004
『…で、』
何故私はここに…、という言葉に返って来たのは、ベポの「わーい!名前もおれたちの仲間になったー!」という賑やかな声だけ。
そうじゃなくて、とがくりと肩を落とした彼女の肩に、ぽん、と手が載せられる。
『、えと…?』
「自己紹介がまだだったな。このハートの海賊団の航海士兼戦闘員のペンギンだ」
「同じく戦闘員のシャチな!」
よろしく、と楽しげな彼らにすっかり毒を抜かれた名前は、『名前、です。よろしく、お願い、します』といって、ぺこり、と頭を下げた。
よろしく、と爽やかに返してくれたペンギンに対し、シャチは「可愛いー!」と言って抱き付いてきた。
『!?』
「おいシャチ!」
「何これすっげえ可愛いじゃん!見た目綺麗だけど仕草とかめっちゃかわ「気を楽にしろ、シャチ」げっ…」
思いもよらぬシャチの行動に対応できなかった名前は、驚いた表情をしながらも彼に抱き付かれたままで、そんな突拍子もない彼の行動に溜息をつくペンギン。
可愛い可愛いと興奮した様子のシャチに降りかかったのは、船長であるローの冷たい声。
シャチの体温が離れていくのを感じたその直後、名前の眸に信じられない光景が映る。
『な、えっ…!?』
Room、という発音の良い声の後に走るローの長刀の太刀筋。
自分のクルーであるはずのシャチに容赦なく手を出したこと、そして、
「あ、相変わらずひでえ…!」
バラバラにされているというのに、尚も喋り続けるシャチ。
痛いという感覚はないのか、苦悶の表情はないものの、戻してくれー!と声を張り上げている。
ペンギンがやれやれ、という反応を見せることから、日常茶飯事に近い行動なのだということは何となくわかるのだが…。
それにしても、生首が転がって騒いでいるこの光景は何とも不気味だ。
恐る恐る、と言った様子で名前はシャチの生首を両手で持ち上げる。
『凄い…』
「船長は悪魔の実の能力者なんだ」
『悪魔の実の…』
こちらに来た時に、一通りの知識はかき集めた。
その中に、確かに“悪魔の実”を食べて特殊な能力を手に入れたという、悪魔の実の能力者が存在しているという知識があったのをよく覚えている。
忍のような忍術とは違うらしいそれを、一度は見てみたいと思っていたが、まさか自分を攫った海賊船の船長が、悪魔の実の能力者だったとは。
「名前を攫ったのも船長なんだぜ」
『!、サークル…!』
こちらの世界では、任務だなんてものからは離れていたが、向こうで身に付けていた身体能力も忍術も使えるままだ。
普通の人間相手ならば絶対につかまるだなんてヘマはしないのだけれど、出勤途中に自身の周りを囲んだ水色の透明なサークル。
は?という疑問を口にする前に景色が変わり、両足が地面から離れていて。
気付いた時には不敵な笑みを浮かべているこの船の船長の腕の中にいて、そのまま船に連行。
…まぁ、確かにそろそろ別の島に行ってもいいかなあなんて思ってはいたが、あまりにも突然すぎて着替えなんて一着も持ってきてない。
鞄の中にある程度のお金と、汚れた時のためのオーバーニーとその他もろもろは入っているがその程度。
忍具は一つの巻物に収納して持ち歩いていたため、全て揃っている。
全部向こうに置いてきたら間違いなく泣いていただろう。
「“死の外科医”トラファルガー・ロー」
名前の手の中にいたシャチの頭をむんずと掴んだローは、それをペンギンの方に投げる。
もっと優しく扱って!という声など聞いていないかのように自己紹介をしたローは、自身を見上げる名前の白く肌触りのいい頬に指を滑らせる。
「お前がこれから乗る船の、船長だ」
拒否権など認めないと言わんばかりの、確信めいたその声。
自分はそう簡単には驚かない人間であると思っていたのだが、彼らには驚かされてばかりだ。
周りのクルーたちも既に歓迎する気満々で。
