小説 | ナノ


  016



炊きたてのつやつやごはんで握ったおにぎりが3個に、今日も綺麗に輝く出し巻き卵。
豆腐といくつかの野菜が浮かんでいる味噌汁に、副菜数品。
今日も綺麗な出来に満足そうにうなずいた名前は、味噌汁が冷めないように鍋に蓋をして、まだ布団の中で眠っているであろうローを起こすために一度船長室へ。
そんな彼女の背中へとクルー二人のため息が吐かれたとは知らぬ名前は、ノックをしようと腕を上げたところで、昨日「ノックなんざするんじゃねえ」と言われたのを思い出し、腕をひっこめると、その手でドアノブを捻った。
名前がローの朝食を作るようになってからは、彼の起きる時間も若干早くなり、朝食を食べても昼食が食べられないというような問題が起こることもなかった。


『、ローさん』


起きてる?と声を掛け乍ら、一人になったベッドの上にあるふくらみに手を掛ける。
声をかけても微動だにしなかったため、ゆさゆさ、と揺さぶる。
名前が『ローさん、朝食、出来たよ』暫くそれを続けていると、


にゅっ


『と、』


長い腕が伸びてきたため、それを危なげなく避けた名前は、ベッドから一歩離れたところでその腕が空気を掴むのを見つめる。
暫くうろうろ、と宙を彷徨ったが、求めるものがそこにないと諦めたのか、だらり、とベッドから伸びた腕が力なく沈んだ。
ふふ、とそれに小さく笑った名前がぱさ、と布団をめくれば、そこには眩しそうに目を細めているローがいた。


『おはよう、ございます。ローさん』


「ん…はよ…」


今日は名前が部屋を出ていくときに一度起きているため、二度寝、ということになるのだが、やはり熟睡していたらしく相変わらずの寝起きの悪さだった。


「…それ、着たのか」


『、はい。ローさん、服、ありがとう、ございました』


「あぁ…まぁ、俺とペンギンが好きに選んじまったがな…良く似合ってる」


俺が選んだ奴だな、と目を細めたローは、腕を伸ばして、肩のあたりに触れて新品の服の感触と彼女の肩の細さを確かめた後、のっそりと起き上がる。
ローがふぁぁ、と眠そうな欠伸を一つ零し、ベッドを後にして顔を洗いに行っているその間、名前は彼が出てくるのを待った。
服もいつも通りに着替えたローが戻ってくると、ローは鬼哭を片手に二人で食堂へと向かう。


「あ、船長おはようございます!」


「おはようございます、」


「あぁ」


まだ食堂にいたらしいペンギンとシャチだが、二人とも立ち上がってマグカップを片付けていた。
そろそろ仕事に取り掛かるのだろう。
それじゃあ、と甲板へと続く扉の向こうに消えていった二人の後姿を見送り、厨房に入った名前は手早く味噌汁を盛って、お盆に皿を綺麗に配置すると、ふらつく様子も見せずにそれをローの元へと。
今日も美味そうだな、と言ってくれたローに、ふふ、と小さく笑った名前が、おにぎりの中身を指さしながら教えてくれる。


『右から、おかか、昆布、鮭、』


「おー」


ほかほか、と湯気を立ち昇らせている味噌汁。
おにぎりのご飯もつやつやだし、おかずの出し巻き卵も綺麗にまかれており、副菜の色も鮮やか。
流石に酒場の調理担当だっただけあって、彼女の食事はコックであるクジラに劣らない出来栄えだった。
ペンギンの話によれば、コックが作ったものより名前が作ったものの方が、食べる量も多いらしい。
まぁ、幼なじみの彼曰く、元々少食、という訳ではなかったらしいのだが。
それに加えて、コックの料理は洋風のものが多いが、名前が作る故郷の料理は和風のものが多く、ご飯派のローにはこちらの方が合っているのだろう。
そんなこともあり、ローの朝食はいつの間にか名前が担当するようになっていたのだ。
彼女は既に作りながら簡単につまんでいたので、容量の小さい胃はすっかりお腹いっぱいだと訴えている。
今はローが朝食を食べているそばで、とぽぽ、と玄米茶を注いでいる。


「、もう食ったのか?」


『作りながら、摘まんだから、』


「そうか」


作りながら摘まんだのだというのならクジラがちゃんと食べているのを確認しているだろう。
ちら、と厨房の奥に視線を向ければ、こくり、と頷いて見せるクジラに、そろいもそろって過保護だな、と思わず笑ってしまう。
?、と首を傾げた名前に何でもねぇ、といえば、あまり納得してなさそうな顔をしながらもそれ以上追及することはなく、玄米茶を出して今度はローのコーヒーを準備しに再び厨房に戻った。


