012
ペンギンに連れて来られた仕立て屋は、気前のいい中年女性が主人の雰囲気のいい店だった。
ペンギンのつなぎの背中で笑うジョリーロジャーで海賊ということは分かったのだろうが、慣れているのか、特に怯えたりする様子は見られなかった。
「コートを仕立ててほしい。デザインはこれで」
「あいよ。それじゃあ採寸しようかね」
懐から出した紙には、ローのロングコートと同じものが描かれている。
それを受け取った彼女はそれを見て、ふむふむ、と少しばかり考えると、名前を採寸するために奥へと促す。
それに従い奥へと進めば、カーテンの引かれた小さめのスペースが。
そこで、手際の良い彼女によってあっという間に採寸される。
「…アンタ、もうちょっと太った方がいいと思うよ」
『え?』
「細すぎる!」
『あ、う…』
「まぁ、害がないならいいけど…にしても、細すぎるよ」
こんな数字見たことない、と言いながら採寸結果を紙に記録していく彼女の表情は心配そうだ。
しかし、太れと言われてそう簡単に太れるものではないし、この体型で慣れてしまった以上、下手に増やしてしまえば怪我をする可能性だって否めない。
今はローの指示のもと少しずつでも食べる量を増やしているところで、彼女が適正体重になるのは一体いつの話になるのやら。
はい、おしまい、と言われ、そこから元いた場所へと戻ってくる。
待っていてくれたペンギンは既に作られた服ではなく、何やら布地の方を見ていた。
「お、もういいのか」
『ん、あっという間』
「はは、この島の仕立て屋は皆一流らしいからな」
ペンギンと名前がほのぼの、としているところに女将が割り込んでくる。
「ちょっとあんた。この子少しでいいから太らせられないのかい?細すぎるよ」
「今少しずつ食べられる量を増やしているところなんだ。な?」
『…うん、』
「そんな不満そうな顔をするな…船長も俺達も心配なんだよ」
くしゃくしゃ、と撫でまわされる頭。
彼の手が離れていったところで、少しぼさぼさになってしまった髪を手櫛で整えながら、名前の視線はペンギンの見ていた布地へと向けられた。
「あぁ、これか?」
『、?』
「アンダーシャツ、作ってもらうんだろう?良い布地が無いかって探してたんだ」
「なんだい、アンダーシャツも欲しいの?」
『あ、はい』
「じゃあコートと一緒に仕立てておくから、どんなデザインがいいか教えとくれ」
ちょいちょい、と手招きした彼女はカウンターへと戻り、ペンギンから渡されたデザイン用紙の空いているスペースに、簡単に上半身を2つ書く。
前と後ろの両方を書け、ということなのだろう。
名前は初めから決めていたのか、迷いなく口布とシャツが一体化し、袖のない、暗部の時に着ていたアンダーシャツとアームウォーマーを描いていく。
「これでいいのかい?」
『、はい』
「何枚作ろうかねぇ」
『うー…じゃあ、10枚で』
「10枚ね。色は皆黒でいいのかい?いろいろあるよ?」
『…黒で、お願いします』
他の色を着ている姿が想像できなかった名前は、その色をチョイスした。
もっと着飾ってもいいのではとペンギンは言ったが、彼とローが選んだ私服があるから必要ない、と首を振る。
確かにあんなに買い込んでいるのを見てしまえば、自分で買う物なんて無難なものでいいと考えてしまうだろう。
「コートとアンダーシャツはまとめて取りに来る。どれくらいで出来る?」
「そうだねぇ。今は祭りもないから忙しくないし…ログが溜まるまでにはできると思うよ。アンタら、今日ついたばっかりだろう?」
「あぁ」
「ノーマス島のログは4日だよ。まぁ、祭りの時期じゃないから見るものなんて能面ぐらいしかないけれど」
「4日か。まぁ、そんなものか」
「グランドラインに入って一番目の島だから海軍が多い。街に出る時は気を付けな」
「そのつもりだ」
いろんな海賊を見てきただけあって、海賊だからと差別する人間では無かったようだ。
女はそう2人に忠告までしてきた。
名前は女の眸をじっ、と見つめる…うん、彼女は信用できる。
名前の長年の勘が、そう判断した。
『すみません、聞きたい、ことが』
「ん?どうしたんだい?」
『仮面は、どこで、作ってもらえ、ますか』
「仮面?売り物じゃなくて、作ってもらうのかい?」
『はい』
そう言えば仮面が欲しいと言っていたな、とペンギンは女から、仮面を作ってくれる工房の場所を教えてもらっている名前を見た。
しかし、何故仮面なのだろうかと考えれば、そう言えば、故郷では仮面越しで会話することが多かった、とか言っていたのを思い出す。
いくら忍がポピュラーな世界だとはいえ、やはり顔は隠すことが多かったかのか…?
