小説 | ナノ


  003



翌日の夜。
ハートの海賊団はペンギンが話を付けた、この島で一番だという酒場に足を運んでいた。
女も酒も一級品らしいが、何より料理が美味いらしい。
腹を空かせた男たちが店の中に入れば、そこには綺麗な女、そして美味しそうな匂いが充満していた。


「「「いらっしゃいませー」」」


ハートが飛んできそうな声色。
女に飢えた男たちには魅力的なものだっただろう。
先頭に立っていたローが中央付近にあるソファに腰掛ければ、それに倣ってクルーたちも好きなところに腰掛ける。
そこにはベポの姿もあったが、昨日の様に怯えられる様子はない。
恐らく海賊が来るからと身構えていた為、それが功を奏したのだろうと解釈して、次々と運ばれてくる酒、そして美味しい料理に手を付ける。
ローは両側に綺麗な女を侍らせているというのに機嫌が悪いのか、顔を顰めていた。


「船長、そう簡単に見つかるわけないじゃないですか」


「チッ…やっぱそう上手くはいかねえか…」


「なあに?探し物?」


空になったローのグラスに、度数の高い酒を注ぐ女は、艶やかな笑みを浮かべる。
まぁな、と軽く流したローの傍にいたベポは、やっぱり名前の笑顔のほうが好きだ、とそんなことを考えていた。
ハートの海賊団は、ローが医者であることもあってか、無駄な命の取り合いはしない。
こうして酒場に来ても、そう問題を起こすことは滅多にないのだ。
逆に、問題を起こすのは…。


「酒と女を出せえ!美味い料理もなあ!!」


…力もないのに威張り散らす、こういった小物なのだ。
店の入り口にはちゃんと、ハートの海賊団御一行様貸切、と書かれた立て看板があったはず。
彼らが扉をけ破る前に聞こえた破壊音は、恐らくその立て看板を破壊した音なのだろう、薄汚いその連中は小物臭をまき散らしている。
ハートのクルーたちはどうします、という視線をローに向けるが、彼は興味ないと言わんばかりにソファに深く腰掛けている
相手の船長と思しき男はそんなローに視線を向けるが、こちらも興味ない、と言わんばかりの態度を見せた(顔が若干引きつっていたのには目をつぶってやろう)。
困ります!という男店員を突き飛ばし、空いている席へと進んでいく彼らにフラストレーションの上がるハートのクルーたちだったが、構うな、というローの言葉と同時に再び元の空気に戻っていった。
客が増えれば、ハートのクルーたちとともにいた女たちもそちらに行かなければならなくなる。
しばらく後に、言い争う声が店内に響いた。


「やめてってば!」


「いいじゃねえか、なあ?」


「きゃあっ!離して!!」


「俺たちゃ海賊だぞ!?従え!!」


店の奥の方を陣取っているハートの海賊団。
嫌でも視界の中に入ってくる嫌がる女と迫る男のやり取り。
見慣れたものではあるが、やはり気分の良いものではないと、顔を顰めていると。


「ちょっと、アンタ、名前呼んできて!」


「え、でも名前さんは今料理を…」


「こうなったら仕方ないでしょ!?うちじゃ戦えるのはあの子しかいないんだもの…」


こしょこしょ、と行われる小声の話。
勿論傍にいるローが聞き逃すはずもなく、ベポやペンギンの耳にもその声は届いていた。


「え?名前がここに居るの!?」


きらきらと嬉しそうに表情を輝かせるベポ、目的の女がここに居ると分かったからか、不機嫌そうなローの顔は消え、ニヤリ、と顔を歪める。
ペンギンはやはり一般人じゃないのか、とそんなことを考えながら、店のカウンターの奥へと駆け足で消えていく女の後姿を見送った。


