小説 | ナノ


  夏の夜話



「いやー…あっついねえ…」


「ならこの炎天下の中態々ここまで来るてめえはとんだキチガイだな」


ぱたぱたとYシャツの襟元をつまんで空気を取り入れようとしているハンジに容赦なく突き刺さるリヴァイの一言。
因みに、声を発する以外微動だにしていないリヴァイには、ジャケットもYシャツも脱ぎ、アンダーを晒している名前が寄りかかる様にしてくっついている。
どうやら彼は動かなければさほど熱くないらしい…動けば熱くてくっつけたものではないのだと名前は語る。
因みに暑さにやられ、だらけているのは何もハンジや名前だけではない。
リヴァイ班の面々、恐らく本部では104期生を含む調査兵団がぐったりとしているだろう。


「…と、いう訳で」


チキチキ☆怪談大会!!


『…チキチキって古い…』


「大丈夫ですか名前副兵長…」


額に冷え●タを貼った名前が、覇気のない声でいう。
エレンは敢えてそれを否定せず、絶えず名前の心配ばかりしている。
暑さにやられているせいで発言も投げやり、心に思ったことを正直に言ってしまった彼女の言葉に地味に傷ついたエルヴィンだがなんとか持ちこたえる。
と、とにかく、と再び口を開いた。


「暑い夏には怪談と相場が決まっているからな」


「セットも凝ってるねー」


そう言うハンジは感心したような表情で部屋の中を見回す。
窓という窓にはすべて遮光カーテンが引かれ、月明かりさえも入って来ない暗い室内。
参加者全員の前にセットされた蝋燭、何処から引っ張って来たか知らないが、不気味な仮面やら置物が部屋の中にポツリポツリと備え付けられている。
『無駄な労力を…』と、呟きながら、名前は新たに取り出した冷●ピタを項に張り付けた。
因みにリヴァイには、ここまでの移動のせいでその筋肉質な肉体が熱を発しているため彼女がくっつくことはない。
熱が収まるまで再びくっつくことはないのだろうが、彼はその筋肉のせいで、いつまでも躰が温かい…おそらく今日はもうくっつくことはないだろう(だから名前がリヴァイにくっつくのは、寝起きから午前中、訓練が始まる前が多い)。
リヴァイがしょんぼりしているのは残念ながら彼女の視界には入っていない。


「名前は怪談物大丈夫なの?」


『あぁ…任務で不気味な洋館とかにはよく行っていたので…』


勿論子供のころは怖かったが、何年もそんなところに、しかも危険地に一人で送り込まれることが多くなれば嫌でも慣れる。
実際、本物のお化けに遭遇したことはないと言っても、イノセンスによって引き起こされる怪奇現象に巻き込まれたりすることはあったため、少しは耐性がついている。
へぇ、と納得する一同に、でも、と名前は続けた。


『呪●とかリン●云々は無理です』


「なんで!?」


『だって、当事者が自分じゃないから能力で解決できないじゃないですか』


「…基準がいまいちよくわからねえ」


何処から取り出したのか、パタパタと団扇で扇いでいる名前。
彼女のその言葉に対する一同の想いを代弁したリヴァイに、うんうんと頷く彼ら。
そのまま雑談が始まってしまいそうになったが、ゴホン、というエルヴィンの咳払いによって室内が静まり返る。


「それじゃあ、始めようか」


エルヴィンのその言葉で始まる怪談話。
しかし、以前から知らされていた訳ではなくいきなり開催されたものだったので、話す内容が被ってしまったり、あまり怖いものでなかったりと、残念ながらあまり盛り上がらない。
ハンジは話しているうちにいつの間にか巨人の話に変わっているし(リヴァイから制裁という名の暴力を受けていた)、エレンが少し怖がれば、ミカサから容赦ない制裁(という名の暴力パート2)が下される。
話しになんとなく耳を傾けつつも、暑さのせいでうまく頭の働かない名前の眸は虚ろ。
そんな中、彼女に話をする順番が回ってきてしまった。


「名前、お前の番だぞ」


『私ですか…』


「とびっきり怖いの期待してるよ!」


『はあ…』


任務に科学班の手伝いだのなんだのと多忙な日々を送っていた名前は、教団で行われるイベントパーティーの類に参加する余裕はあれども、態々怪談を見聞きするようなことはしてこなかった。
ここにラビがいれば、世界中から集められた怪談話の中で怖いものを厳選できるのだろうが、彼女はブックマンでもそのJr.でもない。
うぅん、と小さく唸った名前は話し始める。


