愛すべきふたり
子供が生まれれば、母親はその子供の世話に追われる。
当たり前だとわかっていても、リヴァイはその状況に若干の不満を持っていた。
「へ、兵長、」
「あ゛?」
「ひぃっ!!しょっ、書類です!」
(リヴァイ班全員の)書類提出のためにリヴァイの部屋を訪れたエレン。
そんな彼に不機嫌ですと言わんばかりの鋭い眼光を向け、ドスの効いた低い声で対応をしたリヴァイ。
リヴァイの暴力と言う名の恐怖をその見で体感していたエレンが怯えないわけがない。
案の定、叫びながら書類を提出したエレンは、その場から逃げるようにリヴァイの部屋を後にする。
律儀にもお辞儀を忘れないあたりは流石だろう。
「…チッ」
盛大な舌打ちをしながらエレンの提出していった書類を手に取るリヴァイ。
彼のもとには、こんなふうに次から次へと書類が舞い込んでくる。
壁外調査で疲れているのだからデスクワークぐらい憲兵団で全てやれと言いたいところだが、こちらは民の税金で活動をしている身。
そうも言っていられない上、リヴァイには立場上、多くの部下の書類が舞い込んでくることになっている。
いつも以上に色濃くできた目の下の隈。
それは彼の補佐役である名前がいないということも、大きく関係しているのだろう。
なぜ彼女がいないのか、それは数カ月前に遡る。
「リヴァイ兵長!元気な男のですよ!」
ウォールシーナにある大きな病院。
そこで響いた看護師の声。
リヴァイは落ち着かなさそうな様子で廊下をウロウロしていたが、その声に、分娩室に飛び込んだ。
そこには疲れきったような表情をしながら、ゆるやかに笑みを浮べている名前と、彼女が抱える小さな命。
リヴァイは近づき、名前の頬を撫でた。
「よくやった…頑張ったな…」
『ふふ…リヴァイさんそっくりで強情だから…なかなか出てこなくて疲れちゃいました』
「名前も強情だと思うがな…」
そう軽口を叩き合いながら、リヴァイの視線は名前から、未だ目を開かずにいる赤子へと移る。
うぅ、と小さく声は上げるものの、目覚める様子はない。
「小せえ…」
『赤ちゃんですから』
抱いてみて下さい、と名前に差し出された赤子。
首が据わっていないからと教えてもらった抱き方で抱えた赤子は軽くて。
ふくふくな頬に、指を滑らせた。
「(柔けえ…)」
『リヴァイさん、名前で呼んであげて』
名前の声にはっ、としたリヴァイは、彼女と2人で考えた名前を告げた。
父親らしい、優しい声色だった。
「お前の名は、―――」
『息子』
「あうあー、まあま!」
『ふふ、お腹すいたでしょう?』
お昼にしましょう、と息子である息子を抱えた名前は、授乳をしようと服に手をかけたが、それを遮るようにノックされた扉にそちらを振り返る。
『どうぞ、』
「失礼します」
『、エレン』
部屋の中に入ってきたエレンは名前が息子を抱いているのを見て邪魔してしまっただろうか…と思ったが、背に腹は代えられない。
率直にリヴァイの現状を言ったエレンに、名前は小さく笑った。
『分かった。ごめんね、リヴァイさんが』
「いえ!すみません、産休中なのに…」
『産休って言っても、壁外調査に行っていないだけで書類処理はやってるから問題ないよ』
「そうですか…」
ホッとしたような表情を浮かべるエレン。
名前も笑みを浮かべて、少し彼に部屋から出ているように言った。
『息子にご飯を食べさせたらリヴァイさんのところに行くから、その間この子の事お願いね?どうせならみんなで世話してくれてもいいから』
「わかりました!」
そう扉越しに会話をしていた2人。
ある程度母乳を飲んだ息子が、腹一杯と言わんばかりにぷはっ、と口を離した。
とんとん、と背中を優しく叩いて小さくゲップをしたのを確認した名前は、エレンにもう中に入ってもいいと告げる。
「失礼します」
『うん。そろそろ寝付くと思うけど…よろしくね?何かあったらリヴァイさんの部屋に来て』
そこにいるから、とそう言い残して、半分夢の世界に落ちかけている息子の頬に小さくキスを落とした名前は、そのまま部屋を後にする。
エレンは腕に抱いた小さな命に、笑いかけた。
「お前すげえな、あんな美人が母親で、人類最強が父親だなんて」
将来有望だと、笑う声は誰にも届かずに消えていった。
『リヴァイさん、失礼します』
「、名前…?」
『はい、私です』
ガチャリと音を立てて中に入ってきた名前。
リヴァイはどうして彼女がここにいるのかまだ理解できていないようで、ポカン、とした表情のまま名前を見上げていた。
珍しいその表情に苦笑を浮かべた名前が口を開く。
『エレンからリヴァイさんのことを教えてもらったんですよ。そろそろ限界だって』
「…チッ、あの野郎…」
『いいんです。私もそろそろリヴァイさんに会いたかったから』
「!」
名前のその言葉に目を見開いたリヴァイ。
そんなに驚くことだろうかと苦笑を浮かべながら、名前は机を回りこんできた。
