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  今日は君を独り占め



10月31日。
ローの誕生日の他に、この月にはお菓子の欠かせないイベントが待っている。
そう、“ハロウィン”だ。
今まではむさくるしい男ばかりだったから、このイベントに参加していたのはベポを含める一部のスイーツ男子…もう古いか。
まぁ、男所帯だとはいえ、甘いものが好きな男だっている。
そいつらが集まってこのイベントで盛り上がっていたんだが…今年からはクルー総出となった。
なぜなら…


「名前!魔女なんてどうだ!?」


「いやいや、ここは猫だろ!」


「船長のツボを狙ってシロクマっていうのもあるぞ」


「いっその事ナース!」


「うっわお前それ短すぎだろ!」


「ちなみにニーハイはヒョウ柄です」


「「「白ひげんとこのナースか!!」」」


遂にうちにも、女の子のクルーが入ったからだ。
いや、入ったっていうより、半ば船長の強制乗船のようなものだったが…本人も嫌がっているわけではなかったし、正式にクルーとして認められたからその問題には目をつぶることにする。
元々うちの海賊船に乗っている奴らは、皆揃いのつなぎを着ている。
そのつなぎは基本的に自分たち、というより、裁縫担当の奴らが作っている。
白いつなぎを縫って、その背中にハートの海賊団のジョリーロジャーの刺繍を入れるという何とも変わり映えのない仕事。
まぁ、裁縫担当の奴屋にとっちゃ誇れる仕事なんだろうが、如何せん、其ればかり作っていれば気が滅入るのも当然だ。
だからと言って他の物を作ると言っても、男の着るもの、しかも海の上の船の中なんてそうそう洒落た物なんて必要ない。
陸に上陸すれば、態々作らずとも金を払えばそれなりのものが手に入る。
そんな彼らのもとに舞い込んできた名前。
見目麗しい彼女ならば何を着ても似合うということは、仲間という贔屓目なしに見ても分かり切っていて、そこにハロウィンというイベントが舞い込んできた。
もうこれは彼女の衣装を自分たちで作るしかないと、そう決意したのは1か月も前のことらしい。
完成品を手に名前のもとに押しかけてきたあいつらの手には、その手の専門職の人間もびっくりな完成度のものが携えられている。
まさか自分にこんなものが用意されていたとは露に思わなかったであろう名前はひたすら困惑した表情を浮かべるだけで、おろおろしてるがな…。
まったく、アイツらは少し遠慮というものを知ったほうがいいと思う。


「おいお前ら、名前がびっくりしてるだろう」


「ペンギン!」


「なあなあペンギン!どの衣装が一番似合うと思う!?」


その話題を俺に振るのか、呆れたような表情を浮かべながら、そいつらの手に有る物に視線を向ける。
…やはり、見れば見るほど無駄に完成度が高い。
お前ら自分たちの仕事もやりつつこんなことができるなら普段からしっかりやれと言いたいところだったが…揃いも揃って深く被られている帽子の奥の目の下に隈をこしらえているなんてことはとっくの昔に気付いているため何も言わないでおこう。
勿論名前も知れに気付いていて心配していた…喜ばせたいのは分かるが本人に心配を掛けないようにうまくやれと言いたいものだ。


「…猫だろ」


「うおっしゃ!!じゃあ名前、あっちで着替えてこようぜ!」


『え、っ!?』


猫を準備したのは…バンダナか。
アイツ、シャチに次いで手先が器用だからな…シャチはローに色々と雑用を押し付けられてしまっていたようで今年は不参加だそうだ。
名前の腕を引っ張って奥へと入っていってしまった2人の背中から目をそらすと、そこには選ばれずに悲しみに暮れるクルー。
…そんな恨めしそうな目で見るな。話を振って来たのはお前らだぞ。


