小説 | ナノ


  爪先からこぼれる愛



「なあに?アンタ、マニキュア持ってないの?」


『ん…必要ないと、思って…』


「まぁ、トップコートは塗ってるみたいだけど」


そう言って名前の白い手を取ったナミ。
今日は久しぶりに二人で買い物に出かけていたのだ。
大学を卒業後、それぞれ職について、毎日会うこともなくなってしまったが、こうしてたまに連絡を取り合って時間を共有するようにしている。
今日はナミがコスメを見たいから、ということで、少し大きめのデパートに2人はやってきていた。


「せっかく綺麗な爪してるんだから、飾ればいいのに」


『でも…家からそう出ないのに』


「じゃなかったらトラファルガーがアンタに仕事をさせるわけがないでしょ」


『?』


どういう意味?と言わんばかりに首を傾げている名前に深いため息を吐き出したナミ。
そう言えば、名前は初めから作家になるということ、アクティブな仕事をするつもりはないと言っていたのを思い出す。
物語を書くにはいろんな資料やらインタビューやらをしなければならないというのを何かと聞くのだが、彼女は一体それをどう工面しているというのか…。
何はともあれ、既に大学のころから、さらに言えば、トラファルガーと交際を始める前からそう言っていたのだ。
彼もきっと安心して、態々口にすることはなかったのだろう。


『ぶらぶらするのは好き。だけど、仕事では、嫌』


気分的な問題なのだろうとその話を完結させたナミは、意識を目の前の棚に並んでいる色とりどりのネイルに向ける。
学生にも手の出しやすそうな少し安めのものから、輸入品と思われる高めのものまでさまざまなものが並んでいた。


「さってと。私は何色にしよっかなぁ」


『あれ?この間も、買ってなかったっけ…?』


「ふふ、こういろいろあると揃えたくなるでしょ?アンタも一つくらい買っときなさい」


『…料理してたら、落ちたりしない?』


「しないわよ。ちゃんとトップコートも塗るんだから。それに最近じゃあそれ用の手袋も売ってるしね」


でも、と少し煮え切らない様子の名前。
ローが嫌がらないか、と考えたらしい。


「まぁ、そこまで気にするんだったら、今日一つ買っていってトラファルガーに聞いてみなさいよ。つけるのは嫌かって」


『うん…』


まだ少し不安そうな表情をしていたが、一つくらいは、と思ったらしい。
既に色は決めていたのか、彼女の手は、迷いなくマニキュアを手に取った


「…ネイビーか」


ソファの前のローテーブルの上に、ちょこん、と載せられた見慣れない小瓶。
ローがそれに気付くのに、そう時間は掛からなかった。
仕事を終えて、夕飯を食べて、リビングでくつろいだ瞬間に目に入ったそれ。
トップコートのような透明なものを塗っている姿を見たことはあったが、マニキュアを塗っているところは見たことが無い。
そもそもの爪の色が綺麗なピンク色をしていて、塗る必要もさほど感じられないというのに。
洗い物を終えてローの隣に腰掛けた名前が、あ、と小さく反応を見せた。


『今日、ナミと買い物に行ったときに…』


「だろうな…珍しいな、マニキュアなんて」


『一つくらい持っときなさいって、』


「へぇ」


透明な箱に入れられたマニキュアを取り出し、手の上でころころとし始めたロー。
隣でその不思議な行動に首を傾げつつ見つめていると、ローがきゅ、とそれを握った。


「随分暗い色を選んだな」


『え?』


「暖色でもよかったんじゃねぇか?」


確かに、彼女の白い指にネイビーは映えすぎるかもしれない。
因みにナミが買ったのは、サーモンピンク。暖色であった。


『…だって、』


「?」


『ローの、髪の色だったから…』


陳列されている、色とりどりのマニキュア。
そんな中で彼女の視線を一瞬にして奪ったのは、ローの髪にそっくりな色をした、夜空のようなネイビー。
名前が迷わず手にしたのは、それだった。
名前から理由を聞いたローは、しばらくぽかん、としていたようだが、くつくつ、と笑い始めると、背もたれに背中を預けて、隣に座っている彼女を片腕で強く引き寄せた。
殆ど隙間は空いていなかったが、僅かなものを詰めて、さらに体を密着しあう。
そこまで至った後、ローの手は彼女の側頭部に当てられ、ローの方に引き寄せられたかと思うと、ちゅ、と額に温もりが触れた。