『怪談話はよく知らないので…任務のお話をしますね』


「おぉ…!」


記憶を頼りに語りだす。
その任務は今から3年前のものだった。

『人形、ですか?』
「そう。まぁ、本当に人形かどうかは分からないんだけど」
イノセンスが体内に埋め込まれているらしい人形。それは古びた城、今では廃墟と化し、人っ子一人住んでいない街のその奥の森の中にあるのだという。人がいないため騒がれることもなく、エクソシストを呼ばれることもないそこは、AKUMAにとっては格好の棲家であった。たまたま、その地区の近くを回っていた名前は2つ返事で了承し、その寂れた街へと足を向けた。
「お客さん、こんなところに一体なんの用だい?」
『実は、知り合いがここにあるものに興味があるらしくて』
「ここにあるもの?随分と酔狂な人だねぇ。ここはもう随分前に寂れちまって、価値の有る物なんて何にもねぇさ」
『すでに持ち去られてしまったのですか?』
「あ?あー…いや、そういう訳じゃねえと思うなあ。なんせ、ここも昔は栄えてたもんでさ。ほら、あそこの森の奥にある城が見えるだろ?」
そう言って、馬車の手綱を引いていた男が指差した先には、今にも崩れそうな外見の城が一つ。間違いない、今回の任務先だ。
「あそこに大層な宝があるだのなんだのっていう根も葉もない噂を信じた盗賊たちやら若者がさ、競うようにこの街に入っていったもんさ…ただ、だーれも帰って来たのを見た奴はいねえけどなあ…」
ここまで乗せてくれた馬車の男に見送られ、名前は寂れた街の中に入っていく。崩れ割れた煉瓦、水の枯れた噴水、石畳の間から生える雑草。誰かのものかと思しき、首の引きちぎれた人形。当然、人の気配は全く感じられない。しかし、馬車の男から教えられた自分より先に立ち入った人間たちの事を考えると、街を回らずに城に直行することはできない。はぁ、とため息をついた名前は、一人街の中を歩きはじめる。しかし、彼女の中には引っかかることがあった。
『…AKUMAの格好の棲家のはずなのに、AKUMAの気配すらしない』
試しに大きな声で誰かいないかと叫んでは見るものの、その声に気付いて誰かが出てくることはもちろん、何か、生き物が反応する気配すら見られない。それでも街の中を歩き続けること暫く。やはり誰にも会えず、諦めた名前は城へと向かうことにした。街の奥にある森の中へと続く一本道の入り口。鬱蒼とした森の中を進んでいくが、やはり生き物の気配は感じられない。鳥も、獣も、虫も、なにもいないのだ。ただここにあるのは、自分と、生い茂る木々、そして、目の前に聳え立つ城。
『…盗賊たちが来たにしては綺麗だな』
木製の扉は、古びているせいで所々罅は入っているものの、手荒にされた形跡は全く見られない。まるで、人の手に触れられていないかのような不気味さを醸し出していた。試しに押してみれば、鍵はかかっておらず、呆気なく開かれる。街の中と同様、ここにも随分人が入っていなかったのだろう。しかし、埃臭くはあるものの、蜘蛛の巣はない。マリのイノセンスを発動しても何も聞こえないことから、ネズミも虫もいないのだと分かる。
『人どころか、生き物ひとついやしない…』
辺りを見回しながら進んでいた名前の足音が変わる。ふと床を見てみれば、そこには大きめの水溜り。雨漏りしている様子も見られないし、何より、ここしばらくは雨は降っていなかったはず。疑問に顔を顰めながらも再び歩き出す。この城のどこかにあるという人形…しかしこの馬鹿でかい城、探すのは容易ではない。そう、思っていたのだが
ぺたぺたぺた…
『っ』
足音の大きさからして子供のもの、その音の場所まで走るが、いつの間にかその音は消えており、その足音の正体を突き止めることはできなかった。それから探し続けている間、にも、壁に立てかけてある絵画が落ちてきたり、鎧が崩れ落ちたりしてきた。何の気配もないというのに―――そして、

『見つけたんだ』


「み、見つけた…?イノセンスを!?」


『いえ、死体を』


「「「………」」」


彼女の言葉に固まった一同。
そのしばらく後、ヒィィィイ!!という情けない声が響いた。


「なっ、なんでそんなあっけらかんとしてんですか!」


「名前副兵長の語り口が怖いッス!」


「そこは普通に驚くところである!!」


「…ん?」


ギャーギャーと騒がしくなる室内。
しかし、なんだか聞き覚えのない語尾、そして声が混ざっている。
それはその場にいる全員が思ったことで、せわしなく互いの顔を見合うもの、固まって動けないもの、顔色が悪くなっていく者と様々だ。
そんな中、リヴァイが静かに口を開く。


「…こういう話をしていると、呼び寄せる、っていうよな、良く」


『自分のことを呼んでるのかって錯覚しちゃうんですよね』


「へ、兵長、副兵長、そんなこと呑気に話してる場合じゃ…!」


実際呼び寄せてしまったのかと固唾をのむ彼ら。
そんな彼らを見かねて、名前が『ん、』と指差した。
あまりに自然なその動作につられてそちらを見てしまった彼らが、ぎゃああああああああ!!と叫び声をあげる。


