小説 | ナノ


  013



「は?来てない?」


後で使いを向かわせると言って酒場での注文を済ませたペンギンは、約束通り、名前が向かったであろう能面師のいる工房へと足を運んでいた。
比較的新しいようで小奇麗な工房の中にいたのは、人当たりのよさそうな青年ただ一人。
他に客の姿もなく、がらんとしたそこで黙々と作業をしていたらしく、ペンギンの言う、白銀の綺麗な女というキーワードに首を傾げていた。


「はい、今日はまだ誰も…お客さんが初めてですよ?」


「そんなはずは…」


ベポとの約束もあるし、どこかで道草を食っているとは考えにくい。
だとすると、やはり初めての街で迷子になったか、はたまた、地図に記されたこの場所を忘れてしまったか。
そう一度は考えたが、彼女の経歴を考えるとそれはあり得ないことだと分かる。
任務で赴く地は初めであるところも何度もあったし、そこで迷うだなんてバカみたいな真似はしてられない。
ましてや、敵地の地図だなんて機密事項のような物を持ち出せるはずもなく、全て自身の頭に叩き込んでから任務に臨んでいたと言っていたではないか。
だったらどうしたんだ、と溜息を吐き出しそうなったペンギンのつなぎの裾を、くいくい、と何かが引いた。


『ペンギン』


「うおっ!」


ばっ、と後ろを振り返れば、そこにはペンギンが捜していた名前の姿が。
洋服に乱れも汚れも見られず、何かの問題に巻き込まれた様子もない。
ほっ、と安堵の息を吐き出した彼の裾をちょん、と掴んだまま、名前はその工房の能面師である青年に軽く会釈をすると、そのままスタスタと店の外の出て行ってしまう。
青年は顔を赤らめながらも、どこか困惑したような表情を浮かべているペンギンと共に店を後にする名前の姿を見送ることしかできなかった。


「名前、仮面は良いのか?」


『、うん。他の人が、作って、くれる』


「他の人?」


はて、確かにここに来るまでにもいくつか工房はあったが、人が外を出歩いている様子はなかった。
いくら祭りのシーズンではないとはいえ、何かと注文は舞い込んでくるのだろう。
青年も、ペンギンが入って来た時は、ガリガリと木を削っているところだった。


「大丈夫なのか?折角紹介してもらったんだったら、そっちの方がいいんじゃ…」


『いい、』


あの人なら、大丈夫


信頼できる、という意味なのだろうが、それを判断するのにさほど時間を掛けたようにも思えない。
ペンギンは確かに、彼女と別れてから酒場によりはしたが、注文はスムーズだったし、そこから特に迷うこともなく工房に辿り着いた。
対して名前は、ペンギンと別れた後は工房に向かい、どうやらその道すがらに別の能面師と会ったらしく、彼に仕事を依頼。
その後にペンギンを追ってあの工房に来た、ということだろう。
そんな短時間で人を判断出来てしまうものかどうか、と首を傾げたいところもあるが、彼女は自分たちの常識を逸した存在だ。
そんなことも可能にしてしまうような気もしないでもない。
まぁ、本人が大丈夫というのなら、と、何かと警戒することの多いペンギンも、小さく苦笑を浮かべることで自身を納得させてしまった。


「あまり時間もかからなかったし、今から帰ればおやつの時間に間に合いそうだな」


『!』


ペンギンがそう言えば、嬉しそうに顔を綻ばせた名前。
一体どんな面を頼んだんだ?と聞いてみれば、予想外の返事が返って来た。


『頼んでない』


「は?」


『イメージで、作ってくれる』


「い、イメージ…」


これはまた随分抽象的な…と顔をひきつらせたペンギン。
対して、その面を扱うこととなる名前はさほど心配していないのか、平然とした表情で船への道のりを進んでいく。
因みに、船につくまで離されることのなかった裾に、ペンギンがきゅんとしていたのはここだけの話。


「あ!帰って来たー!」


ぶんぶん!と手を振って出迎えてくれたのは、甲板でゴロゴロしていたベポ。
船番であったクルーも見張り台から手を振ってくれた。


『ただいま、』


「おかえり!もうそろそろお菓子できるって!」


ペンギンもお帰り!との声に笑ってただいま、と返したペンギンが、ローに帰船の報告をするために船長室へと引っ込んでいく。


「そろそろ食堂に行こっか」


『、うん』


がちゃ、と、潜水艦のために普通の船よりも重い扉をベポに開けてもらって、2人も船の中へと入っていった。


「名前も戻ったぞ。今はベポと一緒に食堂にいる」


「そうか。海軍はどうだ」


「そこまでの強者はいない。クルーたちでも対処できるだろうが…ただ、夜の方は昼間よりも巡回に出ている人数が多いみたいだから、やはり酒場ではなく船内にいたほうが面倒は回避できるはずだ」


「指示を出しておいて正解だったな」


そう言った後に、ちらり、とローの視線が動いた先にあったのは、2時58分を指す時計。
そろそろベポと名前が楽しみにしていたおやつの時間だ。


「ローも行くか?」


「あぁ」


手にしていた医学書を置いて、机に立てかけていた鬼哭を手にすると、船長室を出る。
ペンギンはそんなローの後ろに続き、揃って食堂へと戻っていった。
2人分の足音が響く廊下を進んでいくと、ふわりと香ってくる香ばしい香り。
最近は嗅ぎ慣れてしまったこの香りに、思わず頬が緩む。