「くぅぅぅうう!何で猫なんだよペンギン!いや確かに猫も捨てがたかったけど!!」


「どうせなら全部着てくれればいいのに!」


「船長に許可をとるんだな」


「「「無理に決まってんだろ!!」」」


そんな綺麗に声を揃えて否定しなくてもいいじゃないか。
結局、打ちひしがれていた奴らが作った服は後日、名前に着てもらうことで落ち着いたらしい。
そんな風に沸き立つ船内。
とはいえ、仕事がなくなるわけでもなく、いつも通り仕事は舞い込んでくる。
俺は海図と睨めっこ。
そんなに急を要するものではないが、万が一のために把握していたほうがいいことは山ほどある。
そんなこんなで、今日も自室兼航海室に半缶詰め状態だったのだが。


こんこん、


「、どうぞ」


『失礼、します』


「名前か」


名前の綺麗な白銀の髪に上手く同化するように作られた猫耳と尻尾が、歩くたびにふわふわと揺れて、本物なんじゃないかと錯覚してしまうほどの出来栄え。
手にしている盆には、コーヒーとちょっとした菓子が載せられているようだ。


『ふふ…trick or treat、じゃないよ?』


「いいのか?ハロウィンの醍醐味だろう?」


『ペンギンには、いつもお世話に、なってるから』


今日はそのお礼、とはにかんだ名前は手にしていた盆を、机の空いているスペースに置いた。
菓子は、クッキーやらマカロン、マフィンと言ったものが少量ずつ乗せられている。
コーヒーには、


「お…ベポか?」


『ん…ラテアート、初めて』


「上手いな。飲むのがもったいない」


『ふふ、ローさんと同じこと、言ってる』


「船長と?」


あぁ、あの人はベポのことも気に入ってるもんな、そりゃあ言うか。
惚れてる女がこんな可愛いものを持ってきて『いつもの御礼』だなんて言ったら喜ばない男はいない。
勿論それはあの色男も変わらないだろう…まったく、美味しいところは掻っ攫っていきやがって。


「じゃあ、俺からも」


『え?』


毎年ベポがせびりに来るんだ、勿論用意してないだなんてことはない。
それに名前に渡そうと思って用意していたものもあることだ…今渡さなければ彼女はローに捕まって今日は会うことは出来ないような気もする。


「何時も頑張ってるご褒美、な」


『…御礼の意味が、無い』


「いいんだよ、そんな気なんて遣わなくて」


綺麗にセットされている猫耳を崩してしまわないように頭を撫でる。
頭小さい…力のあるやつが握ったら潰れてしまいそうだな。
どこか納得していなさそうな表情だが、気付かないふりをすれば名前がそれについて追撃してくることはない。
俺のところに来る前に一度ローのところに行ったであろう名前をそろそろアイツのところに返さなきゃ、機嫌も悪くなるかもしれないが…今日ぐらいは許してほしいものだ。


「名前、これから休憩するところなんだ」


『、?』


「付き合ってくれないか?一人でここに籠っていると気が滅入るものでな」


『いい、の?』


「あぁ。俺の冷めないうちに名前の分の飲み物も持ってくるといい」


『うん、』


ふわ、と小さく笑みを浮かべた名前は足早に俺の部屋を後にする。
いつもアンタの傍にできるだけ名前がいるように気を回してるんだ。
今日ぐらい、俺が一緒に居たってかまわないだろう?
なあ、ロー、俺へのご褒美ってことで、見逃してくれ。
そろそろイライラし始めるであろうローがシャチに八つ当たりをしている様が簡単に想像できて。
それでも今日ぐらいは、彼女とゆっくりするのもいいじゃないかと、独り言ちた。



(折角にゃんこコスしてもらったのに!ペンギン部屋に連れ込みやがったな!)
(俺たちの癒しを返せー!)
(((返せー!)))
(外が騒がしいな…そう言えば、ローが来ないなんてな…(てっきりあいつらみたいに押しかけてくると思ったが))
(あ…ローさんから、伝言)
(ん?)
(今日一日だけだ、だって。何のことかは、わからない、けど)
((あぁ、なるほど))


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