小説 | ナノ


  鳴門×海賊 09



「チッ…降ってきやがったな…」


たしぎに部下の訓練を任せ、一人巡回に出ていたスモーカー。
彼女に押し付けられた傘を片手に歩いている中、雲行きが怪しくなってきたと思ったら、パラパラと振ってくる雨。
あまり傘を差すことが好きではないとはいえ、濡れてしまっては元も子もない(雨に濡れたぐらいで風邪をひくなんてことはないが)。
仕方なく傘を広げて街の中を歩くが、雨脚が強くなっていくにつれ、人の姿も家の中へと消えていく。
さっさと巡回を終えて戻ろうと足取りを速めようとしたとき、一人の子供とすれ違った。
小さな体には不釣り合いな傘。
シンプルながら可愛げな、センスの良いそれは恐らく女性のもの。
母親のものでも借りたのか、とそんなことをぼんやり考えながら巡回していたら。


『っくしゅんっ』


「、!」


軒下から聞こえた小さなくしゃみ。
雨に濡れたのか、白いYシャツからは肌や下着の色をうっすらと透け、艶やかな銀髪は、その細い体に貼りついている。
長い睫には雨のしずくが乗り、瞬きするたびにキラキラと輝いていて、まだ濡れてさほど時間は立っていないのか、肌や唇の色はいつもと変わらぬものだった。


「名前?」


『?』


呟き程度の小さな声は雨の音にかき消されたかと思ったが、彼女の耳には届いたらしく、こてん、と首を傾げるような動作でこちらに視線を向ける。
その金色がスモーカーの姿をとらえると、あれ、というような表情を浮かべた。


『スモーカー、さん』


「…傘、持ってこなかったのか」


朝のラジオの天気予報では、ちゃんと雨が降ると言っていた筈だ。
彼女の性格上、忘れたとは考えられなかったスモーカーは怪訝な表情を浮かべる。


『男の子に、貸したんです』


その言葉に蘇る、先ほどすれ違った子供。
成程、ならばあの傘は名前の物なのかと納得したスモーカーは、シンプルながらも可愛いものを選ぶあたり、やはり彼女も女なのだと再確認し、胸が高鳴る。
何も彼女が女らしくないと言っているわけではなく、同年代の女に比べて、名前がとても大人びているからだと言うことだ。
スモーカーは歩を進め、名前と同じ軒下に入ると、肩に引っ掛けていた上着を脱いで、それを名前掛けた。


『?』


「女が体を冷やすんじゃねえ…それに、透けてる…目に毒だ」


『!』


初めは首を振っていらないと言っていたが、スモーカーの言葉に顔を赤くした名前は、ありがたくそれを羽織ることに。
明らかにからの大きさに合わない上着。
部下が言う「彼シャツ」をくだらないと一蹴してきたスモーカーだが、確かにこれは色々と危ないかも知れない、と目線と名前から降り続ける飴へと移す。


「店までだろう。送っていく」


『!いいんですか…?』


「あぁ、コーヒー淹れてくれ」


それでチャラだ、と笑う低い声。
名前はありがたい、とスモーカーに言われるままに、彼の傘の中に入る。
たしぎが渡したのは、大柄な彼が入っても十分な大きさのもので、名前が入っても問題なさそうなものだったのだが。


『あ…肩が…』


「気にするな。濡れたぐらいで風邪なんてひかねえ」


それは自分にも言えるのだけど、と内心呟いた名前だったが、こちらに渡ってからはまだ試したことが無かったので、大人しく口を噤んだ。
スモーカーも名前も口数の多い人間ではなかったため、店に辿り着くまで終始無言だったが、気まずい沈黙ではなかった。
しかし、こうも雨が強いと客足も減るようで、開店日は毎日のように満員であるはずの店の中も、少し閑散としている。
2人が入って来たのに気付いた店主が、おやおや、と笑った、


「スモーカーさんと一緒に来たんだね、名前」


『、はい』


「濡れちゃったか。着替え置いてあったか?風邪ひく前にシャワー浴びて着替えちゃいな」


お借りします、と軽く頭を下げて店の奥に引っ込んでいこうとした名前は、上着をスモーカーに返そうと思ったが、着替えてからでいい、と言われてそのまま奥に引っ込んでいく。
そんな彼女の後姿を見送ったスモーカーに、店主がタオルを差し出した。


「肩、これで拭きな」


そう言えば濡れたままだったなと思い出したスモーカーはそれを受け取り、濡れた肩を軽くふいていく。


「ありがとな、名前ちゃん送ってくれて」


「ガキに傘貸したんだってな」


「あー、やっぱりそんなこったろうと思った」


あの子、困ってる人を見ると放っておけない子なんだよ。
店主がそう苦笑しながら言うと、ふわふわと湯気の浮かぶマグカップを一つ、スモーカーの前に置く。
中では、黒ではなく、白い水面が揺れていた。