『息子は可愛いですけど、やっぱりリヴァイさんも好きだから』
「…悪いな。無理させたくなかった」
息子の世話だけでなくリヴァイの補佐まで加われば、名前に負担がかかるということは必然で、リヴァイが最も危惧していたことだった。
名前が体調を崩せば自分は仕事に手がつかないだろうし、息子はもっと心配するだろう。
そんなことにならないためにという苦肉の策だったのだが、どうやら失敗だったらしい。
名前は腰を曲げて、椅子に座っているリヴァイと視線を合わせると、彼の少し血色の悪い顔に白い手を滑らせた。
『酷い隈…寝てないんですか?』
「仕事が終わらなくてな…」
『…もしかして、やけに私に回ってくる仕事が少ないと思ったら…』
「……」
リヴァイの言葉にはっとした様子を見せる名前。
てっきりエルヴィンの指示だと思っていたのだが、どうしようもなく心配症な夫の仕業だったらしい。
じとっ、と言う視線を送れば、バツの悪そうな表情を浮かべ、そろりと視線をそらされる。
でもわかっていた。
彼は、こういう不器用な方法しかとることができないということを、
『…一度寝ましょう?起きてから仕事をして…私も手伝います』
「名前、」
『私の体のことを心配して下さるのは嬉しいですけど…私だって、』
リヴァイさんのことが、心配だから。
そう笑った名前に、リヴァイは椅子から立ち上がり、彼女を抱えるとそのままベッドに直行する。
あ、え、あの、と戸惑ったような声を上げている名前のことはまるっきり無視をしているのか、声に耳を傾ける様子は見られない。
「…我慢、しなくていいんだよな」
『、はい?』
とさっ、とベッドの上に降ろされた名前。
ブーツはリヴァイに脱がされて、揃えて置かれる。
リヴァイも自身のブーツを脱ぐと、彼女の隣に寝転がった。
『あの、私リヴァイさんが寝てる間に書類を…』
「いい。俺と一緒に居ろ」
でも、と言い淀んだ名前を抱き寄せ、その唇に噛み付く。
久方ぶりのその行為に、リヴァイは自身の心が満たされていくのを感じていた。
『んっ、ふ、う…っ』
「ん…」
はじめは戸惑っていた様子を見せていた名前だったが、次第にリヴァイに応えるように、リヴァイの舌に自身の舌を絡める。
ぬるり、と滑る体温、震える身体。
初めは互いに向き合うように寝転がっていたのに、次第にリヴァイが名前の身体にのしかかるような体勢に変わる。
『ん…リヴァ、ふあ』
「…ん、ちゅ……情けねえよな、息子に嫉妬するなんて…」
ふは、と名前が息を整えている間に、ぽつりとこぼした小さな声。
至近距離にいる名前にはもちろん届いていて、彼女はパチパチ、と大きな瞳を瞬かせた。
『嫉妬…?』
「……ガキが生まれる前は、ずっと一緒に居ただろうが」
確かに、息子が生まれてから名前はリヴァイの補佐はあまりせず、自分に回される仕事を中心にしていたし、そうするように指示をされていた。
壁外調査に駆り出されることもなく(息子が離乳食に突入したら再開を検討している)、リヴァイはリヴァイで大量に舞い込む仕事のために以前よりもずっと生活が不規則になっていたせいで、息子のために規則的な生活を送っていた名前とは必然的にすべてのリズムが噛み合わなくなる。
「…お前が息子につきっきりになっちまうのが嫌だった…だったら見なけりゃいいと思ったんだが…安易な考えだったな」
会えねえのもつれえ、と息を吐き出しながら名前を強く抱きしめるリヴァイ。
久しぶりの抱擁は少し苦しかったけれど、嬉しかった。
名前もリヴァイの背中に、細い腕を回す。
『これからはリヴァイさんの部屋で仕事します』
「、大丈夫なのか?」
『いいんです。私がそうしたいから…あの子も大人しくしてくれてるし』
「…そうだな…そのほうが助かる」
くすくすと笑う名前に、ふ、と目を細めたリヴァイ。
2人はもう一度口づけをかわして、強く抱き合ったまま、瞼を閉じた。
(うあー、まあま、まーまー…(しょぼん…))
(ほっ、ほらっ、息子くん、ママとパパの人形よ!)
(ペトラさん、そんなのどこから…)
(副兵長の人形はグッズで売ってた奴で、兵長のは脅ゲフンゲフン、快くセットで作ってもらったの!)
((おい、今脅したって言わなかったか))
((言ったな…))
(ふ、ペトラ…俺達も人形つくるか)
(まあまー!)
(あ、名前副兵長の人形だけとったぞ)
(ほら!人類最強だぞ?)
(…やー)
((((!!?))))
(あら?副兵長の人形を兵長の人形から遠ざけて…ふふっ、親子は似るものね)
(?)
((ママは僕の!))
((名前は俺の))
…あんまり嫉妬してるような感じじゃないですね…!
ちょっと父親らしく自分で抱え込もうとして失敗する兵長でした←こうしてあとがきで補足する必要がなくなるような文字書きになりたいですね…
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*
[back]