小説 | ナノ


  こころの軋む音がした



「あーあー、今回は奇行種と会えなかったなあー」


つまんなーい、と不満を隠さずそう言い放つハンジ。
だが、そのおかげで今回はいつもよりも被害が少なくて済んだのだから、ハンジの呟きに賛同する者はいない。
奇行種に対してのみ課せられた戦闘、通常種にはある程度簡単なものでも、奇行種相手となれば圧倒的にそれは難しくなる。
もっとも、リヴァイや名前などの様に常軌を逸した強さを持った兵士ならば、大したことはないのだろうが。


「壁内に帰還するまで油断はできない。とはいえ、やはり奇行種には遭遇したくないものだな」


バラバラに散らばっていた陣形は一つにまとまり、ひたすら未だに見えぬ聳え立つ高い壁に向かって巨大樹の森の中を進んでいく。
それを見上げながらのエルヴィンの呟きは、近くにいたリヴァイや名前の耳に届いていた。


「今回は報告書は少なく済みそうだな」


「あぁ、休む余裕が出来そうだ」


馬を走らせながら2人の声を耳に入れている名前だったが、彼らの声に反応することはなく。
いつもならば会話に参加できるぐらいの余裕を見せるはずの名前は、どこか浮かない、険しい表情のまま何か考え込んでいるようだった。
前を見ているエルヴィンには気付かれなかったが、隣を走っていたリヴァイはそれに気づき、どうかしたのかと尋ねる。


『何か…嫌な予感がするんです』


「嫌な予感?」


『はい…どこか、懐かしいんですけど…』


名前のその言葉に顔を顰めたリヴァイ。
それを見た彼女は、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。


『すみません、変なこと言って』


「いや…お前の勘は当たるからな」


何はともあれ、警戒するに越したことはないだろう。


そう言ったリヴァイの言葉に、同感だ、と頷いた名前。
2人の会話は前を走っていたエルヴィンの耳にも届いており、前を見つめながらも、エルヴィンは何か引っかかるものを感じており、首をひねって名前に軽く視線を向けた。


「名前、懐かしい、といったな」


『?、はい』


「…確か、名前は人間に敵対するAKUMAとかいう者たちと戦っていたのではなかったか」


『、!』


エルヴィンのその言葉に少し考え込んだ名前だったが、その頭が答えをはじき出すまでにそう時間はかからなかった。


『(あぁ、そうだ、どうして忘れていたんだろう)』


この嫌な予感、ひしひしと迫ってくる微かな気配は、


黙り込んだ名前。
エルヴィンと名前の会話は、ハンジやミケと言った分隊長にも届いており、彼女の感応を待っているかのように、会話を止めて耳を澄ませている。
馬の蹄の音だけが響く中、名前はエルヴィンに声をかける。


「、何だい」


『私が合図したら一斉に走り出してください。私の馬もお願いします』


「名前、まさか…」


『同じ気配…おそらくAKUMAです』


話しに聞いたことはあるが、一体どのようなものかは分からない。
Level.1、Level.3、4は似たような形だと言っていたが、Level.2は多種多様な形をしているのだという。
そしてLevel.2から自我を持ち、考えられるようになり、各々に特殊な能力を有するようになるのだとも。
ごくり、と誰かが生唾を飲み込む。
名前は馬をリヴァイに寄せ、手綱を彼に渡すと、既にイノセンスによってゴツイ銃――断罪者――を発動させていた。
ここは巨大樹の森、加えてこちらにはAKUMAと戦う能力のない兵士が、いつもより多く帰還している。
出来るだけ玉数を増やすために2つと制限されているイノセンスのコピーをどちらも断罪者にしたが、どれだけ被害が少なくできるか。
広い平地であったなら、アレンのイノセンスで一気に片付ける手もあったのだろうが、ここは巨大樹の森、下手に木をへし折ってそれが兵士の上に落ちれば命は無い。
そこまで考えての方法だったが、果たしてこれが正しいのかどうかは誰にもわからない。


『(AKUMAでなければいい、だなんてのは無理な相談か…)』


掌の中の黒い断罪者が疼いているのが分かる。
ぎゅ、とそれを握った名前は隣から視線を感じ、そちらを向けば、心配そうに顔を歪めたリヴァイがいて。


「名前…」


『…壁内でまた会いましょう、リヴァイさん』


ちゅ、と彼の頬に小さく口づけた名前は、静かな声でエルヴィンの名を呼ぶ。
振り返らずコクリと頷いたのを確認した名前は、ハンジたちにもまたね、と言い残し、立体機動装置を使って馬から別の木に飛び移り、そのまま後方へと駆けだす。


