小説 | ナノ


  015



いつも通り、ローの抱き枕となっていた名前が目を覚まし、慣れたように彼の腕から抜け出す。
ぐーっ、と一伸びした後、視線を向けたのは、名前の服を淹れるためにと用意された真新しいクローゼット。
今まで攫われた(?)日に着ていた服とローのパーカーを着まわしていたが、昨日、ようやっと新しい服を手に入れた名前。
ローとペンギンのセンスならば問題ないだろうと思い任せたが、彼らが一体どんな服を選んだのかまだ知らない。
早速着ようかな、と思い立ち、すっかり寝巻になってしまったローのパーカー一枚着たまま、足音もなくクローゼットの前に立ち、がちゃ、とそれを開けた。


『おぉ…』


どうやら彼らに任せて間違いはなかったようだ。
派手すぎず、可愛すぎず。
名前の好みそうな服が所狭しと並んでいる。
隣の物置にも随分置いていたようだからてっきり、ここにはあまり入ってないだろうと思ったのに…やっぱり買い過ぎじゃないかな…と一瞬遠い目をしたが、気を取り直してその中にある服を取り出して脱衣所へと引っ込む。
…嫌だと言ったのに数着、スカートがちゃっかり買い込まれているのには気付かなかったことにしよう。


『ん…?ぴったり…』


サイズなんて教えて無い筈なのに…と疑問には思ったが、まぁいいや、と気にしないことにした名前は髪を整え、脱衣所から出てくる。
いまだ眠りこけているローに近づき、するり、と肌荒れなどとは無縁な、名前の白い肌とは対照的な、少し浅黒い肌をしている頬に指を滑らせる。


『ありがとう、ローさん…』


起きたらもう一度言うけど、という無感情な声。
けれどその表情は、緩く笑みが浮かべられていて。
窓から差し込む朝日が、きらきらと彼女の白銀の髪や睫毛を輝かせていた。
不意に、ちらり、と時計に目をやった名前が、はっとして少し慌てて部屋を後にした後、ぱちり、と目を覚ましたロー。
ふぅ、と少しつまらなそうな息を漏らした彼は、再び寝入るために、ごろり、と朝日から逃れるように寝返りを打った。


「キスぐれぇ、してくれりゃあな」


従順なくせに、思い通りにならない。
くつくつ、と笑ったローは、彼女の残り香が微かに残る枕を抱き寄せた。


『おはよう、ございます』


「おはよーさん。お、新しい服か!」


『昨日、ローさんと、ペンギンが、選んでくれて』


少し遅れ、申し訳なさそうな表情を浮かべた名前に、気にするなと笑ったクジラは、彼女の服が今までとは違うことにすぐに気付いた。
いつものかっちりとした服も似合っていたが、淡い色合いの女の子らしい服も十分に合う。
多分自分で買ってたらこうはならなかっただろうなー、とクジラが娘に向けるようなまなざしを名前に向けていると、甲板へと続く扉が開いた。


「、名前」


『おはよう、ございます』


「ん、はよ」


いつも通り、新聞片手に食堂へと入ってきたペンギンも名前の服に気付いたようで、嬉しそうに笑う。


「良く似合ってるぞ」


『ありがとう。選んでくれたのも、買って、くれたのも、』


「はは、金のことは船長にな?俺はただ選んだだけだし」


まぁ、どういたしまして、と、ぽすぽす、と纏められた髪を乱さないように頭を撫でたペンギンは、いつも通りの自分の席に腰掛け、解放された名前は彼のコーヒーを淹れるためにキッチンへと引っ込んだのだった。


「なぁペンギン、この島ってさ、海軍がいるとは言うけどあんまり遭わなくね?」


名前がペンギンにコーヒーを出して数時間後、シャチを筆頭とした船員たちも起きてくる。
島に停泊しているし、酒場に行けないからと風呂に入った後に彼らで集まって酒盛りでもしていたのだろう。
いつもより起きてくるのが若干遅かった。


「言っただろ。昼間よりも夜の方の巡回に集中してるって。それにグランドラインに入って初めの島だからな。海賊を相手にしてる産業も案外多いらしいから、その邪魔をしないためにってのもあんだろ」


「へぇー…でも船長は出て来れねえのかぁ」


「ルーキーの中じゃ高めだしな」


「今いくらだっけ?」


「4600万ベリーだ」


もぐもぐ、と朝食を口に運んでいるシャチとペンギンのもとに、かちゃり、とコーヒーが置かれる。
ほっそりとした腕を辿るように視線を上げれば、名前の視線とかち合った。


「お、名前。その服に合ってるぜ!」


『、ありがと、シャチ』


小さく口角を上げて笑った名前。
その時ふと、ちゃり、と小さな音が傍にいたシャチの耳に届いた。


「、ネックレス?」


音の発生源は、名前の首元。
今まで何もつけられていなかったはずのシャツの襟元から見えていた首筋には、見慣れぬゴールドが輝いていた。
ちょいちょい、と立っていた名前に座る様に言えば、特に抵抗することもなく素直に座る。
少々不躾だが、シャチが胸元を見ていると、ペンギンが咎めるような視線を向けてきた。