「うわあああああああっ!!!」


「ゆゆゆゆ幽霊が喋ったあああ!!」


「ししし失敬な!幽霊ではないである!」


「幽霊はみんなそう言うんだああああ」


「…酔っ払いじゃないんだから」


幽霊は喋らないだろう、というエルヴィンの言葉が耳に届いたのか、しばらくして落ち着きを取り戻した彼ら。
え、じゃあ…という彼らの視線の先にいるのは、白髪の長い前髪が顔に垂れ掛かっている、長身痩躯の黒衣の耳の尖った男。
蝋燭しか灯が無いせいか随分不気味に見えるが、やはりこんな人物は調査兵団にはいなかったと、恐怖と戦いながら警戒している彼らの耳に、呑気な声が届く。


『や、久しぶりだねクロウリー』


「…名前?名前であるか!?」


『怪談話の真っ最中に出てくるなんて、流石吸血鬼型エクソシスト』


好きでこのインセンスの適合者になったわけじゃないである…というクロウリーの言葉に唖然とする一同。
え、じゃあ、という言葉に続き、リヴァイがクロウリーに視線を向けた。


「…お前は名前と同じエクソシストか」


「そうである…しかし、一体ここは…」


『…クロウリー、クロス元帥の実験に巻き込まれなかった?』


「いや、我輩は古城で任務を…イノセンスを回収しようとしたら突然水に呑まれて…」


イノセンス、古城、水…先ほどの名前の話と見事にマッチングしている単語。
まさか、という疑問はあったが、ここであの恐ろしい話を再開されても困るので、と口を噤むことにする。


『あ、そうだ』


「?」


ちょいちょい、と部屋の隅に移動した名前がクロウリーを招く。
少し猫背の気の弱そうな男がそちらに向かえば、ろうそくの明かりは届かないらしく、2人の姿は認識できなくなった。
こしょこしょ、と暫く話していたらしいがその話し声がやみ、きゅぽんっ、ごくごく、という音が暗い室内に響き、何人かが名前の名前を呼ぶも返事はなく、なんだなんだと首を傾げていると。


フッ…


「うわああああ蝋燭消えたあああああっ!!」


「おおおいマッチは!?」


「バっカ踏んでる!いででで!」


バタバタと走り回るが、暗闇のせいで誰がどこにいるか分からず衝突もしばしば。
諦めてカーテンを開けようとするが、誰に触れていないはずのカーテンが一斉にすべて開かれた。
まるで演出したかのような赤い月をバッグに佇む一つの人影。
尖った耳と高い身長から先程の男と分かるが、何かおかしい。
気の弱そうな雰囲気は消え、白い前髪は後ろの流されており、笑みの浮かべられている口元からは、鋭く尖った歯、
眸は白黒逆転しており、白い眸が人影の中に不気味に浮かぶ。
先程まで怪談話をしていた彼ら(不完全燃焼気味ではあったが名前の話で一気に恐怖に引き込まれたらしい)には十分すぎる光景だった。


ぴちゃっ、


室内でありながら、茫然とたたずむ彼らのうち、一部の人間の頬に垂れた液体。
それは雨漏りというには生温かいし、第一雨なんて降っていなかったはずだ。
再び頭の中を駆け巡る先程の怪談話、そして似たような状況にいたという男が、目の前で豹変している現状。
ひくっ、と言葉が詰まって呼吸が詰まりそうになった瞬間、男の体がゆらりと揺らめく。
それを皮切りに、絶叫を上げて部屋から飛び出していった兵士たち。
ガランと一気に人口密度の減った室内に残っているのは、名前と彼らを脅かした男、張本人であるクロウリー。
そしてリヴァイ、エルヴィン、ハンジの3人だけだった。
因みにミケはこの怪談大会には参加していない。


『…予想以上』


「やっぱり名前が考えたのか」


『折角クロウリーがいるから…こう、実物を見せるのもまた一興かな、と』


すっかり夜目に慣れてしまっている名前はマッチを拾い上げ、室内に設置されているランプに火をともす。
クロウリーは飲んだAKUMAの血液が少量だったからか、既に元の状態に戻っておりハンジの設問攻めにあっていた。


「…まぁ、ひやりとできたから結果オーライじゃないか?」


ははは、と笑うエルヴィン。
それでいいのかとリヴァイは顔を顰めたが、まあいいか、と名前の手首を掴んでその部屋を後にした。



(もー、副兵長驚かさないで下さいよ)
(水も垂らすなんて、演出が細かいですね!)
(え?水?なにそれ)
(……………え?)
((以降、怪談話の行われた室内に足を踏み入れる者が少なくなったのは言うまでもない))

クロウリー初めて書きました…そしてあまり怖い怪談話じゃないっていう←
すみません、ノリノリになった名前がめっちゃ怖い語り口で語ったと思ってください←
きっとクロウリーも最初はあまり乗り気じゃなかっただろうけど血液飲んだらきっとノリノリになってくれると信じてます…←
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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