小説 | ナノ


  大人しいとなんだか寂しいです(…気のせいでした!)



これまでのリヴァイの名前へのセクハラ、盗撮、堂々としたストーカー行為、極めつけな貞操危機発言。
名前の存在が、調査兵団内の士気を左右する大きな存在であるということを知っているエルヴィンが、そんな目に余るようなリヴァイの行動をこれ以上許すはずもなく(たとえ本人が許していても、と言うより彼女はリヴァイの真意に全くと言っていいほど気付いていないのだが)。
副兵長と言う、実質兵長補佐である名前とリヴァイを、調査兵団団長と言う権力を使った、正に職権乱用と言わんばかりの命令で引きはがしたエルヴィン。
基本的に上の命令に従順な名前は、疑問を浮かべながらもその命令を承諾。
リヴァイも基本的に規律云々と言った、上からの指示を守る男ではあるのだが、今回ばかりの命令には賛同できなかったらしく、エルヴィンに抗議しようとしたのだが。


『リヴァイさん。お仕事がんばってください、ね?』


私も頑張ります、と続いたのだが、残念ながらここまでは届いていないようで、リヴァイの頭の中では、ひたすら『リヴァイさん。お仕事がんばってください、ね?』という言葉だけが何度もリピートされた。
とどめと言わんばかりに、ね?と言うのと同時にこてん、と傾げられた首。
世間一般的に見ても十分可愛いその仕草をして見せた名前にリヴァイがノックアウトされるはずもなく、ぶしゅう、と赤い血を鼻から撒き散らしながら、ばたんと後ろに倒れるという何とも情けない結果に。
エルヴィンに分かれて仕事をする間のことを詳しく聞くために名前は団長室に残り、リヴァイは出血多量のために医務室へと運ばれた。
因みにリヴァイを運んだ兵士の話によると、譫言のように「あぁ…いいな…結婚しよ…」とひたすらぶつぶつと喋りつづけていたらしい。ホラーか。
結局、そんなこんなで、通常通り、旧調査兵団本部にて仕事をすることになったリヴァイと(ただし、缶詰でそこから出られないというオプション付き)、期間を設けて現本部でエルヴィンの補佐やハンジの手伝い、訓練兵への臨時指導、加えて自身の仕事といった多忙な仕事をこなすことになった名前。
なぜ彼女にこんなに仕事が多いのかと言うと、其れにはちゃんと理由があった。
科学班の手伝いをしていただけあって、容量が良く、異常なくらい書類を捌くのが早い彼女ならばあっという間に仕事を終わらせ、旧本部で仕事をしているリヴァイの手伝いに行ってしまうのではないかと言う危惧があったからである。
もちろんリヴァイとあってはならないと言ってしまえば一発ではあるのだが、そう言ってしまえば余計な心配をさせてしまうのではという意見もあったため却下されていた。
対してリヴァイ自身の方は自分の班の部下を持っているし、エルヴィンからのきついお灸の末に与えられた仕事と、外出禁止令、もしそれを破った時の…という幾重にも用意された縛りのおかげで身動きが取れない状態だ。
まぁ、リヴァイの方はこれまでの行為を考えれば当然の仕打ちではあるのだが、名前の方は完全なとばっちりである。
それでも快く承諾したのは彼女がやはりお人好し、と言うか頼まれたら断れない性分の人間だからだろう。


『…ふぅ』


食後のコーヒーを飲んでいる名前は一人、食堂の隅の方で小さく息を吐いていた。
あぁっ、副兵長が何やら落ち込んでいらっしゃる…!
今すぐ駆け寄って話を聞きたい衝動に駆られるが、直後鳴った、昼休み終了の鐘。
兵士たちはこれから午後の訓練や演習に向かわなければならないため、しぶしぶ彼女の傍を離れていく。
名前は別の仕事があるので、彼らとともに行動する必要はなく、挨拶をしていってくれる兵士たちを小さく手を振って見送っていった。
そんな中名前の前に腰掛けてきたのは、眼鏡をかけた分隊長だった。


『?ハンジさん、昼休憩は終わりましたよ?』


「あぁ、大丈夫大丈夫、名前と似たような感じで遅めに休憩に入ったからさ」


『そうですか、お疲れ様です』


「名前こそお疲れー。いつも以上に仕事こなしてるんでしょ?大丈夫?無理してない?」


『ふふ、大丈夫ですよ』


事務仕事には慣れてますから、と笑っては見せるものの、やはりどこか覇気がない。
はてさて、これは一体どういうことかな、と考え込むハンジ。


「(名前は自分で解決できちゃうようなことはほっとんど表に出さないし、自分に関することだったらあっさり口にできちゃったりできなかったり…まぁ今までそんな事態が無かったっていうのもあるんだけど、さ)」