ここには疑うということをする人間はいないのか、と疑うことも生業の一つであった名前は困惑する。
『いいんですか、そう、簡単に…』
「なにがだ」
『信用できると、決まったわけじゃ』
「勘だ」
『勘…?』
きゅ、と寄せられた眉。
ローの長い指が伸ばされたと思ったら、眉を寄せるな、と言わんばかりに眉間の間をぐいぐい、と押される。
寄せていた眉を戻せば、がっ、と両手で掴まれる頭に驚き目を見開く。
目の前には、ローの不健康な隈があれども整った顔があり、自分の眸を、彼の灰色の眸が貫いているのが分かった。
「お前の目は、一度仲間になった人間を裏切るような目じゃない」
『っ、』
「逆に考えねえのか?俺達がお前を利用するとは」
ローのその言葉に、驚きながらも閉ざしていた口を開く。
『…利用したいなら、店の誰かを連れてくる筈』
昨日の戦いを見ていた彼らなら、名前が店の彼女らのために戦っているのは明らかだったし、相手が小物だったとはいえ、いとも簡単に倒して見せた彼女の力は未知数であると分かっているはず。
自分たちの力が絶対的に名前よりも勝っているという自信を持っていない限りは、縄で縛りもせず、人質も取らずにこんな風に出迎えたりなんかはしないだろう。
もし、本気で名前を利用しようと考えているのなら。
「なるほど、いい考えだ。ますます気に入った」
「すげー…そこまで考えてたんだな」
「お前はもう少し考えた方がいいな、シャチ」
「ペンギンひでえ!っつーかさっさと戻してくれよ!!」
やいのやいのと騒ぎ始めてしまった外野。
話がそれてしまったか、と心中でそう考えた名前は自分の顔を掴んだままのローに視線を向ける。
『…利用する気がない、のは…分かって、ました』
「そうか」
『なら、何故』
「何がだ」
『私は、貴方たちに信用されるようなことは、何もしていない』
「そんなことはねぇさ。なぁ、ベポ」
ようやく解放される頭。
ローの身長が高いため、彼が軽く背中を曲げてはいても、軽く首を引っ張られていたようなものだ。
千本を仕込んでいるため高いヒールの靴を履いていても、やはり彼には到底及ばない。
伸ばされた体をほぐしながら、名前はロー、そしてクルー全員の視線が向けられているベポに眸を向けた。
「うん、だって、名前はおれのこと全然怖がらなかったし、アイスも買ってくれた。買い物にだって全部付き合ってくれた!」
『…それだけ?』
「うちはクルーを大事にしてんだ、十分だろ。それでも納得できないっつーんなら…」
きょとん、と目を見開く名前に肩を竦めたロー。
クルーたちにとっても、理由はそれだけで十分らしいが…本当に彼らは海賊なのかと疑いたくもなってくる。
だがそれは裏返せば、彼の言うとおり仲間意識の高い海賊なのだろうとも考えられた。
そんなことを考えているうちに、ローが手にしていた長刀をベポに投げ渡す。
難なくそれをキャッチしたベポは、それを大事そうに両手で抱えた。
「てめえら、手、出すんじゃねえぞ」
ローの言葉に了解と言わんばかりに返された声。
見てろ、とすれ違いざまに言われながら、するり、と頬をローに撫でられた名前は、自分に背を向けて甲板の端の方に歩いていく彼の後姿を見送る。
彼が一体何を考えているのか、読心術で見破ってしまえば一発なのだろうが、どうも名前には、そうしようとする気が起きなかった。
彼が一体何をしようとしているのかが分からないと、顔を顰める名前。
ペンギン、シャチは全く、と言わんばかりに困った様な顔をしていた。
「名前、俺は、お前が信用に値する人間だと思ってる」
鼓膜を揺らしたその声の主の行動に、名前の金色の眸が見開かれた。
(分からない、)
(どうしてあなたたちは)
((私を、信じてくれるの?))
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