「本当は島一番の能面師を紹介してやりたかったんだけど、頑固親父でね…一見さんには作ってくれないんだよ」
『、そう、ですか』
「よし、と。ここの能面師も中々の腕だよ。若いし仕事も早いしね」
パチン、とウィンクを飛ばしてくる女のその言葉の裏に何かの含みを感じ、思わず苦笑を浮かべてしまう名前。
ありがとう、と礼を言い、まいどありー、と見送る彼女の声を背に受けながら、地図を片手に街を歩いていく。
紹介してくれた能面師の工房は、街の外れ、少し閑散としているところにあるらしい。
「にしても、どうして仮面を?」
『、仕事の時は、ずっと、してたから』
「仕事か…詳しい話は、話せないか?」
『…いえ……ローさんが、いる時に、』
出来れば心の準備が出来てから、と途切れ途切れの声でそう言う名前。
ペンギンは「やはり言いづらいか、」と苦笑を浮かべた。
『……あまり、綺麗な仕事じゃ、なかった、から』
「ばーか」
『!』
口では罵倒したものの、名前の頭に載せられたペンギンの手は優しく。
ぽすぽす、と何回か弾んだ後、うりうり、と頭を撫で繰り回した。
「俺たち海賊だって綺麗なもんじゃねーよ。人を殺しもするし、財宝を掻っ攫ったりもする。今更殺人鬼でしただのなんだの言われたって、うちには気味悪がる奴はいねぇよ」
ま、ビビりは多いが、と笑ったペンギン。
ばーか、と言われた時から目を見開いて固まってしまっていた名前は、おどけたように言ったペンギンの言葉にふふっ、と小さく笑った。
あぁ、もう…この人たちは、自分には勿体ないくらい、やさしすぎる。
本当に海賊なのか疑ってしまいそうだ、と苦笑を浮かべた名前の顔に、もう先程、幻滅されると心配していた時の暗さはなく。
きっと彼らになら、包み隠さず話せると、自分をあの島から連れ出してくれた、大きな背中を思い浮かべた。
「それでも…やっぱりないと落ち着かないか?」
『表情に、出やすい、らしくて』
だから、仮面で隠さないと。
確かに、声は無感情ではあるものの、それからは想像できないくらいに案外豊かな表情。
とはいえ、普通の娘に比べたら乏しいものではあるのだが。
そんな表情を隠すのももちろん、どこかスイッチのようなものでもあるのだという。
「へぇ…」
並んで歩いていると、ちょうどいいところに酒場を発見。
仕立て屋で時間をとられたわけではないが、ベポが名前と一緒にお菓子を食べようと待っている可能性も否めない。
時刻は既に2時を指していて、今から能面師のところに行って、更に酒場となるとおやつの時間を過ぎてしまう。
名前は書いてもらった地図をペンギンに渡した。
『能面師のところ、行ってくる』
「大丈夫か?」
『ん、覚えた』
いざとなったら気配を探ればいい、と簡単にそう言ってのけた名前。
ずっと付き添って拘束するのも良くないだろうと判断したペンギンは、ここで一旦彼女と別行動をすることに。
勿論ローの言葉を忘れたわけではないが、今はまだ札付きではないし、何より彼女自身が並はずれた強さを持っている。
まだ人の多く出歩いている昼間であるし、誰かに襲われることはない筈だ。
「酒を注文したら迎えに行くから、能面師のところで待っててな?」
『ん』
ふり、とペンギンに軽く手を振った名前は、くるりと前を向いて、まるで歩き慣れた街であるかのように足を進める。
シャチみたいに騒ぐわけではないし、変な問題を起こすこともない。
とはいえ、少しでも離れている時間は短い方がいい筈だ。
遂に人ごみに紛れて見えなくなった背中から漸く視線を外したペンギンは、酒場の中へと入っていった。
『……』
女主人の書いた地図の通りに歩いていけば、だんだん人通りは少なくなり、自然が多い田舎道のようなところに出てきた。
ぽつ、ぽつ、と建っているのは、普通の家、というよりは何かしらの工房のようで。
住宅街の中では建てられない様なものがここら一帯に店を構えているのだろう、と軽く辺りを見回せば、地図に記されていた位置に一軒の工房。
分かりやすいように、軒先には翁と小面、童子が一つずつぶら下がっている。
あそこか、と歩を進めようとした名前を、しわがれた声が引き止めた。
「お前さん、能面を作りに来たのか」
『…能面では、ないですが』
仮面を。
特に驚くことなく振り返った名前の視線の先には、白髪交じりの、初老の男性。
見るからに頑固そうな顔をしており、力仕事をしているのか、まくり上げられた袖から見える腕はそれなりに太く、筋肉質であるのが見て取れる。
「…お前さんの仮面、」
儂に、作らせてくれまいか
名前は目的地であったはずの工房に背を向け、初老の彼と向き合った。
(何故かはわからない)
(ただ)
(自分に、逸らされることなく向けられたその眸)
(酷く、惹きつけられた)
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