ぐるぐると考え込んだ結論、彼女の悩みは彼女自身ではなく、他にあるのではないか、と言うことで。
だったら一人でうだうだ悩んでいるよりも誰かに助言をもらった方がいいに違いない!とハンジは閃き。


「…で、私のところに来たと」


「あはー、仕事中ごめんねー、エルヴィン」


やれやれ、と言わんばかりの表情を浮かべて二人を部屋に招き入れたエルヴィン。
その表情の原因は主にハンジにあるのだろうが…。
それでも追い返す、と言うことはせずにお茶を淹れてくれているあたり、やはり紳士と言うかなんというか。
かちゃり、と自身の前に用意された紅茶にハッ、とした名前は、申し訳なさそうにエルヴィンを見上げた。


『すみません、お仕事中なのに…』


「いや、いいんだ。名前のおかげで書類も前倒しできてるしね」


「そーそ!もっと甘えればいいんだよー」


ぽすぽす、と小さな頭を撫でてきたハンジに、巨と、とした名前だったが、小さくはい、と笑ってティーカップに手を伸ばした。


「(あぁー!もーかっわいいなああ!)」


「(そんなことはとうの昔に分かっているだろう)」


「(…エルヴィン、お願いだからエルヴィンまでリヴァイ化しないでね?)」


「(…努力する)」


曖昧なその返事においいいと突っ込んで居るハンジのことなど眼中に入っていないかのように、エルヴィンは紅茶でほっと一息ついている名前が腰かけているソファの向かいに座る。
さて、と名前に溜息の原因を問うた。


『…そんなに表情に出てました?』


「うーん、表情っていうより、雰囲気かな?いつもより元気がなさそうだった」


『そうですか…』


「何か思い当たる節があれば話してほしい」


優しい声色でそう言ってくる二人に、あぁ、心配をかけてしまったな、と申し訳なくなる名前。
ここでなんともない、と言えるくらいなら初めから表情に出ていないだろう、と自己完結した名前は、実は、とティーカップに両手を添え、その水面に映る少ししょげた自分の顔に苦笑した。


『リヴァイさん、無理してないかなって…』


「「……へ?」」


『もともと眠りの浅い人だったので、普段から寝不足気味で…たまに膝枕とかして寝かせてあげてたんです。傍に居ればどれくらい寝れてたとか、疲れてるとか分かるんですけど…』


今は離れてるから、と、旧本部で缶詰にされているであろうリヴァイを心配する名前の表情は、正に心配していると言わんばかりのもので。


「ああああなんていじらしい!」


「変態には勿体ないな…本当に私の補佐にしてしまおうか…変態には勿体ない…」


「(今二回言った…)」


名前自身も休みなく働き続けていたということで、今日の午後は自由にしてもいいという許可がエルヴィンから降りた。
リヴァイもいい加減懲りただろう…きちんと理由を教えてから今回の処罰を与えたのだから、きっと以前のようなことは自重してくれるようになるはずだ。
そうエルヴィンが期待している後ろで、ハンジが「リヴァイがそんなことで自重するタマかな…」と微妙な表情を浮かべていたことには、誰も気づかなかった。
同時刻、旧調査兵団本部。


ガリガリガリガリ


「……」


ガリガリガリボキィッ…


「……」


ガリガリガリボキッ…


「…あの、へ、兵長…?」


ガリガリガリガボキッ


「エレン、ペン先がなくなった」


「あっ、ここに…じゃなくて!少しは休んでください!副兵長と引き離されてからずっと眠ってないじゃないですか!」


リヴァイに与えられた部屋の中でひたすら書類処理を進めるものの、何故かすぐに折られて使い物にならなくなったペン先が、部屋のいたるところに転がっている。
普段の潔癖症のリヴァイからならば想像もできない事態なのだが、其れよりもリヴァイに付き添う形になっているエレン含めるリヴァイ班には、別の大きな問題を抱えていた。
リヴァイが、全く眠ってくれないのだ。
一睡もせずにひたすらペンを走らせ、まるで名前に会えないことで募りに募った煩悩を書類を処理することにぶつけるかのように(たまに彼女の名前しか書かれていない書類が出てくるのはやめてほしい、怖い)仕事をし続けるリヴァイ。
そしてたまに。


