小説 | ナノ


  淡い花弁は美しく儚く



ピクニック♪、ピクニック♪と楽しげな声を上げながらスキップをする、変人ぞろいの調査兵団の中でもさらに変人扱いを受けている、巨人の研究を担当するハンジ。
今日の機嫌のよい理由は、珍しく巨人ではなくピクニックらしい。
手にしているバスケットの中には料理は入っていないようで、かちんかちん、と物がぶつかり合う音が。
そんなハンジの足の向かっている先にあるのは団長室。
ノックをすることなくバターンっ!と勢いよく扉を開けたが、その部屋の主と、ソファにふんぞり返っている男が驚いた表情を見せることはない。


「エルヴィン!リヴァイ!お待たせ!」


「何がお待たせだ。酒とってくんのにこんなに時間かけやがって」


「いやいやあ、上官の倉庫に忍び込むのはなかなか難しいんだよ…!」


まさにやり切った感をにじませるハンジ。
リヴァイはフン、と鼻を鳴らし、エルヴィンは少々顔をひきつらせながら「(どの上官の倉庫から持ってきたんだ…)」と思考を巡らせている。
ハンジが今一度バスケットの中を確認していると、今度はきちんと、扉がノックされた。


「どうぞ」


『失礼します。お待たせしました』


久しぶりだったから、楽しくてつい。


そう笑った名前の腕には重箱が抱えられている。
大きめの布にきちんと包まれたそれは、一つではなかった。


「えと、失礼します」


「あれ?エレン」


どうしてここに?というハンジの言葉に名前が答えた。


『エレンとミカサも今日は休みだと言っていたので、どうせなら一緒に行かないかって誘ったんです』


基本的にリヴァイの監視下にいるとはいえ、普段は旧調査兵団本部の地下室に繋がれているエレン。
たまには外に出たいだろうし、リヴァイの監視下の下なら問題ないだろうという名前の判断だった。
リヴァイは一瞬顔を顰めたが、名前に言われては仕方ないとため息をついて、同行を許可する。
一安心、と言わんばかりに安堵のため息をついたエレンと、偉そうに…と殺気を混ぜた睨みをきかせるミカサ、それに対抗するように鋭い目をさらに鋭くするリヴァイ。
不穏な空気を感じ取ったエレンが、ぎゅ、と腕の中にある重箱を抱きしめるが、傍にいる名前は首を傾げ、ブーツを鳴らしながらリヴァイの傍に近づいていくのだが。


フッ…


『えっ』


「なっ」


「「っ!?」」


「床がっ」


「うっひょうおおお!」


踏み出した一歩は床につく感覚もなく、そのまま更に下に落ちていく。
ずるり、と吸い込まれるというよりは、足場がなくなってそのまま落ちていくような感覚だった。


『きゃぁあっ』


「名前っ!」


ひゅおぉっ、と空気を切る音は確かに耳に届くが、其れよりもこの感覚をどうにかしていただきたい。
イノセンスを発動しようとするものの、あの場にいた全員が落ちてしまったというパニックが大きい為か、バチッ、という電気が走るような音がするだけで、イノセンスが形を作ることはなく。
ぎゅっ、と目を閉じていると、ぼすっ、という音と共に落下が止まった。


「大丈夫か?」


『、リヴァイ、さん…』


「怪我はねえみたいだな…」


ほっ、と安心したように息を吐き出したリヴァイの両腕は、名前の背中と膝の裏にまわされている。
身長こそ変わらないものの、筋肉の量がかなり違う2人。
リヴァイが名前を横抱きにするのは容易いものであった。


『あ、もう大丈夫です…』


「、そうか」


ゆっくり名前はリヴァイに降ろしてもらい、共に落ちた彼らを見遣る。
名前と同じように重箱を抱えて居たエレンは、ミカサに横抱きにされており、エルヴィンは上手く着地できたようで既に立って辺りを見回している。
因みにハンジは上半身から落ちてしまったようで、上半身はうつ伏せに、下半身はまるでエビぞりでもしているかのように宙に投げ出されていた。


『…凄いね、ミカサ』


「…エレンに怪我をさせるわけにはいかない」


「おおおお降ろせよミカサァァアア!!」


「エレン、怪我はない?」


「聞けぇぇえええ!!!」


「情けねえ」


そんな会話を耳に入れながら、ここは何処だろうと辺りを見回す。
辺り一面、何も無く、空には三日月が一つ。
ふと振り返った彼女の視界を横切った、桜色。
片手で重箱を抱え、片手を差し出せば、その上に乗る美しい花弁。
まさか、と目を見開き見上げれば、そこにあるのは、満開の。


『さく、ら…?』


一本の桜の木。
サァアア…と風に揺らげば、淡いピンクの花弁を散らす。
その桜の奥を見れば、根元はないというのに、一部だけ残された城。
あぁ、間違いない。
ここは、


『…江戸』


「?どこだ?」


『…私達の世界の極東に位置する、日本という国の中心地です』


コツコツ、と何もない地面を歩き、手を伸ばして桜の幹に触れる。
千年公によって、街も、草花も、AKUMAも消し去られた江戸。
そんな地で、桜の木が一本だけ、こうして咲き乱れている光景は、まさに幻想的だった。