「いいからさっさとついて来い!」


「痛い!!離っ、」


『その手を放せ』


それまで騒がしかった店内が一気に静まりかえる。
凛としたその声色は、昨日のベポが聞いたものよりもずっと冷たいものだった。
カウンターの奥から現れたその人物に、その場にいる人間がほう、と見惚れる。
その店の女たちのレベルはもちろん高いが、彼女はその上をいく、まさに別格という言葉が相応しい容姿をしていた。
その手には綺麗に磨かれたお盆と、銀食器のナイフとフォークが何本か握られている。


「へぇ…もっといい女がいるじゃねえか」


にたり、と汚い笑みを晒す男に無表情のままの彼女は、もう一度、その手を放せと男に言う。


「アンタがこっちに来たらいいぜぇ?」


その言葉に深いため息をついた彼女だったが、次の瞬間には、ゴンッという音とともに男の顔にお盆がめり込んでいた。
何時の間に投げたのか目視できなかったローは目を見開き、解放されて逃れてきた女をローたちのところに避難させている彼女を見つめた。


「いいぞー!名前ー!もっとやれー!」


『…人が片付けるからって…』


カウンターに隠れながら応援する店主に呆れたような視線を送りながら、船長と思しき男を潰した名前に敵意剥き出しに襲い掛かる船員たち。
華奢な女一人にやらせるわけには、と加勢しようとしたクルーたちを止めたローは、面白いと言わんばかりに彼女の身のこなしに魅入っていた。
鳩尾に膝蹴り、延髄に手刀、喉仏にヒールを喰いこませながら、細く長い足で顎を蹴りあげる。
男たちが刀や銃を取り出そうとすれば、手にしていた銀食器ではじき落とし、その隙に急所に一発で沈めていく。
無駄のないその動きは、一般人とは思えない。
相当な手練れだと、ローは口角を上げ、クルーたちはいつの間にか「いいぞ姉ちゃん!」「ヒュー!かっこいい!」と完全に野次馬と化していた。


『…雑魚』


「てめっ…よくも…!!」


最後に残された一人が、うぉおおおお!と叫びながら突っ込んでくる。
その手には刀があったが、彼女は別段弾こうともせずに男を待ちかまえ、その鈍い太刀をかわすと、


バキィッ


「う゛っ…!!!」


容赦なく男の急所、股間を蹴りあげる。
とんでもない音がしたので…おそらく彼の大事なところは再起不能になったことだろう…思わず自身の大事なところを抑えるクルーたちには目もくれず、あっという間に片を付けてしまった彼女に視線を送り続けるロー。
そんな彼女がローを振り返る前に、ドスンドスン!と彼女に近づいていく大きな影。


「名前ー!」


『、ベポ?』


「やっと会えたー!強いんだね!すごい!!」


『っ』


ひょいっ、と抱き上げられてしまった名前は小さく声を漏らすものの、もふもふ、というベポの柔らかい意識を持っていかれてしまったのか、離れることはせず、その細い指で柔らかい感触を堪能している。
因みに沈められた男たちは男の店員たちの手によってロープで縛られ、店の外に引きずり出されていた。


「名前ちゃんありがとー!」


『怪我がないなら、それで…』


「アンタホント強いわねぇ」


ベポに抱えられながらそんな会話をする。
とはいえ、名前は無口なのか、応答はするもののあまり会話は続かない(周りの彼女らに気にした様子が見られないから、きっといつものことなのだろう)。
ふと、ベポがローを見れば、それに気づいた彼がちょいちょい、と指先でベポを呼び寄せる。
ベポに抱えられた名前も必然的に彼のもとに行くことになり。


「ベポ、そいつを寄越せ」


『!?』


「アイアイキャプテン!」


ベポに降ろされた先は、ローの隣のソファではなく、彼の足の上だった。
まさかの置き場所に立ち上がろうとするものの、ぐいっ、と首に腕を回されて体を引き寄せられてしまえば、それは叶わない。
え、え、と内心困惑している彼女に小さく笑ったローが言い放つ。


「お前、俺の船に乗れ」


ペンギンやシャチと言ったクルーから向けられた視線は、皆一様に同情の視線だったと、後にベポは語る。



(突然の勧誘)
(戸惑う白銀と)
(不敵に笑う、死の外科医)


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