「あ、キャプテンにペンギン」


「丁度良かったな。そろそろ名前もコーヒー淹れ終わるところだ」


クジラの手によって並べられていくスイーツ。
どうやらこの島で新たな食材を調達するからと、微妙に余ったフルーツ類を処分してしまおうということになったらしい。
名前は席に着いた2人にコーヒーを出すと、いつも座るローの隣ではなく、スイーツの並べられているテーブルの前に座っているベポの隣に腰掛けた。


「はい!おまちどーさん!」


「うわぁ〜!おいしそう!」


『いただきます、』


「いっただっきまーす!」


豪快に食べていくベポと、ちまちま、と食べていく名前。
対照的な二人ではあるが、浮かべられている表情は幸せそうで。
紅茶まで出してくれたクジラに、『ありがとう、美味しい、』と目を細めながら言う名前に、思わずクジラが頭をぐしゃぐしゃっ、と撫でる。


「ははは!そうか!いやぁ、いつもベポと名前は美味そうに食ってくれるから作り甲斐があるなぁ!」


「アイアイ!クジラのおやつはいっつもおいしいよ!」


「だろ?」


にっ、と笑ったクジラはローたちにも何か軽食を作るかと尋ねるが、気にするな、と言われてキッチンに引っ込む。
使った道具を片付けるのだろう。
むぐむぐ、といつになく蕩けた表情を浮かべてお菓子を咀嚼している名前を、ローはコーヒーを啜りながら眺める。


「…美味そうに食べるな」


「だからクジラもあんなに張り切るんだろ」


「まぁ、名前が女の子っていうこともあるんだろうが」


「野郎がスイーツを食っても可愛くねえ」


「確かに」


巷で言う美少年とかいう類ならば似合うのだろうが、生憎この海賊船にそんな見た目の男は乗っていない。


「それで、コートはいつ取りに行くんだ」


「ログが溜まる日に出来上がるそうだ。名前のアンダーシャツも一緒に仕立ててもらうことになった」


「そうか」


「それと、」


ペンギンが名前が誰かに仮面を注文した、ということを話した。
彼女のことだから誰に注文しただとか、何処の工房だとかということは忘れないだろうということで、本人に任せる、ということに。
ペンギンの話を聞いたローは、なんとも言えない表情を浮かべていたが。


「…意外と不思議ちゃんなのかもな」


「それは考えられる」


ローとペンギンの視線が向けられた先には、そこにははむはむ、と新たなお菓子を頬張っている名前が。
すぐに視線に気づいたらしい彼女は首を傾げ乍ら2人を見返した。
その可愛らしい動作に、ローが小さく笑う。


「フフ…美味いか?」


『!、うん、』


ちらり、とお菓子を一瞥した名前は小皿を2つ取ると、それぞれにお菓子を数種類載せると、それを両手に二人の元へ。
かたん、と置かれたそれらの中身は、よく見れば種類が違う。


『こっちが、ペンギン、で、こっちが、ローさん』


「ありがとな」


『うん、ローさんのほう、は、甘さ、控えめだから』


ローさんでも、食べれるよ


無感情な声で美しい笑みを見せた名前は、ベポの「名前ー!これ凄くおいしいよ!」という声に元いた席に戻っていく。
再びはむはむ、と菓子を食べ始めた彼女から視線を外し、目の前に置かれた皿に視線を落とす。


「菓子を盛る手に迷いが無かったな」


「記憶力がいいんだろ。どれがどんな味かも覚えてる」


「地図も簡単に覚えちまうし」


皿にそえられていたフォークを手に取り、まず手始めに手前にあったタルトから手を付けたロー。
甘酸っぱいベリー系のものだったので、確かにこれなら彼にも食べやすい。
ペンギンは普通に甘いものが食べられるようで、甘さ控えめを意識されているような選別ではなかった。


「ログが溜まるまでの間はどうする?ローはずっと船に籠ってるのか?」


「たいして見る物もねえしな…名前、」


ベポと美味しいね、と言いながらお菓子を頬張っていた名前が、ローの声に彼の方を向く。
こくん、と口の中に有ったものが呑み込まれたのがわかった。


「俺はずっと船にいるが…お前はどうする?」


『ん…武器の手入れ、しなきゃ』


だから私も、船にいる


彼女のその返答にどこか満足したような反応を見せたローは、部屋に戻る、と言って、名前の淹れたコーヒーと取り分けた皿を持って食堂を後にした。
どうかしたのかとは気にはなったが、どうやら機嫌が悪いわけではないと判断した名前とベポは、再びお菓子に集中し始める。
ただ一人、そこに残されたペンギンは、意味深に隠された帽子の下にある目を細めた。


「くくく…良かったな、街を散策するなんて言い出さなくて」


名前に向けられた独占欲。
果たして本人が気付くのは、一体いつになるのやら。



(んーっ、…ご馳走様でした、)
(ごちそうさまー!)
(おー。綺麗に食ってくれたな)
(美味しかった、特にタルト、)
(そうかそうか!あれはなかなかの自信作だったんだ)
(おれシュークリームおいしかったなぁ)
(あっはっは!分かった分かった、また作ってやるよ)


prev next

[back]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -