小説 | ナノ


  006



あの後、風邪をひく前にとペンギンにお風呂に案内してもらった名前。
しかし服がなかったため、結局再び、ベポが持ってきたローの濡れていないパーカーを借りることになってしまった。
黄色と黒のパーカー、胴の部分には、ハートの海賊団のジョリーロジャーがプリントされていて、なかなか可愛い。
彼は同じ服を何着も持っているのだろうか、とそんなことを考えながら、風遁で起こした風で髪を乾かす。
服もこれで乾かせるのだが、海水につかってしまったから一度ちゃんと洗った方がいいだろう。
因みに下着は一着しかなかったので、お風呂の中で洗って乾かしたものを着用している。
鞄の中から持ってきたオーバーニーを履いて、靴を打ち付けて整えたところで浴室の扉がノックされた。


『ベポ?』


「そー!おれ!よく分かったね!」


開けてもいい?と律儀に聞いてくるベポにいいと言えば、開けられる扉。
そこには嬉しそうに顔を綻ばせる大きなベポが立っていた。


「甲板で名前の歓迎会だって!」


『、歓迎会?』


「おれたちは宴が好きだから!」


にこにこと笑むベポに、名前の顔も綻ぶ。
そんな彼女の小さな手を、ベポの大きな手が握った。


「おれね、名前が仲間になってくれてすっごく嬉しいんだ」


『、どうして?』


「皆、初めて見た時はおれのこと気味悪がるんだけど、名前は初めて俺を見た時もそんな反応見せなかったから」


『…喋る犬とか、知ってるから』


彼女が言っているのは幼馴染だった男の口寄せ動物のことだろう。
懐かしい思い出に軽く意識を向けていると、隣にいたベポはそれでも、と続ける。


「嬉しかったんだー。キャプテンもきっと喜んでる!雰囲気で分かるよ!」


動物は何かと鋭い。
ベポがそう言うのならきっとそうなのだろう。
多分、新しいクルーが増えたとか、戦力が増えたとかそういうことだと、名前は自分の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれるベポの隣で、ぼんやり考える。
辿り着いた一つの扉の向こうには、多くの気配が。
クルーたちが集まっているんだろうな、と考えていると、ちょっと待ってて!という声とともに、ベポだけが扉の向こうへ。
こしょこしょ、と何か話している声がかすかに聞こえたかと思えば、しんと静まり、がちゃっ、と扉が勢いよく開けられる。


パンッパパンッ


「「「ようこそ!ハートの海賊団へ!」」」


宙を待った紙ふぶき。
まさに海の男と言わんばかりのもので、大きさはバラバラではあるが、態々こんなものまで用意するなんて…なかなか芸が細かい。
名前は驚いたような顔でその場に立っていたが、ローにちょいちょい、と指で呼ばれてそちらに歩を進める。


「てめぇら!新しいクルーだ!」


『え、と…苗字名前、です…よろしく、お願いします』


ぺこ、とシャチたちに自己紹介をした時と同じように頭を下げれば、うぉぉおおお!と野太い歓声が上がる。


「女の子だ!!」
「しかも美人!!」
「いやあれは可愛いだろ!!」
「癒しぃぃいい!!」
「むさくるしくない!!」


彼らの声に大げさな、と心中そう思うものの、涙ぐんでいるものもちらほら見られるので、本心なのか、と意識が遠くなる。
まぁ、確かにこんな男所帯、見た限り女性の姿はない。
海の上だからと、男女の交わりで性欲を処理することは我慢できても、目の保養も全くないのはつらいのかもしれない。
“海の上”を“任務中”に言い換えた、全て部下の受け売りだが。
始まった頃はこれからよろしくという意味も込めてクルーたちに酌をして回っていたが、ちょいちょい、とロー呼ばれ、促されるままにその場に腰掛けた。
彼女の仲間入りを歓迎してくれたクルーたちは、飲めや食えやの宴会状態。
海賊は騒ぐのが好き、とはよく聞くが、この海賊団も例外なくそういうタイプなのだろう。
静かすぎるよりは、いいのかもしれない。


「酒は飲めるか」


『少しだけ…』


未成年ではあったが、付き合いで少しは飲んだことがある。
向こうでは火遁の術の威力を増すための媒体として使っていたものの、飲み込むことはなかった。
ペンギンから手渡された、ジョッキに入れられた酒。
こくり、と口に含めば甘い果実酒だったようで、甘いものが好きな名前は目を輝かせ、それを見ていた周りのクルーの顔がだらしなく緩む。


「…可愛いな」


「…あぁ」


彼らがそんな会話をしているとはつゆ知らず、どこか言葉がたどたどしい名前に、ローが喋るのが苦手なのかと尋ねれば、こくり、と素直に頷く。


『…故郷では、喋っても仮面越しか…言葉にしなくても、会話、出来てたので…』


身体能力云々がそのまま引き継がれているのと同じように、さっほど使われることのなかった喉の状態もそのまま引き継がれる。
向こうでは、火影に任務の報告をしたり、忍術を発動するとき以外は喉を一切使ったことが無かったのだ。