「ペンギンたちはー?」


『、街に』


「そっか!じゃあおれも行ってくるね!」


『ん、行って、らっしゃい、』


あの後、ローが新聞を片手間にコーヒーを飲みほした後、厨房の仕事を終えた名前は、昨日言っていた通り武器の手入れをするために甲板にいた。
船員たちは名前とローが残るということで、殆どが街へと出払ってしまっている。
いつになく静かな船内に少し落ち着かないな、と苦笑を浮かべつつも、最初にこの船に乗せられたときに持っていた荷物の中から持ってきた巻物を広げた。
近くに人のいる気配もないから、きっとリアクションを受けることもない。
ひた、と手を巻物の上に載せてチャクラを流せば、ぼふんっ、という音を立てて現れるクナイや手裏剣、千本やら刀、手甲鉤やら鎖鎌。
基本的にあまり使用することのない武器もあるが、そのほとんどが貰い物であったため、捨てるのも勿体なくて今までそのまま持ち歩いていた。
手入れ用品も出すと、ひとつひとつ、丹念に研いで、磨いていく。
クナイや千本、手裏剣などは基本消耗品だ。
今はまだだいぶ数が余っているから問題はないけれど、これからは出来るだけ回収するようにするか、どこかの鍛冶場に持ち込んで新たに作ってもらうよう手はずを整える必要がありそうだ。
そう考えながらも全ての作業を終えた頃に声をかけてきたのは、出かけたはずのベポだった。


『?お帰り、早かった、ね?』


「ただいまー。そんなことないよ?」


だってもう夕方の4時だし、と言われ、ぎょっとする名前。
ベポ以外に船員が帰って来た様子は見られないが、確かに日は傾き始めている。
全然気づかなかった…と少し呆然とした様子だったものの、扉を開けて待っていてくれているベポと共に船内へ戻ってきた彼女を待っていたのは、顔を顰めたローだった。


「きゃ、キャプテン?」


「帰って来たのか、ベポ」


「う、うん…どうかしたの?」


「あぁ…名前と話がある。お前は持ち場に戻れ」


「アイアーイ」


自分の事ではないのか、とほっとした様子のベポは、触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりにローの指示通りに自分の持ち場へと戻っていく。
変わりにその場に取り残されてしまった名前はローの不穏な雰囲気に内心冷や汗をかきながら、一体何をしてしまっただろう、と今日の一日を振り返っていた。


『(今朝は普通、というよりも、いつもより機嫌はよかった、し…コーヒーを淹れた時もいつも通りで…それからはローさんと、会ってないし…?)』


可笑しい、何も見当たらない。
あまり大げさにではないかどこか焦っている様子を見たローは、きっと原因でも探しているんだろう、と少し呆れたように溜息を吐き出した。
それが耳に届いたらしく、眉を下げて困った様な表情を浮かべた名前が、ローを見上げた。


「…ったく、」


『、ローさん…?』


「今日、昼飯食ってねぇだろ」


『……ぁ』


ベポは出かけていたし、クジラも昼食を簡単に準備した後は食料の調達のためにバタついていたはず。
そう言えば、クジラが出ていくときに「名前は昼食どうする?」とか聞かれて『大丈夫、』と言ったような気がしないでもない。
ローの分は名前が朝に作った味噌汁が余っていたし、ご飯も食べるのはローか名前くらいで、元々消費が少ないせいで余っていたのだろう。
あまり物のそれらとおかずを作ったクジラだが、名前の分を作るほど時間に余裕がなかった。
彼女は自分と同じ厨房担当だから、料理を作るのは問題ないだろうと判断したのだろうが、彼はもっとも重要な点を見落としていた。
名前が、自分一人きりでとる食事に関しては、”食べる”という概念が欠落していることに。
勿論始めから空腹を感じなかったわけではないが、長年の絶食の訓練の積み重ねのせいで空腹感をほとんど感じなくなったのに加え、胃は小さくなり、水さえ摂取できればしばらくの間は食べなくても何ら支障をきたすこともなくなった。
そんな体質になったせいで、向こうでも一人きりだと何食も抜かしてしまうことがあり。
カカシも火影もそんな彼女の身を案じて、彼女が里にいる間は殆ど食事を共にするようにはしていたのだが、仕事柄殆ど里を離れていたため、それが習慣づくこともなかった。
またやっちゃった、と思いつつ、ローの子の不穏な雰囲気の原因はこれか、と漸く気づいた名前は、なんだかとても嫌な予感がしてならないとその澄んだ金色を彷徨わせる。


「原因は分かったようだな」


『ぅ…』


「なら話は早い」


今日の夕食、俺とペンギンに任せておけ。


ニヤリ、と不敵に笑う目の前の外科医。
一体なにを任せるというのだ、ということは口にしないでおこう。
とりあえず、この空腹感を訴え無い胃を恨んでおこうか、と不穏な空気をひっこめたローに腕を引かれるまま、船長室へと引き返して行った。



(ほら、あーん)
(んぐっ、…)
(よし、これでようやく一人分か)
(んー、んー!)
(なに?もっと食いたい?)
(!?)ブンブン!
(まぁそう苛めないでやってくださいよ。ほら、杏仁豆腐だぞ。栄養が取れるようにフルーツも大盛りだ)
(も、お腹、いっぱ、)
(杏仁豆腐完食したら“考えてやる”)
(!?)
(なんであんな無理やり食わせられてるんだ?)
(おー、シャチ。今日昼飯食い忘れたらしいくてよ。だから船長とペンギンで…)
(いいなー杏仁豆腐。クジラ!おれも食べたい!)
(はいはい、ちゃんと用意してるからちょっと待ってろ)


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