小説 | ナノ


  紳士な彼女について



「名前は、アレン君以上に紳士だと思うの」


全ての始まりは、リナリーのこの一言からだった。
アレンの方舟とクロスの魔導、そして名前のイノセンスによって2つの世界が行き来できるようになって数日。
調査兵団の女性陣、特に名前と親しい位置にいる彼女らは、リナリーたちにお茶会と言う名の女子会に誘われ、物資などが豊かであるそちらの方へと訪れていた、
美味しい紅茶に美味しいお菓子、内地の人間でなければそうやすやすと食べることのできないそれに舌鼓を打ちながら、和気藹々と話の弾む彼女ら。
そんな中発せられたのが、冒頭のリナリーの一言。
確かに、と調査兵の皆が頷くのを見て、やっぱり!と顔を輝かせたリナリーは、向こうでの名前が一体どんな紳士っぷりを発揮したのか知りたいとねだった。
勿論、調査兵の彼女らの要望で、こちらの名前がどんな紳士っぷりを発揮したのかも話すことも忘れずに。


〜ペトラ・ラルの場合〜
これは私がリヴァイ班に配属されるよりずっと前の壁外調査。私はまだ未熟者で、加えて班は奇行種に遭遇して壊滅状態だった。
「あ、あぁ…っ!」
逃げても逃げても追いかけ続けてくる奇行種に私はパニック状態に陥って…もうどうしたらいいか分からなかった。そんな時に、黒の煙弾を見て駆けつけてくれた名前さんが現れたの。その頃はまだ副兵長じゃなくて、また一般兵だったけど、その頃から戦いっぷりは鮮やかだったのをよく覚えてるわ。
『振り返らずに、走り続けて』
「でっ、でもっ」
『大丈夫、すぐに始末するから』
自信に満ちているというよりは…確信かしら。副兵長の眸が大丈夫だって強く物語っているように感じて、私は後ろを振り返らずに走り続けた。名前さんの乗った、兵長と同じ黒毛の馬が遠ざかっていくのを視界の隅に入れながら、立ったけど…そしたらすぐに後ろから凄い音がして。思わず馬を止めたら、奇行種が倒されていたの。…後から思えば、技術を盗めるいい機会だったのかもしれないけど…まぁ、私が副兵長と同じような動きができるかどうかって言われたら、無理かもしれないんだけどね。
「は、はっ…は、」
『うん、一人でよく頑張った』
「わたっ、私っ、皆を…っ」
『辛いことだけど…犠牲はつきもの。でもあなたは生き残った』
だから、彼らの分も生きなさい。
『それが貴方にできる、弔い』
「っ、はいっ」
泣いちゃダメだってわかってるのに、どうしても涙が止まらなくて。馬を並走させながらずっと頭を撫でてくれたり、背中を摩ったりしてくれて…私より細い指をしてるのに、すごく安心したのをよく覚えてるわ…。