「成程な…ほとんど喉を使っていなかったからか」


くいっ、と顎を持ち上げれば晒される白く細い首筋。
無防備に晒されるそれにぞくりと、何かが背中を駆け上がっていくのを感じて咄嗟に手を放してやれば、名前は何事もなかったかのように再びジョッキに口をつける。


「なあ、名前、気になってたんだが」


聞いてもいいか、というペンギンに頷く。
因みにローの隣に名前、そのまた隣にペンギンが座っているという構図だ。
ベポとシャチは向こうの方で騒ぎに混ざっている。


「あの時、海の上に立っていたんだよな」


こくん、と頷いた名前に、ローが続く。


「そういえば、海に入ったときも足を動かさずに浮上してたな」


海の中でも能力が使える、ということから、名前が悪魔の実の能力者であるという可能性は消える。
名前はどう説明しようか、と逡巡し、口を開いた。


『嘘は、つきたくないので…正直に話すと…私は、この世界の人間じゃ、ないんです』


「「!?」」


『“向こう”で、死んだ記憶は、あるんですが…でも、気付いたら、あの島に』


それから、身に付けているもので売れそうなものを売り、小さな金で部屋を借りてあの店に雇ってもらった。
向こうで使えていた身体能力も術もそのまま使えるのだという。
俄かには信じがたいものではあるが、こんな澄んだ瞳の人間がそう簡単に嘘をつくとは考えられないと、ローもペンギンもその話を信じた。
それから、たどたどしい説明を続ける。


『私は、忍でした』


「シノビ?」


『隠密行動とか、暗殺とかを、主に』


「ほぉ…で、もしかしてその忍ってのは皆そんなのが使えんのか」


『殆どは…チャクラというものを媒体に、水の上に立ったり、木に、ぶら下がったり…あと、術を、繰り出したりします』


「術?」


『えと…じゃあ、簡単、なのを』


首を傾げた彼らに簡単なものを見せようと、ぱぱっ、と印を組んだ名前。
ぼふんっ、という音と共に、一つの人影が現れる。


「名前が、2人!?」


『分身の術、です』


触れるのか、と恐る恐ると言った様子で分身に手を伸ばしたペンギンが、ふにふに、と頬をつつく。
分身はぱちぱち、と目を瞬かせたのち、やめて、と言わんばかりにその指をきゅ、と握った。


「(分身も可愛いってどういうことだよ…!)」


『ある程度は、戦えます、けど、怪我をすれば、消えます』


チャッ、と何処からともなく出したクナイで、分身を軽く傷付ければ、それは呆気なく消え去る。
それから、チャクラの性質、基本的に上忍レベルならば、使える性質が2つか3であること。
自身は修行の末に5つ、さらに同時に性質変化を行えるようになったことで、更に5つの性質等が扱えるが、やはり火遁は若干苦手であるということ。
寧ろ、チャクラを糸状に伸ばし、それで相手を縛り上げたり切り裂いたりする方が楽であるということなど、彼らの質問に答えるように説明を続ける。
ローもペンギンも頭脳派であるため、興味深いと言わんばかりに名前の話に聞き入っていたが、ひょこり、と現れたシャチに、難しい話してんなー、と話題を遮られた。


「シャチ、」


「せっかくの歓迎会なんだぜ?難しい話してねぇで、名前も食えよ」


取って来たんだー、とベポが差し出してくれた皿の上に盛られた料理。
彼女くらいの女でも食べられるような量であったが、名前は申し訳なさそうに眉を下げた。


『…多い』


「は?これでか?」


「船長と同じ少食かー?」


「俺は少食じゃねぇ」


とりあえず食べれるだけ食べてみな、というシャチに促され、ベポから皿を受け取り、その上の料理をつつくこと暫く。


『…ご馳走様でした』


「はあ!?半分も食ってねーじゃん!」


本当に足りるのかよ、という声に頷く名前だったが、彼女の両隣に座る人間がそれを許すわけがない。


「だからそんな軽いんだ。もっと食え。医者として見逃せねえ」


「ほら、あー」


『んむっ』


ペンギンに口の中に突っ込まれる料理。
いつまでも口の中に入れているわけにもいかないので、口の中の物を咀嚼し何とか飲み込むが、それを確認されると待ったなしにさらにもう一口。
徐々に苦しげな表情になり、じんわりと涙が浮かぶ。
逃げられることなら逃げたいが、体はローの腕に拘束されているため逃れられない。
お腹いっぱい食べられるのは幸せなことなのだろうけれど、無理やり食べさせられるのがこんなに辛いとは…どんな拷問よりも(経験したことないけど)辛いかもしれない、と考える名前。
そんなことなど知らぬと、彼女の口に料理を運び続けるローとペンギンは、心なしか楽しそうだった。


「アイアイ、2人とも楽しそう」


「あー…船長もペンギンもドSだからなー…」


まさか彼女がその餌食になるとは、とシャチは、心の中で合掌を送ったという。



(も、無理…)
(ほら、あとちょっとだから頑張れ)
(口移しで食わせてやろうか?)
(!?)
(くくっ、冗談だ)
(…(冗談に聞こえなかったが…))


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