「あ゛ー…くそ…名前が足りねぇ…名前、名前…っ、」


鬱モードに入る。
こうなっては誰にも止められない…エレンたちの声にも反応しなくなるのだ。
そして無理やりリヴァイの意識を自分に向けようとすれば容赦なく飛んでくる人類最強の拳やら脚によって撃沈したのが数名。
二度と同じ過ちは犯すまいと彼らは鬱モードに入ったリヴァイには極力近づかず、そっとしてあげることにしたらしい。
一人部屋に残されたリヴァイの呟きはストッパーがいないからか、内容が徐々にエスカレートしていく。


「なあ大丈夫か、誰にも触れられてねえか、俺以外の男に触れられたらすぐに相手を殺して触れられたところを舐めまわしてやれるのに、いやいっそ全身舐めまわしてやったっていい、名前の体に汚ねえ所なんてねえ全部大好物だ、不思議だよな汗が甘い香りするなんて、きっとあそこの蜜だって美味いんだろうな、もったいぶらずに全部俺に食わせてくれればいいのに、あぁ、でもあいつの膝枕も恋しい、抱き枕にして数日間ひたすら眠り続けるのもいいな、いっそ昇天したって構わねえ名前と一緒ならどこまででm」


リヴァイの呟きが、止まった。
部屋の間で彼の呟きが終わるのをひたすら待っていたエレンはその不自然な止まり方に首を傾げつつ、眠ったのだろうか、と念のために様子を見ようと扉をノックしようとしたら。


ガンゴンッ!!


「い゛っうぎゃっ!!」


ガン、は持ち上げていた手に扉が強打した音、ゴンッは頭に扉が強打した音。
額も手も痛いとその場に蹲ったエレンには目もくれず走り出したリヴァイの血走った視線の先には。


「名前副兵長!お久しぶりですー!」


『久しぶり、ペトラ』


「大丈夫なんですか?団長からまだ連絡が…」


『うん、今日の午後だけ様子を見に行ってもいいって言われたの』


ばさ、とフードを下した名前が。
コーヒーでも入れてリヴァイのもとに持っていこう、と久しぶりの旧本部の食堂へと向かおうとした名前だったが、いつの間にか自身に近づいてきていた気配に気づき、そちらへ視線を向けた瞬間。


『きゃっ!』


「名前…」


『り、リヴァイさん?』


ぎゅううう、と強い力で抱きしめてくる腕が苦しくて、名前はリヴァイの背中を何度か叩くがそれでも腕の力が弱まる様子はなく。
苦しい、!と伝えればわずかに弱まったおかげで、苦しさから解放された名前は大きく深呼吸をした。
リヴァイは彼女の肩口に顔をうずめて、動く気配は見られない。
ぐりぐり、すんすん、はあはあ、という音が聞こえてくるものの、彼女の意識を持って行ったのはそれらではなく、じんわりと何故かあたたかな肩だった。
顔を上げようとしないリヴァイの顔をなんとかあげさせた名前は、瞠目した。


『リヴァイさん!は、鼻血!』


「…これくらい、なんともねえよ…」


『あぁでも顔色も青い…あれ、赤く…?でも隈酷いですしとりあえず寝ましょう!』


「あぁそうだな、一緒に寝てくれ」


『リヴァイさんが寝てくださるなら何でも構いません!』


「ふふ…」


ツー…と垂れる鼻血を名前がハンカチで押さえながら部屋へと引き返していく二人。
あまりの衝撃に呆然とすることしかできなかった彼らは語る。
リヴァイの眸が、獲物を捕らえた猛禽類の眸と同じであったと。


大人しいとなんだか寂しいです(…気のせいでした!)
(きゃあぁぁあ!!)
(副兵長!?って、なに服脱がせてるんですか兵長!)
(うるせぇエレン、俺は今とても幸せな夢を見てるんだ邪魔すんな!)
((目がくわって!くわってなった!怖い!)兵長夢じゃないんです!副兵長本物ですからあああ!!)
(何…?…なら尚更、据え膳食わぬは男の恥…!)
(イノセンス!)
(ぐはっ)
(もう!リヴァイさんのばか!)
((ば、ばか…!(かわいい!きゅん!)))
(変なこと言ってないでほら撤収ー!)
(!離せハンジ!ミケ!エルヴィン!)
((失敗だったな…余計に酷くなってしまった…))
(…スン)


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