「全員!走れ!!」


途端響くエルヴィンの声。
兵士たちは逆走して行く副兵長の姿に混乱しながらも駆け出していく。
すれ違いながら、弾丸には触れるなと声を張り上げる。
一体何のことを言っているのかわからぬ兵士たちだが、名前のいつもの穏やかなそれとはかけ離れた表情を見ればわかる。
自分たちは、巨人以外の何かの脅威にさらされているのだと。


「確か、弾丸に触れると死んじゃうんだっけか…」


「あぁ、一気にウィルスが回っちまうらしいな」


名前と離れ暫く、馬を全速力で走らせている兵士たちは、徐々に巨大樹の森の出口に差し掛かっている。
研究してみたいのにいいい、というハンジだが、その表情はやはり焦りが垣間見える。
名前が後方に飛び出していったということは、恐らくそちらからAKUMAが追ってきているということだろう。
ならば、何故。


≪ヒッヒヒヒッ!!殺シ放題ダァアァア!!≫


「しゃ、喋ってる…」


「Level.2か…!」


先程まで全く遭遇することのなかった巨人と共にいる、見たこともない異形の存在。
人間と同じ言葉を喋っている、殺し、という言葉も理解しているのだろうが、その姿は人間よりも大きく、明らかに人間でも巨人でもない存在。
名前によれば機械らしいが、普通の機械とは全くの別物らしく、そこら辺は知っていてもさほど意味はないということで“暗黒物質”という曖昧な説明しかされなかった。
確かに、自分たちが知っていても意味はないのだろう。
何故なら、


≪エクソシストがイないナラ、都合ガイい!!≫


エクソシストではない自分たちに、AKUMAの破壊などできないから。
その頃、後方に駆け抜けていった名前は、断罪者を連発しながらひたすらAKUMAを破壊し続けていた。
質より量の勝負を選んだのか、レベルは然程高くないものの量が多い。
特にLevel.1が多く、彼らによって発射された弾丸のウィルスに浸食された巨大樹が、何本も灰になっているのが視界に入り、これでは立体機動装置に有利な地形だのなんだのと言っていられるような状況ではないな、と意識を逸らしていた。
先程までは兵士に攻撃が当たらないようにと、追尾機能のついている断罪者を選んだが、ここから先はかえって効率が悪い。
はぁ、とため息をついた名前は断罪者を消し、代わりに黒い靴を纏った。


『雑魚に時間を掛けてる暇はない…』


もしかしたら、リヴァイ達のもとにも現れているかもしれないのだから。


AKUMAのLevel.1が次々に打ち込んでいく弾丸のせいで、次々に灰になっていく巨大樹。
これ以上の損害はこの先の壁外調査でも影響をきたす可能性がある為、AKUMAを破壊するとともに、これ以上の損害を食い止める必要がある。
辺りを見渡せば、確かに巨大樹は灰になっているものの、まだ十分なくらい影が残っているのが確認できた。
一人避難するかのように森の上へ飛び上がった名前は、ググッ、と両手を森の方へと向けて。


『支配者ノ怒リ』


名前の静かな声に相反する様に、目下の巨大樹の森の中、詳しく言えば、その森の中の至るところにある影から鋭利な棘のようなものが伸び、うじゃうじゃといたAKUMAたちを一気に滅多刺しに。
多くの爆発音を耳にした名前は、そのままの足でリヴァイ達のもとに向かうために空気の波動を踏みつけた。
一刻も早く彼らの下へと、何も無ければいいと祈りながら。


「くそっ…!」


一方、リヴァイ達は巨人はともかく、自分達にはどうすることもできないAKUMAから逃げることに必死だった。
殆どを名前が引き受けたとしても、対抗する術を持たない彼らにはどうしようもなく。
地面には、AKUMAの血の弾丸によって命を落とした兵士と馬、木々の灰が混ざって辺りに散らばっていた。
ここで死ぬわけにはいかないんだと、リヴァイは巨人の項を削ぎ落しながらAKUMAから逃れるという器用な技をやってのけるが、それでもAKUMAの数を減らすことは出来ない。
自分にもっと、名前のような力があったらと悔やむが、彼女の力は異界のもの、ここには決して存在しないものなのだ。
厄介なのは知能のあるLevel.2だけ、あとはLevel.1だけで、それからは何とか逃れられていたのだが。


「ぐっ、」


「っ、エルヴィン!!」


ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながらエルヴィンの足を掴んでいるLevel.2。
口からは冷気を含んだ炎がちらちらと見え隠れしている。
思えば、周りの巨大樹も地面も、氷に覆われてしまっていて、下手に動けは足を滑らせて木から落ちてしまいそうだ。
加えて普通の氷とは違うのか、全くと言っていいほど立体機動装置のアンカーも突き刺さらず、傷一つつかない。
それでも、何もせずにはいられなかった。
リヴァイは懐から壁外踏査には欠かせない銃を取り出し、弾薬をセット。
エルヴィンのアンカーがまだ無事な木に突き刺さっているのを確認した後に、引き金を引いた。


