小説 | ナノ


  瞳の奥に見えた苦しみ



※目を醒ました悪夢の続き

練習がない限りは極力通うようにしていた図書館。
時間はまちまちだけれど、僕は最近はずっと此処に来ていた。
…のに。


「(最近見ないな…)」


例え名前さんが渡久地の彼女で、僕が渡久地に敵わないと分かっても。
この感情を潔く捨てることなんて出来なかった。
だからせめて、僕は名前さんが通う図書館に足を運んで、一緒に本を読んだりしていると言うのに。
最近はそんな楽しみも味わえなくて、僕の機嫌は日を追う毎に悪くなっていくのがわかる。
チームメイトも何だか近寄りがたそうにしていたけど…そんなに顔に出してたか?


「(何はともあれ、)」


彼女は本好きだし、本も本屋で直ぐに買ったりすることはない。
図書館で一度本を読んでから、その本を買うかどうかを決めるのだから、本屋で買った本で暇を潰しているとは考えにくかった。
だったらどうして此処に通わなくなってしまったのか、その理由はいくら考えても分からない。
はぁ、と溜息を止めることなく吐き出して、ふとカウンターの方に視線を向ける。
この図書館のカウンターにいる人間は毎日ころころと変わるわけではない。
勿論偶に違っていたりはするけど、殆ど同じ係員が対応しているはず…だったら


「(名前さんが来てるかどうかも分かるかもな…)」


もしかしたら唯時間がずれているだけかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、カウンターに近付いた。


「すみません」


「、はい?」


「腰までの黒髪の女の人、最近来てませんか?」


「あぁ、苗字名前さんのことですか?」


「はい」


どうやら彼女は有名人らしい。
まぁ、あれくらい綺麗だったら騒がれても可笑しくはない、か…テレビで見るモデル以上だしな。
僕の質問に答えた係員は困ったような表情で僕を見上げていた。


「最近いらっしゃらないんですけど…ご存知ですか?」


「いえ、僕も一緒に本を読むんですけど…最近見ないなと思って」


「…もしかして」


「、何か思い当たる節でも」


「、はい」


少し言いにくそうにしていた係員は、僕に言っても良いか迷っている様子。
まぁ、僕の個人的な証言では僕と彼女が友人同士だなんてそんなの簡単に信じられないのも仕方ない。
此処でアイツのことを話しに出すのは気が引けたが背に腹は変えられない。


「彼女の彼氏とは一応知り合いなので…何かあったら知らせておきますけど」


「!そうですか」


どこか安堵した様子の係員を見て作戦が成功したのだと確信する。
…全く、渡久地は一体何をしてるんだ。
こちらへ、とカウンターを別の係員に任せた係員は其処から出て、カウンターの奥のほうの部屋に入っていく。
倉庫、か…?


「もう3週間前からでしょうか…名前さん宛てに贈り物が届くようになったんです」


「贈り物?ここに?」


「はい…」


どうして図書館に…なんてそんな疑問は、係員が開けた扉の向こうの状態に消し飛んだ。
あまりにも衝撃的だったから。


「なんだ、よ…」


それなりの広さのはずなのに、一面に紫色の薔薇があって、足の踏み場もない。
幸い他の荷物をおいているわけでもないから足を踏み入れる必要も無いだろうけれど…これは酷い。


「最初は唯単に、名前さんに好意を寄せてるから、それを知らせるために贈るんだと思ってました…。一つや二つぐらいなら大丈夫だろうと思って、私も受け取ったんです。でも…」


「でも?」


「名前さんは不自然なくらい、頑なに薔薇を受け取ろうとはしなかった」


まるで其れを知ったかのように、花束の大きさは徐々に増していったのだと言う。
そして今日ではこの有様…捨てようにも、どちらの了承も得られないから捨てるに捨てられないそうだ。


「こんなの…唯のストーカー行為じゃないか」


「警察に連絡しようと思って、名前さんにも言ったんです。でも、大したことないって、警察には言わないでって…」


確かに彼女は事を大きくしたがらないだろう。
だからといってこれは放置できるものじゃない。
今は図書館の係員を介しているから、名前さん自身にはなにも起こっていないようなものだ。


「(このままだったら、いずれ名前さんにも被害が及ぶかもしれない)」


その前に、何とかしないと…。


「なあ、名前」


『なにー』


食器を洗い終わった名前が紅茶を片手にリビングに出てきた。
もう片手には俺のコーヒーがあって、それを手渡すと、名前は俺の隣に腰掛けた。


「お前さ、最近図書館行ってる?」


『、んー…』


近々手術があるから行ってないと、そう笑ったが。
その笑みを浮かべている瞳が不自然に見えたのは、きっと気のせいじゃない。


「(なに隠してんだ…名前)」



((渡久地に知らせないと…))
((聞きだせそうにはねぇな))
((大丈夫、大したことは、ない))
title:千歳の誓い



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