「え…ここ、名前副兵長の…!?」


『千年公の力のせいで、こうしてほとんど残っていませんが』


どうやらこの木は、彼らの戦闘が終えてから生えてきたようだ。
ハンジは初めて見る桜に興味深そうだ。


「綺麗なもんだな」


『…そうですね』


そう言って小さく笑った名前がどこか儚く、消えてしまいそうな印象を与えた。
リヴァイは咄嗟にその細い腕を掴み、何処にもいかないようにと自分に引き寄せる。


『、リヴァイさん?』


「…いや」


『?』


至近距離で見つめ合いながら、名前は首を傾げている。
そんな2人の耳に、ばさりっ、という物音が聞こえた。


「せっかくだからここで食べようよ!なかなか風情もあるしね!」


「お前の口から風情なんて言葉が出てくるとはな」


「ハンジさんの頭の中、巨人のことしかなさそうなのに…」


「しっつれいだなー、リヴァイもエレンも、私だってたまには別なことぐらい考えたりするさ」


ぶすぅっ、と頬を膨らませるが、リヴァイの「お前がやっても可愛くない」という発言に抜けていく空気の音。
エルヴィンはその言葉の裏に「名前だったら可愛い」というリヴァイの心の声を聞き取ったが、お前の場合名前だったら何でもいいだろうという秘かな突っ込みをしておく。
名前とミカサは、ハンジが拡げかけていたレジャーシートを全て広げ、周りに重しになるような石はおろか、何も無いため仕方なく、自身のジャケットとブーツを重し代わりにすした。
エレンが持ってた重箱と名前が持っていた重箱の布を外し、ハンジが持っていたバスケットの中から飲み物とお手拭きを準備する。


『皆さん、準備が出来ましたよ』


「あ!すみません、手伝えなくて…」


『大丈夫、ここまで持ってきてくれたでしょ?』


申し訳なさそうに謝ってくるエレンにそう言い、準備を手伝ってくれたミカサにありがとうと言えば、彼女は嬉しそうに頬を染めて表情をわずかに綻ばせた。


「…アイツ、猫被「君も大概だと思うよーリヴァいででででででだだだ!!ヘルプ!!!名前−!!」」


『もー、リヴァイさん、折角のお花見なんですから、ね?』


「…(もー、とか、ね?とか…流石俺の嫁…)」


「(リヴァイが妄想に走っている気がする)さあ、お腹もすいてきたことだし、頂こう」


「はい!」


いそいそとブーツを脱いで各々に皿と箸、お手拭きを渡し、一足先に手を拭いていた名前は、重ねられた重箱を広げていく。
中に詰められている料理はどれも美味しそうだ。
いただきます!と言って各々が箸で料理を摘まみ、口の中へ。


「うんまー!」


「うんうん、さっすが名前!」


「美味しい…」


「うまい」


「手が込んでるな」


『ふふ、ありがとうございます』


どうやら満足してもらえたようだと、名前も料理を口に運ぶ。
もぐもぐ、と食事を食べながら、ふとエレンが桜を見上げた。


「この花、初めて見ましたけど…なんか、寂しい気持ちになりますね」


「そーお?」


「…エレンがそう言うなら、きっとそう」


「やっぱりお前には風情云々言う資格はねえな」


「え!?なにそれひっど!」


「まあまあ」


ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めてしまった彼らに目を細めた名前は、自身の頭上から降ってきた花びらを一枚、手に取る。


『桜は“儚さ”の象徴なんです』


「、儚さ?」


『はい』


だから、エレンの言っていることも間違いじゃないんですよ、と続ける名前。
エレンは名前の言葉がうれしかったのか、えへへ、と照れくさそうに笑って、ミカサはその表情をじっと観察。
リヴァイとエルヴィンが、ほう、と桜を見上げていると、ハンジがねえねえと話しかけてくる。


「この桜、持ち帰れないかな!?」


「大きさ的に無理があるだろ、クソメガネ」


「そうだね、向こうに植えられるだけのスペースはあるだろうけど、掘り返すのは難しいだろう」


「えー…やっぱり無理かあ…」


残念そうな表情を浮かべるハンジ。
名前は苦笑を浮かべて、美しい木々を見上げる。


『可哀想ですけど、記念に少しだけ枝を手折っていきましょう』


「!いいのかな!」


『あんまり手折ると可愛そうなので、少しだけ』


その後、無事戻ってきた一同。
各々の部屋には、桜の枝が差された花瓶が置かれているという。



(桜、か…)
(、どうかしたか、名前)
(ちょっと懐かしくなってたんです)
((“桜はお前の国の花なんだよ”))
((団長、))
((“とても美しい花なんだ”))
((やっぱり桜は、綺麗な花でした))

お花見シーンが少ない…だと…!?←
もうちょっとワイワイさせようと思ってたんですけど(折角のお酒も準備したのに)書けませんでした…
精進します←
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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