「あぁっ、名前流石…っ!」


「リナリーちゃんも、昔名前元帥に良くしてもらったって言ってたわよね」


「えぇ…心が病んで監禁されてしまったけど、それを救ってくれたのは名前と兄さんよ」


監禁…!?と調査兵団の彼女らが目を見開くも、リナリーは次々!と急かしてくる。
それじゃあ、と話し始めたのは、小柄な金髪の美少女、クリスタだった。


〜クリスタ・レンズの場合〜
皆と予定が合わなくて、一人で街に出かけた時のことでした。
「お嬢ちゃん、可愛いね」
「どう?一緒にお茶でも」
「え、遠慮しますっ」
「そう遠慮しないでさあ」
「そうそ!お嬢ちゃん可愛いからおじさんたちが奢っちゃうよ?」
「やっ、止めてください!」
大人の人2人に絡まれてしまって…対人格闘術は訓練兵のころにやったけど、いざ目の前にすると体がすくんで動けなかったんです。街行く人たちは、巻き込まれたくないからか知らんぷり…心配そうな視線を向けてくる人はいたけど、助けてはくれませんでした。そのまま路地裏に引っ張られていって、怪しい店が見え始めた頃…
「ギャッ!」
「ガッ」
ベキッ、バキッ、という鈍い音がして…掴まれていた腕は離れていきました。
『大丈夫?クリスタ、』
「!副兵長!」
『良かった、大きな怪我はしてないみたいだね』
「あっ、はいっ」
手には不思議な武器を持ってて…後から聞いたらトンファーっていうやつらしくて…鈍い音は、その赤いトンファーで男たちを殴った音だったみたいです。いつもならあまり手荒ことはしてほしくないんですけど…今回ばかりは助かりました。転んだら行けないと言われて副兵長に手を引かれて歩いていると、路地裏に見覚えのない人たちが一杯転がってて…聞けば、路地裏に引っ張られていく私を見つけて追いかけたら、次から次へと邪魔が入ったらしくて。話を付けている暇はないからと邪魔してくるのは全員潰していったそうです(普段の優しい副兵長からは想像できないけど、すごい頼もしかった…!)。
「痛っ…」
『掴まれてた方だね…赤くなってる。簡単にだけど治療しよう』
近くに行きつけの店があるんだ、と教えてくれて、表を少し歩いた後に再び路地裏に。店はすぐそこにあって、その中に入っていきました。
『マスター』
「おや、珍しいね。誰かと一緒なんて」
『ちょっといろいろありまして。救急箱貸してもらえませんか?』
「救急箱ね、ちょっと待ってて」
店主と親しい様子で話した副兵長が、貸してもらった救急箱から道具を出して治療をしてくれました。医療班じゃないのにすごく上手で…何でもできちゃうんだなあって、改めて実感しました。
「あの…ありがとうございました。本当に、いろいろと…」
『あぁ、ううん。気にしないで』
大したことじゃないよ、と笑う副兵長が本当に綺麗で…!
『戻ったらちゃんと医務室に行くんだよ?私の治療が不十分で、折角の白い肌が台無しになってしまうかもしれないから』
…同時に天然タラシでもうどうしようって…!
『ん?顔が赤いよ?』
「だ、大丈夫ですっ」
『そう?あ、そうだ、一人じゃ危ないから、私が一緒に買い物に付き合うよ』
「えっ、でも、副兵長も何か用事があって…」
『大した用じゃない。ただ外の空気が吸いたかっただけだから』
「!や、やっぱりご迷惑じゃ…」
『ふふ。じゃあ代わりに一杯付き合ってよ?』
そう副兵長が言うのと同時に一杯紅茶が出されて…一体いつの間に注文したのかわからなかったけど、とてもおいしいそれを頂いて、それから一緒に街で買い物をしたりしました。兵舎までも送っていただいて…ほんと、至れり尽くせりで…。


「見事な紳士っぷりね」


「もう流石としか言いようがないわ」


その後も飛び出す名前の話題。
暗い中での作業に付き合ってくれたとか、不安なときずっと一緒に居てくれたとか、さりげなくエスコートしてくれてたりとか…本人が聞いていたら『もうやめて…』と言いそうな話題を繰り出す彼女らは止まらない。
どれだけ名前のことが好きなのだ、と彼女のことを知らない人間ならそう思ってしまいそうだが、知る人間ならば仕方ないだろうと苦笑を浮かべるくらいの人物であるのだ。
密かに周りの人間が耳を立てているのに気付かず続けられるその話の最中、そう言えば、と思い出したようにミランダが口を開く。


「名前元帥が男性になったって聞いたけれど、本当なの?」(※「麗しの男は、」参照)


「男性に?」


「誰から聞いたんですか?」


はて、と首を傾げた調査兵団の面々、加えてリナリーも聞いていなかったのか、目をかっ開いている(怖い)。
彼女らの反応に、もしかして話しちゃまずかったかしら…!と相変わらずのネガティブ思考を発揮するミランダだったが、リナリーの誘導尋問によって結局口を割ることになってしまった。
うう、ごめんなさい…!とこの場にはいない名前に心の中で土下座しているミランダをよそに、そう言えば、とミカサが口を開く。


「名前さんのお兄さん…ユウさん、って人が…」


「あぁ!そう言えばそんな人が来ましたね!」


もっしゃもっしゃ!と相変わらずの食い意地を発揮して、テーブルの上に並べられていたお菓子をほぼ一人で完食し終えそうなサシャ。
向こうならば間違いなく拳骨を食らっていただろうが、こちらの食糧事情は違う。
いつも以上に遠慮なく口に運んでいる彼女を咎める者はおらず、そのまま会話が進む。


「?名前にお兄さんなんていないわよ?」


「じゃあやっぱりその人が…!」


ハンジの作った薬によって性転換してしまった名前を見たという人間は多い。
ただ、それが彼女自身であると知っているのは、ここに居る人間と、調査兵団上層部の人間のみに限られるのだが。
しかし、当然のように、リナリーやミランダと言った、エクソシスト達はその目にしたことが無く、名前を愛してやまないリナリーはずるい!と声を張り上げて立ち上がった。