「ちょ、そんなに睨むなよ」


「女の胸元をまじまじと見るな。ぶっ飛ばすぞ」


「なんでそんなバイオレンス!?」


だってこれ!とシャチが指差した先は、再び名前の胸元。
彼女が選んだ服はYシャツのように襟があるタイプだったので、シャチのようににまじまじと観察をしていなかったペンギンは気付かなかったのだろう。
ちょっとごめんな、といったペンギンが名前の首に掛かっているネックレスを掬うと。


「、うちのジョリーロジャーじゃないか」


『昨日、ローさんが、くれた』


「へぇー!船長のプレゼントはこれだったってわけか」


流石船長!と笑ったシャチ。
たいしてペンギンの表情は芳しくない。


「?何だよペンギン、そんな顔して」


『?』


「いや…悪い、ちょっといいか?」


『ん、』


微妙な表情をしたままのペンギンが、両腕を伸ばしてチェーンに触れる。
まるで何かを確認しているような手つきだったが、名前とシャチは首を傾げて彼の行動を見ているだけだった。
その後しばらくして手を放したペンギンは、やっぱりか、と溜息を吐き出した。


「やっぱりって、何がだよ」


「留め具が無い」


「留め具?」


それが?と再び首を傾げたシャチに、今度は大きくため息を吐き出したペンギン。
名前は特に表情を変えなかったが、そろそろローさんの分の朝食を作らなきゃ、と輪から外れる。
今日のメニューは、と厨房に引っ込んで頭で考え始めた名前に、もう2人の会話は届いていない。


「いやー、名前が厨房担当になってから船長も朝食食べるようになったし。ホント良かったな」


「名前に自分も食べるから船長も食べろと条件を出されちゃな」


「名前が故郷の料理作ってからずっと気に入ってるみたいだし」


そんな条件を出されただけでそれを飲むような男ではないが、惚れた弱みというのだろうか。
あの条件を出した時の、じぃ――、と彼の眸を見つめるあの金色に負けたのだろう。
条件を飲んだ時のローの耳が微かに赤かったのは錯覚では無い筈だ。
まぁ、彼女が作ったご飯を只一人、自分だけが食べないというのも癪に障ったのだろうが。


「あ、それで、さっきのなんだよ。留め具が無いって」


名前の出て行った扉を見ていたシャチが、自分の真正面に座るペンギンへと視線を移す。
あぁ、とペンギンの視線もシャチに戻ったところで、先程の話が再開された。


「お前分かんないのか?だからシャチなんだよ」


「だから俺なんだってどういう意味だよ!」


うがー!と怒ったシャチに呆れたような目を向けたペンギンは、だからなあ、と説明した。


「“留め具が無い”ってことは、“着脱不能”ってことだろーが」


「…あ、」


「分かったか?」


「え、あ、あぁ、そっか、外せねぇな、」


開け閉めする留め具が無い。
しかも彼女の首に掛かっていたネックレスのチェーンが特別長いわけでもなかったし、あれを頭を通して外す、というのはいくら名前が小顔だからと言っても無理がある。


「ん?じゃあどうやってつけたんだ?」


「船長の能力だろ。名前が相手だから首を切るんじゃなくて、物を入れ替える要領で着けたんだろうな」


「……つまり、着けるのも外すのも船長にしかできない、と」


「船長は外す気はねぇだろうけど」


「……なんつーか、」


独占欲丸出し、だな


シャチのその言葉にうんうん、と頷きながらも、多分名前とローがくっついたらもっと酷くなるんだろうな、と今から危惧し始めるペンギン。
そう遠くもなさそうな未来に内心溜息を吐き出したのは、果たしてペンギンだけだったのだろうか。



(ところで名前のあの服、ペンギンが選んだやつか?)
(いや、俺じゃない)
(てことは…船長か。さっすが、いいセンスしてるなー)
(ま…名前があの服選んでくれたおかげで、今日の船長は機嫌良いだろうな)
(ははっ、そうだな)
(…にしても、名前は男に服を送られる意味を分かってるのか?)
(いや、分かってたら丸投げしないだろ)
(…だろうな)
((男に服を送られる意味))
((その服を脱がすのは、俺だ))
(…はぁ、あの鈍感なのも、少しどうにかしないとな)
(名前美人だしな。誰かが傍に居ねぇと心配だよ)


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