食べちゃうぞガ冗談に聞こえません
ハンジはたまに、訳の分からない調査をすることがある。
調査兵団内でおさめられているから、憲兵団からの非難を受けずに済んではいるものの、こんな調査に意味があるのか、と言う疑問は調査兵団内からも数多く寄せられている。
そしてそれは、今回も例外ではなかった。
『“好きな食べ物調査”、ですか?』
今回も訳の分からないことを、と口にはせず、あえて怪訝な表情だけを浮かべた名前。
ハンジは彼女のそれに気付いてはいるのだろうが、そのまま自身の話を押しすすめた。
まぁハンジの変人ぶりは今に始まったことではないし、皆なんだかんだで協力してくれるだろうという前提のもと、兵士全員に配られたアンケート用紙。
既に数日前に配られたものらしく、殆どはハンジの手元に回答されたものが回収されているらしい。
回収されていないのは、リヴァイ班と分隊長以上の面々の分だけだった。
「というわけで。はい、名前の分!」
『…ご丁寧に不要な書類の裏を再利用してるんですね』
「まぁ、この間真っ白な紙で配ったらエルヴィンからお小言貰っちゃってさー」
そりゃそうだ
彼女は本当にこのご時世の資源事情云々を正しく理解しているのかと言いたくなるほどだったが、エルヴィンが既に言ってくれただろうと言葉を飲み込む。
他の面々に渡しに行かないのかと聞けば、名前に渡す前に渡してきたという。
回収はこの談話室にて、とも伝えてきたというので、私もさっさと書いてしまわねばと、談話室に備え付けられているペンにインクをちょんちょん、と浸した。
『んー…好きな食べ物ですか…』
「あはは、やっぱり答えいにくいかな」
『大分漠然としてますけど…まぁ、こうとしか聞きようもないですし』
此処の食糧事情は厳しい、それはもう、向こうと比べたら信じられないくらいに。
アレンだったらこんな世界で生きていけるわけがない…寄生型イノセンスじゃなくてよかったとつくづくそう感じているのだから。
『ハンジさんはなんて書いたんですか?』
「私?私はねー、」
えーと、と自身が何と書いたかを思い出そうとしているハンジのその声を遮るように、談話室の扉が開かれた。
失礼します、と一応挨拶をしてはいって来たのは、リヴァイを除いた特別作戦班の面々と、スンスン、と鼻を鳴らしながら入ってきたミケだった。
リヴァイとエルヴィンはまだ書き終わっていないのか、そこにはいない。
「あ、名前副兵長!ここに居たんですかっ」
ソファに腰掛けている名前の隣に嬉しそうな声を上げながら座ったエレン。
ぶんぶんぶん、と機嫌よさげに振られる尻尾が見えたような気がして、思わず彼らは目を擦ってしまったがそこには何もなく。
名前は苦笑を浮かべつつ、嬉しそうに顔を綻ばせているエレンの頭を優しく撫でた。
「あー…エレン、幸せそうだな…」
「副兵長大好きだからな」
「まさにあざとエレンね…」
口々にそう言いながらも、ハンジにアンケート用紙を手渡すリヴァイ班の彼ら。
受け取ったハンジはありがとー、と軽く声を上げながら、どれどれと用紙に視線を走らせる。
「ほぉー、やっぱり個性が出るねぇ」
『皆なんて書いたの?』
名前が視線を向ければ、彼らは口々に自身が書いた好物を挙げていく。
高級品とされて滅多に食べられないものから、家庭の味と言わんばかりのそれと、確かに個性豊か。
自分はなんて書こうか、と再び頭を悩ませ始めた時、ミケが、エルヴィンが名前を呼んでいる、と伝えきた。
『、エルヴィンさんが?』
「団長室で待つ、と」
『分かりました…ハンジさん、あとで書いて持ってきますね』
「うん。ここに居るからー」
折角手に取ったペンをペン立てに戻し、アンケート用紙片手に談話室を出て行った名前。
副兵長がいないなら、と戻ろうかと立ち上がったエレンに続いてリヴァイ班の彼らも退室しようとするが、彼らの誰かた扉のドアノブに触れる前に、がちゃり、と廊下の方から扉が開けられた。
「クソメガネ…また訳の分かんねえ紙寄越しやがって」
「あ、リヴァイ」
「「「兵長!」」」
「、なんだ、お前達もここに居たのか」
「はい、さっきハンジ分隊長に渡したところで」
そう言う彼らの視線が落ちた先には、リヴァイの持っているアンケート用紙。
ご丁寧に見られないように裏側にされており、彼らにはリヴァイの好物が何と書かれているかを見ることは出来なかった。
「さあさあ!実はリヴァイが何て書くかが気になってたんだよねー!」
わくわく!と言わんばかりの表情でリヴァイの持っている紙に手を伸ばしたハンジ。
しかし、こんなくだらないものに付き合わされたリヴァイが素直にその紙を渡すはずもなく。
伸ばされたハンジの手から逃れるように、ひょい、と紙を遠ざけた。
「あ!ちょっとー」
「…なんかムカついたな」
そう言ったリヴァイは、何故か紙をぐしゃぐしゃ、ととんでもない力で丸め、それを豆粒サイズにしたかと思うと。
