そう言った疑問も、きっとそこに行けば分かるのだろう。
ペンギンの隣を歩きながら、名前は手の中にある仮面を胸に抱き寄せた。



(名前、か…)
(宿主は、ちゃんと生きていた)
(俺の仕事は、もう終わったな)
((とある能面師の少し寂しげな声が、空気に溶けて消えていった))


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