「逃げろエルヴィン!!」


パァンッという音と共に真っ白になった視界。
閃光弾を目の前でまともに食らったAKUMAはエルヴィンの足を離し、目元を抑えて不快な声を上げている。
自我がある分、人間と同じように視界を頼っているのだろう。
リヴァイの声に反応したエルヴィンはワイヤーを巻き取ってAKUMAと距離をとることに成功するが、それでもAKUMAの脅威から逃げ出せたわけではない。
辺りがアンカーで貫けない氷で覆われてしまっているため、こちらには逃げ場もないのだ。
ここまでか、と諦めかけた彼らに追い打ちをかけるように、AKUMAの手が今度はリヴァイに伸びる。
あぁ、不味い。
そう思う頃には、リヴァイは大きな掌の中、しかも腕を巻き込まれるように包まれてしまっている為もがいても抜け出せそうになく、今度はリヴァイの間近で、ちろちろ、と蛇が舌を出し入れするように炎をちらつかせた。
頬に触れたのか、びり、と冷たすぎて熱くも感じる感覚に顔を歪めたリヴァイに、AKUMAがその不気味な笑みを深める。


≪チョウド良イ!お前随分戦い慣れテルみタいだシナあ!!≫


まずはお前から殺してやろう、と続くはずだったAKUMAの声は、リヴァイの耳には届かなかった。
代わりに届いたのは、待ち望んだ


『――劫火灰塵、“火判”』


愛しい声


≪ギャアアァァアアアアアッ!!≫


ゴォォッ、という音と共にリヴァイの目の前が赤く色付く。
AKUMAの冷気によって冷たくなった体が自由になったと思ったら、寧ろ目の前に大きな熱に熱いと感じる。
無理にもがいたために痛めた腕をなんとか動かしアンカーを手に取ろうとしたが、それを遮るように、自身を包み込む温もり。
自分よりもずっと華奢な腕でリヴァイを包み、艶やかな黒髪を風に揺らし、立体機動装置を使わずに駆け抜けるための靴を履いて。
あぁ、良かった、と安堵の溜息を吐き出す頃には、2人の足は近くの巨大樹の枝の上に降り立っていた。


『リヴァイさん!怪我はっ』


「、大丈夫、少し、腕を痛めただけだ」


『は、よ、よか、った…!』


足から力が抜けたように座り込んだ名前。
彼女を支えに立っていたようなものであったリヴァイも共にその枝に座り込むことになり、そういえば皆は、とあたりに視線を巡らせる。
リヴァイを襲っていたAKUMAを飲み込んだ劫火の蛇は、辺りの氷を溶かしながら、他のAKUMAも飲み込みながら森の中を駆けずり回っている。
自分たちがあんなに必死で逃げていたAKUMAを、まるで鼠を捕食する蛇のように呆気なく破壊していくのをぼんやりと眺めながら、あぁ、やっと終わったんだと、全身の力を抜いた。
全てのAKUMAを破壊し終えた後、しゅるんっ、と消え去った蛇。
リヴァイの力もその頃には入るようになり、自力で地面に足をついて立っているものの、腕を痛めたため、帰りの戦闘には名前が絶対に参加させず、彼女がすべて始末した。
巨大樹の森の中でAKUMAの攻撃を食らってしまった者は灰と化し、折角巨人から多くの兵士が生き残って帰還していたというのに、そちらの被害が大きく、生き残ったのはいつもと変わらぬ程度。
壁内の彼らの冷たい視線など歯牙に掛けず、名前が考えているのは別のこと。
Level.1、2ばかりだったというのに、ここまで戦えないものなのか。
Level.3、4が来ていたら、間違いなく全滅だったに違いない。
きゅ、と馬の手綱を握って微かに体を震わせた名前は、最後に触れた兵士の灰の感触を思い出していた。



(…助け、られなかった)
(名前…)
(何が神の使徒だ、救世主だ…仲間さえ、助けられないなんて…っ)
(それでも俺は、お前に助けられた)
(、リヴァイさん…)
(名前が居なかったら…確実に全滅だった…)
((重なる唇は、あたたかい筈なのに))
((酷く冷たかった))
title:識別
く、暗いお話になってしまいました…←
主人公大活躍!みたいなお話にしたかったんですけど…やっぱりAKUMAに対しては壁外調査を乗り越えてきている調査兵でも無力なところを書きたかったので…そしたら悲しくなってしまいました…くそう…!
原作沿いいつか書いてみたいですね…千年公とかのつながりとかも地味に考えちゃってたりするんですけど、時間が無くて手が付けられない…
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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