「とれるもんならとってみろ、ハンジ」
「え、ちょっ…いだぁっ!!」
ヒュンッ、と弾丸の如くリヴァイの指に弾かれた豆粒サイズのそれは、紙だとは考えられない痛みをハンジの額に与えた。
バチンッ、といかにも痛そうな音を立ててソファにコロンと転がったそれを視界に入れつつも、赤くなったであろう額を摩っているためにそれに手を伸ばすことができない。
代わりに手を伸ばしたのはエレンだった。
「いっつつー…!」
「ハッ、情けねえ」
「固っ」
痛がるハンジをリヴァイが鼻で笑っている傍ら、リヴァイによってぎゅうぎゅうに丸められたそれを頑張って開いていくエレン。
とんでもない力で丸められたそれを広げるだけでも随分な苦労のようだ。
「うわあ…ぐっちゃぐっちゃ…」
「まぁ、あれだけ丸めればな…」
なんて書いてあるんだー、とその紙をのぞき込む彼ら。
みやすいようにと、ぱんぱん!、としわを伸ばしたエレンは、えっと、とそこに書いてある文字を読み上げた。
「……」
「「「……」」」
「……あー…なんだ、…その、」
「オルオ、兵長の真似しなくていいから」
変な汗をかきながら口を開いたオルオを一蹴したペトラは、ぱちぱち、と瞬きをしてからもう一度その紙に視線を落とす。
「…副兵長の名前が書いてあるのは気のせいかしら」
「「…いや」」
グンタとエルドが微妙な表情を浮かべながらペトラにそう答える。
ふと、ふるふる、と紙が震えているのに気付いたエルドが、その紙を持っているエレンに視線を向けた。
「おい、エレン…?」
「、何てこと、書いてんですか…!」
「ちょっ、落ち着けって!」
グンタに後ろから羽交い絞めにされたエレンは、漸くハンジから視線を逸らしてこっちを見たリヴァイを睨み付ける。
「アンケート内容は“好きな食べ物”でしょうが!何で副兵長の名前書いてんだこの変態兵長!」
「うわあああやめろエレンんん!!」
「あ゛ぁ?」
機嫌悪そうに顔を歪めたリヴァイだが、エレンは屈せず名前が彼の毒牙にかからないようにと果敢に抗議する。
しかし、
「好きな食べ物だろ?ちゃんと答えてんじゃねえか」
まぁ、“食う”の意味はちょっと違うがな
羽交い絞めされて動けないエレンに、先程のハンジにやったのと同じように鼻で笑ったリヴァイ。
彼の脳内では、彼の言う、“好きな食べ物”について駆け巡っていた
あの桜色の唇は甘いだろう、あの柔らかな胸はきっとマシュマロのようで、少し骨ばっている肩も、わき腹も、骨に沿って舐めてやれば甘い声を上げてくれる。薄い腹だが、俺みたいに筋肉質じゃなくてよかったと心底思う。細い腰は反った状態もそそる、あの細さが強調されてな。脚も綺麗な筋肉がついててほっそりしてるが白くて柔らかい、立体機動装置のベルトの痕がついているのを見た時は思わず噛みつこうかと思ったくらいだ…くそ、ベルトの痕じゃなくて俺の痕を残していっそのこと名前の恥ずかしいところまで貪ってしまえれば本望なんだg
「…おれ、なんだか聞いちゃいけないことを聞いたような気がします」
「…あ、あぁ…そうだ、な…」
「ここに副兵長が居なくてよかったわ…」
「ぶはー、重いねー、愛が」
駆け巡るリヴァイの脳内妄想を止めることのできない彼らは、一歩どころか数歩引いたところで彼の妄想が終わるのを待っているのだが、なかなか終わる気配を見せない。
一体いつまで続くんだろう…と遠い目をし始めた頃、がちゃり、と談話室の扉が開いて、エルヴィンと共に名前の姿が現れた。
『?、どうかしました?』
「あー…い「遅かったな名前」切り替え早っ!!」
『すみません、エルヴィンさんと一緒に好きな食べ物考えてたんです』
一緒に出すからとエルヴィンからアンケート用紙を受け取った名前は、それをハンジに渡す。
エルヴィンはビーフシチュー、名前はクリームシチューとどこか似通ったような回答に小さく笑ったハンジが視線を上げた視界に映ったのは。
「名前…俺の好きな食べ物は名前なんだ」
『ふふ、リヴァイさんも冗談を言うんですね。私は食べられませんよ?』
「いや、そういう意味じゃなくてだな…まぁいい、これから実践d「「「うおおおおお!!」」」…ほぉ…」
俺の言葉を遮るとはいい度胸だ…そう言えば演習場が開いてたなあ…ちょうどいい、全員纏めて相手してやろう
まるで巨人の項を削ぐような目で自身の言葉を遮った彼らを見たリヴァイは、有無を言わさぬ威圧感を放ちつつ、談話室を後にする。
無論、彼らが逃れることは出来なかった。
食べちゃうぞが冗談に聞こえません
(これから書類整理なのに…)
((副兵長…もしかして兵長の言いたいことに全く気付いて無い?))
((名前が気づいていたらある意味奇跡だな))
((気づかなくていいんじゃない?リヴァイの変態がエスカレートしそうだし))
(((確かに…)))
(?)
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