「コーヒーは名前が淹れるから、俺からはホットミルク。体あったまるぞー」


ホットミルクなんてそうそう飲むものじゃない。
ガキの頃は飲んでたかもな、とそんなことを考えながらホットミルクを啜る。
ほわりとどこか甘いそれは、なんとなく名前みたいだなんてらしくもないことを考えているとあっという間になくなる。
店主がそのマグカップを回収し洗っていると、奥の厨房の扉が開かれ、いつもと同じ格好をした名前が現れた。


『シャワー、ありがとうございました』


「いやいや、スモーカーさんにもお礼言っときなよ?」


こくん、と頷いた名前は、スモーカーの前まで行き、抱えていた上着を差し出す。


『ありがとうございました。助かりました』


「あぁ」


ふわりと香る、微かに甘い香り。
恐らく名前の物であろうそれは、自分には似合わないものの、どこか嬉しくて。
葉巻の香りにかき消されないように、隣の椅子に畳まれたまま置いた。


『コーヒー、いつものもので?』


「あぁ」


ごりごり、とコーヒー豆を処理していく音になんとなく耳を傾けながら、スモーカーは口を開く。


「…そろそろ、戻ることになった」


『あ…出張、終わり、ですか』


「あぁ…次いつ来るかは決まってねえがな…」


『そう、ですか…』


たしぎさんの、美味しそうに食べてくれる顔、好きだったんですけど…


見れなく、なりますね、と若干寂しそうな声色。
確かに、たしぎは美味い美味いと顔を輝かせるぐらい此処の飯を気に入ってたな、なんてことを思い出す。
それに、と続ける。


『スモーカーさんの葉巻の匂い、好きでした』


「!」


『この島にはない、香りだから』


こぽこぽ、と音を立ててマグカップに注がれるコーヒー。
スモーカーは彼女の言葉に動きを止め、熱を持ち始める顔を見られないよう顔を背ける。
あぁ、くそ…なんてことを言いやがる。
表情で、名前が特に深い意味もなくそれを言ったということは分かっているものの、その言葉の威力は彼には強すぎたらしい。
名前は首を傾げるだけで、特に追求することもなく、スモーカーの前にコーヒーを置いた。


「…またこの島に巡回に来たら、ここに来る」


お待ちしてます、とは、名前は口にしなかった。
ただ、ふわりと、小さく笑って見せただけ。
スモーカーが最後に見た、名前の姿だった。


「名前さんがいないって…どういうことですか!?」


「すまんなあ…折角、また来てくれたのに」


数年ぶりにこの店を訪れたスモーカーとたしぎ。
店主はちゃんと彼らの事を覚えているというのに、厨房にいるのは、銀髪の彼女ではなく、黒髪の男。
相変わらず客足は多いようだが、時間がずれているため、今は空いている。
たしぎが少し大きな声を出しても、気にする人間はほとんどいなかった。


「…辞めたのか」


「辞めた…というんだろうかなあ…」


ううん、と悩む店主に首を傾げる。
どうやら彼女は自分の足で、ここから出て行ったのではないらしい。


「…もしかしたら、海賊船に乗ってるかもしれない」


「!?」


「…どういうことだ」


スモーカーの低い声。
店主は、とある日、とある海賊団がこの店を貸し切ったこと、そしたら別の海賊団が無理矢理中に入ってきたこと、そしてその海賊団を名前が始末し、それを見た海賊団の船長が彼女を気に入り、俺の船に乗れと勧誘してきたことを話した。


「あんた等は知らんかもしれんが、名前は強いし、海賊になっても十分やっていけるだろうけど…お尋ね者にはなってほしくなかった。だから閉店後に一応聞いたんだよ、乗るのか、って…そしたらあの子、」


『世界が見れるなら、なんでもいい』


「なんて言うものだから。船長もあの子が気に入ってたようだし、多分手荒な真似はしないだろうとは思ってるけど…それに、もし自分が次の日出勤してこなくても探さないで、次の厨房担当探してくださいなんて言い残してった」


もしかしたら、攫われてでも連れて行かれるの、分かってたのかもなあ、と寂しそうな顔をする店主。
たしぎは、名前がその海賊船で手荒いことをされていないかと不安になり、スモーカーは、良い奴だろうが何だろうが所詮は海賊だと店主に吐き捨てる。


「その海賊団、何処のか分かりますか」


不安な表情を消し、海軍の人間としての表情に切り替えたたしぎは、店主に尋ねる。
スモーカーの表情も、心なしか険しい。


「ルーキーさ。船長はトラファルガー・ロー…ハートの海賊団だよ」


死の外科医。
たしぎの呟きが、店の空気に溶けて消えた。


***
夢主←スモーカー要素が欲しかったから自己補給…でもこの後どうするか全く考えてない…パンクハザードのところとかうわあああああってなるよこれ←
スモーカーの性格全然とらえてなくてごめんなさい←
まじめにシリーズ化しちゃおうか検討中←

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