『、ロー?』


「くく…お前は、相変わらず心臓に悪いこと言いう」


『?』


そんなこと言っただろうかと言いたげな表情をする名前に、俺以外に言うなよ、とだけ言ったロー。
ほぼ抱え込むような体勢であった彼女を開放し、近い方の手を取る。


「塗ってやる」


『えっ、』


「フフ…嬉しいことを言ってくれた礼だ。ほら、俺の膝の上に手ぇのせろ」


『い、嫌じゃない?』


「何がだ?」


『だって、料理、作るのに…』


ナミは大丈夫だと言っていたけど、それでもやっぱり気になるものは気になる。
明日の朝食の前に今日一緒に買った除光液で彼に塗ってもらったものを落としてしまっている自分が想像できてしまって、それはそれで勿体ないような気がした。
それを伝えれば、そうか、と少し考えたローはソファから立ち上がり、名前の足元に座り込む。
足を冷やさないようにと履いているルームシューズを脱がされて、白い足を掴まれたかと思うと、それをローの太腿の上に載せられた。


『、ロー?』


「足ならいいだろ」


『…そこまでして塗るもの?』


「せっかく買ってきたんだ。塗らねぇと勿体ねぇ」


くるくる、と蓋を回してマニキュアを開けたローは、ネイビーのそれを綺麗な形をしている爪に塗っていく。
微かにひんやりとした感覚が気持ちいいと何となく感じながら、ローの大きな手が足に触れる感覚にぞわり、と背筋が震える。
時折足の甲を、つぅ、とわざとらしくなぞってくるのは、


『(や、止めてほしい…)』


「くく…ビクつくなよ。はみ出すぞ」


『、ぅー…』


そうして漸く全ての爪を塗り終えると、片足を持ち上げたローが、その足の甲にちゅ、とキスをしてきた。


『あっ、き、汚い、よ…お風呂まだなのに…』


「固ェこというな」


くつくつ、と可笑しそうに笑ったローは、最後にふーっ、と息を吹きかけてきて、思わず体がはねる。


『ローっ…!』


「冷やした方が固まるのは早いからな」


そうは言いつつも、その表情はニヤニヤとしていて。
しかし足にマニキュアと塗ったばかりで、下手に動けば折角綺麗に塗ってもらったものが台無しになってしまう。
諦めたように溜息を吐き出した名前は、その視線を自分のつま先へと向ける。


『…ロー、塗るの上手いね』


「なんだ、もっと下手だと思ったか?」


『下手だったら面白いな、とは思った』


「フフ…案外簡単なもんだな」


その口調から、どうやら塗ったのは初めてであるということが分かって。
きょとん、とした名前の表情を見たローが、今度は呆れたような視線を向けた。


「俺が跪く女なんてお前以外にいねぇよ」


『…すごい殺し文句』


「くくく」


早く乾かねぇかなと呟いたローの手には、いつの間にかトップコートも用意されていて。
どうやらそれも塗ってくれるらしい。
今度は悪戯しないでね、といえば。
どうだろうな、とローは意地悪く笑って見せた。



(あら、塗ってないの?)
(ううん、塗ってるよ)
(どこに…って、あぁ、足に?随分綺麗ねー。今度私の爪も塗ってよ)
(あ、)
(ん?)
(…塗ったの、ロー)
(は?)
(初めて、だったんだって)
(トラファルガーが……相変わらずベタ惚れね…)
title:識別

prev next

[back]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -