扉を開けたら
今日の試合はいつもより遅めに幕を閉じるだろう予想していたから、電話で既に名前に夕飯はいらないと言った。
試合後、出口達に夕飯に誘われて断ったが、たまには付き合えと児島に言われたから仕方なくこいつらについていくことに。
そういえば今までこいつらと一緒に夕飯なんて食ったこと無いな…。
まぁ、男ばっかりでファミレスも気持ち悪いから、きっと酒を飲みにどっかのバーにでも行くんだろうけど。
…騒がしそうな奴らがいるならバーじゃなくて居酒屋の方がいいんじゃないかと思ったが、騒がしいのは好きじゃない。
疲れた身体には早く癒しが欲しいが…まぁ児島が奢るといったから仕方なく行ってやることにした。
…んだが。
『い、いらっしゃいませ…』
「…なんでいんだ、名前」
『…これには深い事情が…』
カランと重厚な雰囲気を漂わせる扉を開けたその先には、最近見ることが無くなっていたウェイター姿の名前がバーカウンターの向こう側に立っていた。
え、え、と俺と名前の姿を交互に見てどこか戸惑っているような声を上げている藤田と今井、出口の足を蹴ってさっさと中に入らせる。
入り口で固まってんのは邪魔だ。
とりあえず中に入ったものの呆然と立ち尽くしている様子の3人を放置して俺はさっさと名前の目の前を陣取る。
児島は何だか苦笑して俺の隣に座った。なに笑ってやがんだ。
「で?」
『う…』
「その深ーい事情ってのを聞こうじゃねぇの」
『…え、と』
少々言い淀んではいたが、俺の視線に耐えかねたのか。
小さくため息をついた名前は、洗い終えたグラスをタオルで拭きながら話し始めた。
渡久地からの連絡があった後、名前は自分一人分の食料を買いに商店街を歩いていた。
いつもの行きつけのスーパーから出て、いつもならば帰ろうと岐路についている時間だが、今日は渡久地が居ない。
自分だけの夕飯だったら少しは遅くなってもいいだろうと、此方に来てからゆっくり回ることが出来なかった商店街を少し歩いてみる。
ふと、大通りから少し外れた薄暗い道を少し行ったところに、蹲っている男が一人。
それに気付いた名前は慌てて駆け寄ると、彼は凄い熱を出していた。
此処を少し行ったところに自分の経営しているバーがある、と言う事で其処まで付き添って連れて行くことに。
何とか辿り着きはしたものの、これでは店に立つ事は出来ない。
いっそのこと休みにしてしまったらどうかと勿論名前は提案したが、彼は其れを受け入れなかった。
何でも今日はどうしても外せない予約が入っている、とのことで。
今日は渡久地は遅いから、と考えた名前は、必死に立とうとしている彼を制して代わりに自分が店に立つと言い出した。
最初は渋っていた彼も、彼女にバーテンダーの経験があることを知り、お願いしますと頭を下げることに。
名前も彼のどうしてもはずせないと言う予約の客だけ受けようと思っていたのだが、聞いた時間になっても彼らは現れない。
代わりに別の客が入ってくるし、一度入った客を追い出すことは出来ないからと仕方なく、その予約の客が来るまで別の客の相手をしていたら。
『東亜たちが来店した、っていう流れなんだけれど…』
「…自分のことは面倒くさがりな癖に他人には甘えなぁ」
『病人限定だよ』
誰にでも優しいほど私はお人好しじゃない、と不服そうに言うが、俺に比べたら十分お人好しだ。
「そこの基準を渡久地にしちゃあいけないんじゃないか…?」
「何か言ったか」
「いや」
ふい、と顔を逸らす児島。
遅えんだよばっちり聞こえてっからな。
さっさと飲んで帰ろうかと思ったがさっきの発言に加えて名前もいるんだ。
がっつり飲んでやる。
『児島さんお久しぶりです。腕の方は調子良い様で…安心しました』
「苗字さんのお陰だよ。医者にも応急処置の仕方が良かったからこれだけ回復が早いって言われたんだ」
『そんな。普段から自分の身体に気を使ってる児島さんだからですよ』
おい、顔ニヤけてるぞ。
人の女にデレデレしてんじゃねー。
なんてことは口に出さない、格好悪いだろ。
そんなことを考えていると、呆然と突っ立っていたはずの出口たちがいそいそとカウンター席に座る。
…男ばっかり並ぶとなんか気味悪いな。
「な、なぁ渡久地、児島さんと話してるのって…」
「あ?俺の女だけど?」
「…なんか俺もう立ち直れねぇ……」
「はっ、なんで」
「だってよ…お前すげぇ投手でさ、駆け引きも抜群に上手いし…それだけじゃなくてあんな美人な彼女持ちなんて…もう泣きそう」
「泣くなよ、気持ち悪い」
「うううう」
名前が児島とばかり話してるからか、自分でもいつもより言葉に棘があるような気がする。
くそ、さっさとこっち向け、馬鹿。
お前は俺の相手だけしてればいいんだよ。
((それでも))
((普段俺に見せているような笑みで笑っていない名前に))
((少し、安心した))
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