小説 | ナノ


  徒花を咲かせる



珍しい。


「いい加減にしろリヴァイ!少しは譲歩するということを学べ!!」


「あぁ!?十分譲歩してるだろうが!」


あの二人が


「どこがだ!?」


「監禁もせずにちゃんと書類を届けさせたり紅茶だのコーヒーだの淹れさせたりしてんだろ!!」


喧嘩をしている。


『…はあ』


ぎゃーぎゃーと言いあう2人を視界の端に入れつつ、来客用のソファに深く腰掛けた名前は、困ったような顔をして溜息をついた。
いつもならば、彼女がため息をつけば誰かしらが「お疲れ様です」やら「あまり気にしない方がいいですよ」やらと慰めの言葉をかけてくれるのだが、今日はそうはいかない。
何故なら名前はエルヴィンとリヴァイの口喧嘩に巻き込まれ、団長室にいるからだ。
一般兵ならまず訪れることはないし、可能性として考えられるハンジとミケも、今日の分の書類はすべて処理して既に提出し終えてしまっていると言っていたため、ここに来ることは緊急時以外ないだろう。
しかし、いつもなら喧嘩なんてすることのないであろう二人がなぜこんなにも激しいものを繰り広げているのか。
それは少し前にさかのぼる。


「名前、今日の仕事はもう終わりか?」


書類の最終チェックはたいていエルヴィンだ。
名前は仕上げたそれらを提出するために彼の部屋を訪れる。
元々回された今日の分の仕事が少なかったため、処理能力の高い彼女はそれらをあっという間に仕上げてしまった。
今朝の時点でリヴァイからも「今日の仕事は少ないから手伝いは良い。お前も躰を休めろ」と言われていたため、この書類提出で今日の仕事は終わりを告げる。


『、そうですね、この書類が最後です』


「そうか。この後の予定は何か入っているか?よかったら一緒に街に出かけないか?」


珍しいエルヴィンからの誘い。
新しい喫茶店ができたということを部下から聞き、時間が空いたら行こうと思っていたらしい。
名前もその喫茶店のことはペトラから聞いており、前々から行こうと考えていたのだ。
エルヴィンへ二つ返事で返した名前。
ジャケットのままじゃリラックスできないだろうということで、私服で出かけることにした二人は兵団の入り口での待ち合わせ、暫く待っていたのだが、なかなかエルヴィンが現れない。
基本時間をちゃんと守る筈のエルヴィンだ、何かあったのだろうかと心配になった名前は態々団長室へと引き返していけば、歩くたびに腰のホルダーに装着されている外出用の赤いトンファーが煌めいた。
そうして辿り着いた団長室の向こうから、何やら言い合う声。
すっかり聞き慣れたその声に首を傾げながら団長室に入ったところ、見事に彼らの言い合いに巻き込まれてしまった。


「なんでてめえが名前と一緒に出掛けんだ」


「私が誘ったからだ。それ以外に何か理由がいるか?」


「チッ…俺だって誘おうと思ってたんだよ」


「早い者勝ちだ、私に譲れ」


「あぁ?ふざけんな、はいそうですかと譲れるわけねえだろ」


リヴァイのその一言に、それまで努めて穏やかな表情を浮かべていたエルヴィンがため息をつく。
彼の端正な顔は、やれやれ、と言わんばかりの表情になっていた。


「たまにはいいじゃないかリヴァイ。君はいつも名前と一緒に居るだろう」


「いつもだと?」


そんなわけあるか、と言い放つリヴァイ。
だが実際、名前とともにいる時間が一番多いのは、この不満そうな表情を浮かべているリヴァイなのだ。
勿論仕事はそれぞれがあてがわれた場所で処理しているが、名前は仕事が終わればリヴァイの手伝いをし、食堂に向かう時だって二人そろって現れる(その時にエレンがギリギリとハンカチを食いしばっている光景は最早恒例と言ってもいい)。
リヴァイが酒を飲むときは、彼女はあまり飲まないもののたしなむ程度は付き合うし、壁外調査のときだって、配置が違わなければ名前とリヴァイは並走しているし、皆が寝静まった頃に2人で会っているのだって何度か確認されている。


「…テメェ、そこまで確認しといて手出すつもりか?」


「君がなかなか自分のものにしないからだよ。私にもチャンスがあるんじゃないかと思ってしまう」


「…うるせぇ、予想以上に時間がかかってるだけだ」


そう言いにくそうに吐き出すその表情は苦々しいものだった。
それからも言い合う2人を黙って見ていた名前はおろおろと2人を交互に見やる。
普段は冷静沈着で、声を荒げることのない2人が声を張り上げて言い合っているのだ。
大したことでは動じない名前であってもこの状況で平然としているわけにはいかない。
止めないと、と仲裁に入った彼女は


『じゃ、じゃあ、3人で行きましょう!』


もちろんリヴァイとエルヴィンの反応は


「「そう言う問題じゃ(ねえ/ない)」」


の一言。
あう、と一蹴されてしまった名前はしばらく二人の言い合いをすぐそばで聞いていたが流石に慣れた(飽きた)のか、彼らの傍から離れてソファに腰掛ける。
そして勝手では悪いがエルヴィンの部屋に備え付けてあるティーセットで紅茶を淹れ、温かく上品な香りを漂わせるそれを口にしながら時間を潰していた。
そして今現在に至る、という経緯がある。
折角の休日をこのままでは無駄にしてしまう…もう一人で行ってしまおうか、と考え始めた名前の思考を遮るかのように、彼女の座っていた長椅子の両側が沈んだ。
右にはリヴァイ、左にはエルヴィン。
言い合いをやめたのか、彼らは先ほどのように声を荒げることなく黙って座っている。
…とはいえまだ決着はついていないらしく、漂う空気は重苦しい。
さっさと退散してしまおう、と決意した名前は立ち上がろうとするが、右腕を強い力で引かれ、それは叶わなくなる。
立ち上がりかけていたのもあって、名前の体は簡単にリヴァイの方に引き寄せられた。


「名前は俺のだっつってんだろ」


『り、リヴァイさん?』


「ほら、名前が困ってるじゃないか」


急に自分を所有物宣言された名前は困惑するが、そんな彼女の心を代弁するかのような声をともに伸びてきた腕が彼女の薄い腹にまわされ、そのままひょいと持ち上げられた。
そしてそのまま、エルヴィンの膝の上に。
今までリヴァイの膝の上に載せられることはあっても、エルヴィンの膝の上に載せられたのはこれが初めてかもしれない。
二人とも兵士ということもあって体は筋肉質だが、体格が違う。
言ってしまっては失礼だが、エルヴィンのほうがリヴァイよりも一回りも二回りも大きいのだ。
リヴァイの時だったらすぐそばにある筈の顔は、エルヴィンの場合は見上げなければならず、名前の後頭部がちょうど彼の胸板のあたりに当たる。
意識を集中すれば聞こえる心臓の音は、普通のものよりも少し早いような気がしたが、いつまでも聞いてはいられない。
右腕はリヴァイに引っ張られ、体はエルヴィンの膝の上という体勢を強いられた名前が苦痛の表情を浮かべないでいられるのは彼女の体が柔らかいからだろう。
幼少期のサーカスで鍛えられたその柔軟性とバランス力は素晴らしいものであるが、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「名前を放せエルヴィン」


「リヴァイこそあまり腕を引っ張るな。白い腕に痣でも残すつもりか」


「……チッ」


本当に不機嫌そうに顰められた顔。
真正面から見てしまった名前は自分に向けられたものではと錯覚してしまい思わず肩を震わせるが、リヴァイに放された離された右腕を戻すと、その腕ごと彼女を抱え込む。
あ、え、と戸惑ったような声を出す名前にエルヴィンは小さく笑うだけ。
もぞもぞと身じろぎするものの、彼の腕の力が弱まる気配はない。
今までこういうことをされたことのない相手からいきなりやられると、流石にスキンシップに慣れている名前でも恥ずかしく感じてしまう。
未だ不機嫌そうな表情を浮かべているリヴァイに助けを求めるような視線を送れば、彼は再び舌打ちをしながらいつも以上に低い声で名を呼ぶ。


「エルヴィン」


「、怖いな、そんなに怒らなくてもいいだろう」


いつも君がしていることだ、と言いながら名前を開放したエルヴィンは彼女を自分とリヴァイの間に降ろす。
その際、彼女の見ていないところでリヴァイとエルヴィンの無言のにらみ合いがあったことに名前は全く気付いていないが…にやり、とリヴァイの口元がゆがむ。
安心したら喉の渇きを感じた名前はテーブルの上の紅茶に手を伸ばそうとするが、その腕はティーカップに触れることなく、彼女の悲鳴と共に跳ね上がる。


『なっ、何するんですかっ』


「相変わらず敏感だな」


つつぅ、とジャケットの下のベルトによって肌に密着したYシャツの上から名前の細い腰のラインをなぞる男の指。
そしてそのまま、腰に手が回されリヴァイの方に引き寄せられるかと思えば。


『うぐっ』


ガッ、と今度は反対側の腰にエルヴィンの手が回され、それを阻止する。
先程まで少しいやらしかったリヴァイの手の動きも、エルヴィンのそれに反抗するかのように力強いものになってしまい、結果的に名前は両側からぐいぐいと腰を引っ張られるというよくわからない状況になってしまった。
初めは名前に気を使ってか、さほど力は強くなかったものの彼らも自制できなくなってしまったのだろう、片手だけまわされていた筈が、両腕が回され、手の位置も腰ではなくもっとしっかりと引っ張れる上半身にまわされている。


『ちょ、いい加減に…!』


「エルヴィンいい加減離せ!」


『うっ』


「リヴァイ!君こそ離すんだ!」


『、げほっ』


腕の中で苦しんでいる名前のことなど露知らず彼女を取り合う2人。
先程からわずかに声を上げているというのに全く止めてくれる気配がない。
…いくら滅多に怒らない名前だとしても、流石に堪忍袋の緒は切れる。


ひゅんっ、ゴッ、ゴッ


「「っ!!」」


『いい加減にしてください』


イノセンスを発動させ、拳を模ったそれで2人の頭を殴ったのだ。
勿論手加減はしたものの、心中穏やかではない名前がどれほどの精度で手加減したかは分からない。
彼らの反応を見る限り、気絶はしていないが痛みは相当の様だ。
ぷるぷると震えている彼らを残し立ち上がった名前は、少し怒った様子で一言。


『そんなに“2人”で出かけたいならお二人でどうぞ』


だからそういう意味じゃないんだって!


痛みに悶絶してなかなか言葉を発せられないリヴァイとエルヴィンを団長室に残し、名前は一人で街へと繰り出した。



(あれ、名前副兵長?)
(、ジャン、一人?)
(はい、副兵長も…?)
(うん、良かったら一緒にお茶でもどう?新しい喫茶店に行くんだけど)
(!是非!!)

(…そりゃあ名前も怒るよ)
(名前を怒らせた…嫌われたかもしれない…俺はもう生きていけない…)
(ハンジ…どうか私達を殴ってくれ…)
(リヴァイしっかりして!あとエルヴィン、頭にそんなでっかいたんこぶ作ってて尚殴ってくれって一回病院行った方が良いよ)


リヴァイとエルヴィンが喧嘩して名前を取り合うお話でした…!
…この二人声張り上げて喧嘩なんてしないと思うんだけど思わず声を張り上げさせてしまいました←
そして結局美味しいところはジャンが持って行ってしまうという…ね、報われないお二人でした。
イノセンスのげんこつはとても痛いです、あれAKUMAを破壊するための武器ですから←
この二人の取り合いはなかなか書けないので(エルヴィンが最早保護者的立場…)楽しかったです!
50000hit企画参加ありがとうございました!
これからも嘘花をよろしくお願いします^^*

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