何よりも誰よりも、大切だから
※瞳の奥に見えた苦しみの続き
対フィンガース戦が終わり、俺が出口と児島に(無理矢理)酒に連れていかれそうになったとき。
俺達の前に立ちはだかったのは意外な奴だった。
「フィンガースの、河中…!?」
「何か用か」
出口が何か警戒してるけど試合が終わったんだ、何も警戒することなんてねえだろ。
児島も苦笑いで出口を見てる。
「あぁ。渡久地、お前に話がある」
「俺?」
理由はどうあれ河中は俺を睨んできてる。
何かあったかと思って考えてみたが、思い当たる節がありすぎて逆にわかんねぇ。
これは直接本人に話を聞くしかねえか。
半ば無理矢理だった酒飲みから解放されたのはありがたいが、コイツとの空気は悪い。
それでも何だか話を聞かなきゃいけねーような気がしたから、俺はこいつらより河中を取った。
「おい、俺今日パス」
「え!?何でだよ渡久地!折角の完封勝利だったのに!」
不満そうな声を上げるあいつらを放置して河中のほうに足を進めれば、河中は俺に背を向けて歩き始めた。
口には出さなかったがついて来いって事なんだろうと思って素直についていく。
ピッタリくっついて歩くのは気持ち悪いから少し距離を開けて。
折角出てきた球場に再び戻ってきた俺たちは、人気のないところで足を止めた。
「名前さんのことについてだ」
「…やっぱりなんかあったのか」
「薄々気付いてたか。でもやっぱり、あの人は喋らなかったんだな」
はぁ、と困ったような溜息をついたコイツが名前について何を知ってるのかなんてことは関係ねえけど。
話からしてどうやら最近様子の可笑しさに関係しているようだ。
「名前さん、家から出てるか」
「あー…元々そんなに出るわけじゃねえけど」
そういえば、最近は外出も極力少なくしてるような気がしないでもない。
買い物は一緒に行くし、別々に出るのなんてアイツが図書館に行くくらいだが、その図書館にも行ってないようだし。
「…ストーカーされてるぞ」
「は?」
「だから!ストーカーされてんだよ!」
こいつの言ってることが信じられなくて思わず聞き返したら、半ば怒鳴られるように同じ事を言われた。
名前が、ストーカーに?
家に何か不審なもんが来たことも無いし、名前自身は…いや、アイツは何も言わねえな。
コイツは証拠無にこんな突拍子もねぇ事を言う奴じゃねぇって事は分かってるが、俺はその証拠を知らない。
なんなんだと尋ねれば、答えは簡単に帰って来た。
「紫色の薔薇」
「?」
「図書館の係員を介して、渡されるようになったのは3週間前からだ」
「3週間前ね…アイツが図書館に行かなくなった頃と大体一致すんな」
記憶を辿りつつそんなことを呟いたが、河中は続けた。
「名前さんが受け取らないってのが分かったかのように薔薇の量は増えたそうだ。今じゃ倉庫一つ分、足場がないくらいに詰まってた」
元々警戒心は強いのからその薔薇を受け取らなかったのかと思ったが、理由はそれだけじゃないような気がした。
が、流石にこっから先は本人に聞かなきゃ分かんねぇな。
そんなことを考えている俺に、河中が何で気付かなかったんだと吠える。
「しゃーねーだろ。手術のことで忙しいって言われてたんだから」
「だからといって何も可笑しなところがなかったわけじゃないだろ!」
「アイツは自分の感情を押し殺すのに慣れすぎた。が、目だけがいつもと違ってたのは確かだ」
「目だけ…」
俺のその言葉に河中の言葉が詰まる。
きっとその変わっていた部分が少なすぎて驚いたんだろう。
コイツは名前と深い付き合いをしてるわけじゃないから知らなくて当然、勿論出口達だって知らねーしな。
「おい」
「、何だ」
「図書館にある薔薇、全部処分させろ」
「分かった…ストーカーの方はどうするつもりだ」
「俺の女に手ぇ出したんだ…徹底的にやってやるよ」
後半は俺のいつもの声よりもずっと低くて、俺自身驚いた。
傍に居た河中は眉を顰めていて、顔色も少し悪い。
俺、そんなに怖い顔してたか…?
「分かってるだろうが、一人で外出なんてさせるなよ」
「わあーってるよ、んな事」
ま、何はともあれその前に。
「お仕置き決定、だな」
河中に聞こえないくらいの声量でそう呟く。
家で今日の試合を生中継で見たであろう名前を、脳裏に浮かべて。
(ぶるりっ…)
(…なんか嫌な予感がする…)
(…おい、その悪人面何とかしろ)
(はは、帰ったらこのこと黙ってた事に関しての仕置き、どうしてやろうかって考えたら楽しみでさ)
(ぐ…)
((違う、僕は、僕は決して羨ましくなんか…!))
(おい、口に出てるぞ)
(!?)
(冗談だ)
(っ、のやろ…!)
(サンキューな、教えてくれて)
(!…名前さんのためだ)
(知ってるよ)
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