「兄さんに頼んで性転換の薬作ってもらう!」


「えぇっ、リナリーちゃん、それはちょっと…」


何とかリナリーを止めようとするミランダだが、彼女の弱々しい止めにリナリーが止められるわけもなく。
善は急げと言わんばかりに女子会を放り出して走り出してしまったリナリーをぽかんとした顔で見送った一同。
普段の彼女とかけ離れているからだろうが…ミランダ一人だけは止められなくてごめんなさい…とさめざめ涙を流していた。


『泣いているの?ミランダ』


「!」


かつん、というヒールが床を叩く音。
俯いて涙を流していたミランダは、漸く久しぶりに聞けるようになったその声に顔を上げた。


「名前元帥…!」


『元帥だなんて…そんな堅苦しい呼び方しなくてもいいのに』


そう言って苦笑を浮かべた名前は腰をかがめて、ポケットから取り出した綺麗なハンカチでミランダの涙を拭った。
その行動に驚くのと同時に恥ずかしく感じ、彼女の涙は瞬く間に引っ込む。


『ん?あ、良かった、もう止まったね』


「名前元帥…」


『元帥じゃなくて』


「あ…名前、ちゃん…」


『うん、まあそれでいいや』


ふ、と翡翠を細めた名前は、かがめていた腰を伸ばし、近くにいた彼女らに視線を向ける。
リナリーがいないことにも気づきはしたが、コムイにでも呼び出されたのだろうと自己完結をした。


『女子会?』


「あ、はい。リナリーさんに誘っていただいて…」


『ふふ、そっか。こうして集まれることってなかなかないもんね』


勿論たまに集まったりはするが、リナリーと同年代の女性は少ない。
だからこうして、兵団の彼女らとお話しできるのが嬉しかったのだろう。
幼いころに教団に強制的に連れて来られることで、唯一の肉親であったコムイとも引き離され、挙句の果てに監禁。
その頃から外部との繋がりを断たれてしまった彼女にとっては、この上ない機会であったに違いない。


『あの子、時々暴走してしまうけど…これからたまにこうしてお話してほしいな』


若いながらも、エクソシストの中では古株に値するからか、それとも早くから臨界者となり、自分よりもずっと年上である元帥たちに囲まれていたからか。
名前が年相応の反応を見せるのはたまにで、基本的に大人びていることが多く、それはこの言動にも表れていた。


「…副兵長、なんだかお姉さんみたい」


『?、そう?』


「はい…」


いいなあこんなお姉さん…と目を細める彼女らに首を傾げつつ、そのテーブルの上に乗っているお菓子がほとんどサシャの腹の中に納まっていることに気付く。
黒の手袋に包まれた手でティーポットのふたを開ければ既に中身は空に近かった。


『紅茶とお茶菓子のお代りを持ってくるよ』


「あっ、そんな、副兵長のお手を煩わせるわけには」


『いいんだよ。久しぶりに淹れてみたいしね』


淹れるの好きなんだ、ちょっと待っててね?


そう言ってゆるり、と笑みを浮かべた名前は近くのカートにティーポット輩になった食器を手早く載せ、カラカラ、と静かな音を立ててその場から離れていく。
まさに鮮やか、手伝わなければ、とは思っていても、その暇がないくらいさっさと片付けられてしまった食器たち。
それぞれの皿に残った僅かなお茶菓子は、いくつかの皿に纏められ、テーブルの上に残っている。


「…やっぱり、お姉さんっていうより」


「紳士ね…」


しばらく後、食堂で紅茶を淹れている名前を発見したリナリーが、彼女にくっついてお茶会の会場に戻って来た。



(ベルガモットの良い香り〜)
(ふふ、協力者から貰ったんだ。折角だからみんなで飲もうと思って)
(((ここでも贈り物…!)))
(どうかした?)
(もぐもぐ!このお茶菓子美味しいです!)
(サシャは美味しそうに食べるね)
(…こいつは食い意地張っただけっすよ)

お、女の子難しい…!
そして全員分、書けるだけ書こうと思ってたら2人分+αでいっぱいいっぱいになってしまった計画の無さ…!←
女でありながらフェミニストになってしまいそうに…!(クリスタの件完全にフェミニスト化)
きっとこの後コムイの作った性転換剤飲まされて教団内はパニックになること必至です(笑)
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

prev next

[back]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -